Chapter3-6 決闘(5)
「では、申し上げます。我らフォラナーダはグレイ第二王子とカロラインの婚約解消、グレイ第二王子からカロラインへの公的な謝罪および聖王家の謝罪文公表を求めます」
「……は?」
誰かの唖然とした呟きと共に、玉座の間には痛い沈黙が降りる。この場にいるオレ以外の全員が、今の発言を理解できずにいた。
しかし、時間経過とともに、ゆっくりと頭は回っていく。オレのセリフの意味を、徐々に理解していく。
それからは
王宮派の立場からしてみると無理はない。公的な謝罪を行えば、謝る方の経歴に傷をつけることになる。謝罪文の公表も
要するに、国民や周辺国家に自分たちの非を認めろと、オレは申しつけたんだ。
自分らの地位を脅かす要求なんて呑めるはずがない。当然、聖王は突っぱねた。
「そのような要求は一切呑めぬ。そも、無体を働いたのは、そちらであろう。こちらに謝罪する道理はない」
「それは、第二王子殿下らの言い分のみで判断したことです。フォラナーダ側の聴取をして、初めて事実となるのでは?」
「必要ない。聖王家に連なる者が真実と語れば、それは真実である」
「……」
こいつ、マジか。いや、本気で言っているな、あの目は。
現聖王は、かなり傾倒した権威主義っぽいぞ。あとは家族贔屓か。こんなのが国のトップで大丈夫なのかと心配になる。現状は上手く回っているし、諜報の報告には『政務は順当に扱っている』とあった。おそらく、普段の業務には、彼の性格が関与する余地はないんだろう。
事前の抗議に取り合わなかった時点で、何となく察してはいた。だが、こう目の当たりにすると、愕然としてしまうところがあった。
内心で溜息を吐きつつ、計画通りに事を実行する。
「承知しました。では、要望を変更いたします」
「そうか」
ホッとした様子を浮かべる聖王だが、安心するのは早い。
「私は、グレイ第二王子殿下へ決闘を申し込みます」
「なに!?」
オレの続く発言に、聖王は
決闘とは、貴族社会に古くより存在する風習だ。揉め事が起こった際、文字通り決闘を行って雌雄を決する最終手段である。
お互いの了承に加えて第三者の見届け人が必要のため、めったに成立するものではないが、この場においては条件が整っている。あとは承諾を得るのみだった。
惑う彼らを無視し、オレは語る。
「私が勝った場合は、先程の要望を呑んでいただきたい。代わりに、私が負けた場合はフォラナーダの財産すべてを委譲いたしましょう」
「そのような条件、飲めるわけがなかろう! フォラナーダにそこまでの価値は――」
「ないとは仰れないはずですが?」
激昂する宰相に、オレは口を挟んだ。
「フォラナーダの農作物は、現時点で多くの領地に出荷されております。これだけでも、かなりの利益を得られるでしょう。加えて、ここ数年で商業方面も実績を上げており、今年は鉱石の売買にも手を出し始めました。それらを合わせれば、聖王国に巨万の富を与えるはずです。具体的には――」
農業、鉱業、商業など。あらゆる部門の前年度までの利潤、加えて来年度以降の試算を事細かに上げていく。それは聖王国全体には劣るものの、王宮派の総資金に匹敵する額だった。
「それは……」
宰相は
貴族としての能力を疑わしく思うけど、仕方のない部分もある。元々のフォラナーダは弱小領だったし、情報管理は徹底していた。ノーマークだった相手が全力で隠蔽していたら、調べようがなかっただろう。
この場にいる大半の者が、フォラナーダの強大さを目の当たりにして青ざめている。おそらく、フォラナーダに経済の中心を握られている連中だ。農業か商業か、はたまた別の代物か。詳細は分からないけど、もはやオレたちに逆らえない立場だと理解した模様。この光景を見られただけで、いくらか溜飲が下がった。
ただ、全員がそうではない。一部の貴族らは、フォラナーダを宝箱だと考え、よだれを垂らしていた。
大方、この話し合いが終わった後に、色々と吹っかけるつもりなんだと思う。暗部による裏工作か、または正面切っての武力交渉か。現状、資金面の強さしか見せていないため、そのような甘い算段で
さて……未だグレイや聖王に
「また、フォラナーダの財産とは、人的財産も含みます。この私を含め、カロラインやオルカも自由にして結構です」
これに関しては、前もってカロンたちに許可は取ってある。正直、この条件は気が乗らないんだが、こうでもしないとグレイが乗ってこない可能性があったんだ。
ミネルヴァ曰く、彼はコンプレックスの塊らしいからな。
とはいえ、背水の陣である以上、オレの勝利を信じてくれた二人に報いるためにも、是が非でも計画を成功させなくてはいけない。
「いいだろう」
一つの声が響く。傲慢と自尊心に溢れた少年の声。それはグレイの返答だった。
この時点で、オレは計画の成功を確信した。
「殿下!?」
慌てる宰相だが、グレイは意にも返さない。
「すべてくれるって言うのなら、受けて立とうじゃないか。ここで引き下がったら、その方が聖王家の威信が堕ちる」
「しかし、御身に何かございましたら――」
「この俺が、色なし風情に負けるとでも?」
「いえ、そういうつもりはございません。ですが、万が一を考慮しますと――」
決闘を受ける気満々のグレイに対し、宰相は慎重論を唱える。次期聖王の有力候補なんだから、至当な判断だった。
とはいえ、こちらの想定通りである。
「それならば、代理を許しましょう。相手方の了承を得られるならば、誰でも構いません。代理人を用意してください。嗚呼、こちらは私が戦いますよ」
オレの提案に、何度目かの動揺が場を支配する。
人生を賭けた決闘に、誰でも代わりを立てて良いと発言したんだから、もっともな反応だろう。極論、了承さえ得られれば、世界最強を連れてきても良いわけだし。しかも、オレは魔法を使えない色なしゆえに尚更。
グレイだけは自分がナメられていると捉えたようで、こちらを睨みつけてくるが、大半はオレの言動に困惑していた。
動揺が広がることしばらく。鶴の一声が鳴った。
「――その決闘、受諾しよう」
聖王だった。
彼は、オレの提案した内容にて自分たちが敗北を喫する確率は、ゼロに等しいと判断した模様。瞳に一切の乱れはなく、真っすぐコチラを見据えていた。
「今なら発言の撤回を認めるが?」
「撤回はしません」
聖王の最後通牒に、オレは首を横に振った。
それを認めた彼は、僅かな嘲笑いを浮かべてから宣言する。
「これより決闘を執り行う。第一訓練場にて、準備を進めるのだ!」
どちらが獲物とも知らず、彼らは罠に引っかかった。
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