Chapter3-5 始動(5)

 カロンの九令式は強制終了と相なった。爆発による騒動やグレイが勝手に王都へ帰還してしまったことなど、式以外の対応に集中せねばならない状況に陥ったせいだ。


 カロンには申しわけない気持ちでいっぱいだけど、こればかりは仕方がない。少しの手の遅れが致命傷になる場合もあるんだ。彼女がまったく気にしてないことは唯一の救いだった。


 グレイの蛮行については、当然ながら苦情を王宮へ送った。


 ところが、向こうの応答は度し難いものだった。何せ、ベッカが宣っていた言い分をそのまま採用し、逆にカロンへの抗議を返してきたんだから。ミネルヴァのアシストについても、身内同然だから偽証したに違いないと言う始末。


 呆れて物が言えなかった。第二王子の醜聞ゆえに、何らかの隠蔽工作を図るとは予想していたけど、この結果は斜め上だった。しかも、すでに王都では『陽光の聖女が第二王子を襲った』という噂を広めているとか。現時点では王都の一部で囁かれているだけだけど、ゴリ押して真実を闇に葬ろうという狡計が透けて見える。


 これを普通の貴族家が食らっていたら、何の備えもナシに謀られていたら、苦杯をなめていただろう。内々の解決で押し通され、カロンの名声の回復は見込めなかったと思われる。それほどまでに、王宮による民衆への影響力は強い。


 しかし、フォラナーダにその未来はない。オレたちは普通ではなかったし、幸いにも備えがあった。考えていた展開とは些か異なったけど、例の計画・・・・が輝く時が来たんだ。


「準備は整ったのか?」


 執務室。普段なら何人もの部下が詰めている室内に、現在はオレとシオンの姿しかない。


 オレの問いに対し、シオンはしかと頷いた。


「はい。全部門、動き出せるとの報告が上がっております」


「そうか」


 長い道のりだった。オレがこの領地の実権を握って幾年。あらゆる妨害や嫌がらせに堪えて積み重ねてきた努力が、ようやく実るんだ。


 胸の奥に熱い感情が湧くのを感じる。だが、それを吐き出すのは別の場所だ。


 オレは再度シオンへ尋ねる。


「みんな、集まってるか?」


「はい。すべての配下には、中央広間へ集まるように通達済みです」


 うん。中央広間であれば、部下全員が顔を揃えるだけのスペースはある。集合場所として問題はなさそうだった。


「なら、急ごう。これ以上は彼らを待たせられない」


 何年も散々待たせたんだ。もう我慢はさせたくなかった。


 シオンを伴い、皆の待つ広間へ向かう。無論、最短で移動できる【位相連結ゲート】を使用して。


 虚空に開いた穴へ身を差し入れ、刹那の間に視界が切り替わる。紙とインクの匂いがこもる執務室から、高揚の熱気が立ち込める大広間へと。


 転移場所に指定したのは、広間の中心部だった。


 さすがはオレの部下たち。こちらが【位相連結ゲート】を行使することを読んでいたらしく、中心部のみ人避けがされていた。


 半径五メートルほどのサークルに降り立ったオレとシオン。子どもの背丈では望めないけど、部屋中に人が詰めていることは、場の空気から察しがつく。今この広間には、フォラナーダ城に勤務する部下たちが集っていた。


 シオンがサッと人混みの中に消えていくのを認めた後、【位相隠しカバーテクスチャ】を開く。そして、中からノマを取り出した。


 少し前にブラック就労より解放された彼女は、ジャージを着用しただらしない・・・・・姿をしていた。完全にオフの恰好で、【位相隠しカバーテクスチャ】の外に出されたことを驚いている様子。


「な、何だ、急に。も、ももももしかして仕事!?」


 と思ったら、今度はガタガタと震え始める。仕事させすぎたせいで、精神が不安定になっていらっしゃる。


 申しわけなく思いつつも、オレはノマに頼みごとをした。


「すまない。一回だけでいいから、この空白地帯に周囲を見渡せる高さの台を作ってほしい」


「そ、それだけ?」


「それだけ。約束する」


「わ、分かった」


 涙目のノマに力強く頷いてやると、彼女は安堵の息を漏らした。


 それから、「えい」という可愛らしい掛け声とともに、高めの演説台が創造される。その場に立ちっぱなしだったオレは、必然的に台の上へ持ち上げられた。


「ありがとう。これなら、みんなの顔が見える」


 礼を言った後、ノマを【位相隠しカバーテクスチャ】の中へ帰した。かなり精神的に消耗しているみたいだし、望むだけ引きこもらせてやろう。


「さて」


 気を取り直して、演説台の上より周囲を見渡す。先程までは見えなかった、部屋の隅々まで視界に入った。


 この場にいる部下たち全員が注目している。強い信念と信頼を秘めた瞳で、オレを見つめていた。


 彼らの魔力は、様々な感情を湛えている。達成感、覚悟、信頼、反骨心、自立心、喜色などなど。ほんの僅かな不安も見え隠れしているけど、主なモノはポジティブな感情だった。


 そして、何より目立っているのは――期待。オレへの、フォラナーダへの、自分たちの培ってきたものへの期待。それが大半を占めていた。


 輝くまなこを持つ部下たちに向けて、オレはいよいよ口を開く。


「みんな、よく集まってくれた。この忙しい時、呼びかけに応じてくれたことを嬉しく思うよ」


 例の計画・・・・の準備は終わったが、彼らには通常業務も存在する。決して暇とは言えない中、わざわざ出向いてくれたことは素直に嬉しい。


「だからこそ、猶予もあまりない。無駄な前置きは程々にして、本題に入ろう」


 オレは大きく息を吸い込み、部屋中に響くよう声を張った。


「ついにフォラナーダの動き出す時が来た。多方面――特に王宮派より受けてきた嫌がらせを耐える日々も終わりだ。オレが未熟なばかりに、キミたちには苦労をかけさせてしまった。改めて謝罪と感謝を。申しわけなかった。そして、ありがとう」


 部下たちから「未熟なんてことはありません!」、「私たちの方こそ足を引っ張っていました」、「感謝するのは我らです」などの言葉が聞こえてくる。


 本当に良い部下たちを持った。無関心という沼に沈んでいた彼らは、すでに過去の存在。今や熱意に燃える優秀な仲間だった。


 僅かに頬を上げつつ、演説を続ける。


「オレは九令式を超えた大人に近づいた。騎士団や魔法師団の戦力は整った。食料自給率はほぼ百パーセントを達成した。内部にわだかまっていた大きな不満の声は解消した。農産物を筆頭とした多数の特産品は、外部で有名となった。それを通じ、強固な流通ルートを抑えた。世間で蔓延まんえんしていたオレ個人に対するものを含むフォラナーダの悪評は、地道な扇動によって解消した。他勢力との軋轢あつれきは――」


 時間がないと言いつつも、ここを省くことは無理だった。これは部下たちの努力の軌跡。ないがしろにはできない。


 “例の計画”という呼称で進行していた、オレが実権を握った当初より練っていた計画。それは『フォラナーダの圧倒的強化』である。他勢力が束になっても負けない領地作りが、この計画の目的だった。


 オレ個人としては、身内のみを守れれば十分である。とはいえ、その身内の笑顔を守るには、さらに周囲をも守る必要があるのは確かだった。身内しかいない世界なんて、狭くてつまらないに決まっているんだから。ゆえに、オレはフォラナーダ全体を守護しようと決めていた。


 しかし、オレが一人で強くなっても、数の暴力や謀略によって手玉に取られてしまう可能性は高かった。何せ、オレの本質は一般人。いくら強くなったところで、必ずどこかでミスを犯す。どう足掻いても完璧にはなれない。


 だから、部下――仲間も強くした。周辺の敵対者を返り討ちにできる武力を磨き上げ、策略を跳ね返せるほどのコネクションと情報網を作り上げ、もし孤立しても生きていける地力を鍛え上げた。


 他勢力にバレることなく、じっくりねっとりフォラナーダ領の力を向上させていった。


 最後の一年はノマの助力の依るところが大きく、隠蔽工作も雑な部分はあったかもしれないが、もはや関係はない。物陰でコソコソと動くのは、今日でおしまいなんだ。


「王宮はオレたちをナメ切ってる。カロンやオルカの意志を捻じ曲げようとし、シオンを傷つけ、今度は我らの名声までおとしめようとしてる。準備を整えた今、それを黙って耐え続けるだけでいいのだろうか? ――答えは、断じて否だ!」


 部下たちより賛同の声が上がる。


 オレは一拍置いて、改めて宣言した。


「改めて言おう、フォラナーダは動き出す。本日この時を以って、フォラナーダ伯爵の座にはオレが座る。我々は表舞台に上がるぞッ。そして、散々迷惑をかけさせられた王宮派の連中に、目に物を見せてやろう!」


「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


 部下たちの雄叫びと、オレの名を叫ぶ声が響く。


 フォラナーダのボルテージは最高潮まで上昇していた。


 もうオレたちは陰に潜まない。耐え忍ぶ時は終わった。快進撃が始まるんだ。

 

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