Chapter3-6 決闘(1)

 聖王国の王都は国の中央、フォラナーダより馬車で二週間ほどの位置に存在する。国の中枢だけあって広大な都市であり、多くの人々がにぎやかに暮らしている。聖王国の豊かさを示しているような街だ。


 そんな王都にオレは訪れていた。


 表向きの・・・・理由はそう難しいものではない。聖王に、オレの伯爵就任を報告するためである。この国の爵位の引継ぎは単純に宣言すれば良いものではなく、王宮の管理する魔道具に魔力を登録する必要があった。ゆえに、こうして足を運んでいるんだ。


 王宮と揉めている真っ最中に? と疑問に感じる者もいるだろうけど、今だからこそ良いんだ。その件について話し合いをしたいと申し出れば、向こうは当然食いついてくる。そうなれば、流れはこちらのものだった。


 ちなみに、今回の一団は、世話係数名と騎士団十数名、暗部数名で構成されている。カロンやオルカは無論、シオンも同行させていなかった。


 シオンに関しては、実家のエルフたちが王都にいるからだった。彼女がこの街に顔を見せれば、必ず奴らは接触してくる。その際、厄介ごとの発生する確率が高かったので、此度こたびは控えさせたんだ。いつかは決着をつけるべきだが、今ではない。


 閑話休題。


 そういう経緯があり、オレたち一行は王都を進行している。現在は馬車にて王城を目指していた。車内にシオンがいないのは些か違和感を覚えるけど、仕方のないこと。王都目前まで【位相連結ゲート】を使ってショートカットしているんだから、これでも楽な方だ。


 ガタゴトと馬車の揺れに身を任せていると、不意に扉がノックされる。同乗していた使用人が確認したところ、騎士団長ブラゼルダが先触れからの報告を伝えに来たらしい。二つ返事で出入りを許可する。


 ブラゼルダはすぐに乗車してきた。馬上より乗り移るとは、こちらが徐行気味だったとはいえ、器用なマネをするものだ。


「邪魔するぜ、大将」


 他者の目がないゆえに、相変わらずの粗野な振る舞いをする大柄な男、ブラゼルダ。まったくブレない彼には、逆に感心してしまう。


 小さく笑みを溢しながら、オレは問う。


「報告があると聞いたけど?」


「嗚呼。まず、入城の許可は降りた。到着次第、用意された部屋に案内されるとのことだ」


 これは当然だな。お互いに微妙な関係といえど、来訪を事前に伝えているにも関わらず、それを突っぱねることは出来ない。他の貴族からの信用がガタ落ちする。


「次に、王城到着後のスケジュールについて」


「先触れが聞いてきたのか?」


「そうだ。妙な話だとは思うが、ちゃんと理由はあるぜ。何でも、爵位継承の儀の前に、大将と話をしたい御仁がいるんだとか。その関係で、大まかな予定を聞いておいたらしい」


 ブラゼルダ曰く、儀式の決行は明日の午前十時で、それまでの余裕のある時間に、相手方は面会したいと申し出ているようだ。


 王宮派と険悪な状況の今、オレと会談したい者が王城内にいるのか? しかも、時間はこちらの都合に任せるという。


「誰だ、その物好きは?」


「ウィームレイ第一王子」


 眉根を寄せて問うと、ブラゼルダはニヤッと意地悪い笑みを浮かべて答えた。


 オレが頭を悩ませることになるのは言うまでもない。








 ウィームレイとの会談は、到着して間もなくセッティングされた。いくら都合を合わせると言われたからといって、立場的に王子を長く待たせるわけにはいかない。


 また、彼が面会を希望した理由が不透明なのも理由だ。


 そも、第一王子に関する情報を、オレはあまり握っていなかった。名前がウィームレイであること、オレより三歳年上であること、生まれつき病弱なことくらいか。彼は病弱なせいで人前に出る頻度が少なく、優秀な諜報員をもってしても得られるモノがほとんどないんだ。


 ゲーム知識は論外である。何せ、ゲーム開始時点でウィームレイは病死している。名前が数度出てくる程度だった。


 要するに、オレにはウィームレイが何を仕掛けてくるのか予想が出来なかった。未知ほど恐ろしいものはなく、それを放置したままでは気が散って仕方ない。早々に片づけたい案件だった。


 というわけで、オレは用意された部屋で休むのも程々に、ウィームレイ第一王子の私室へ向かっていた。


 そう、彼の私室に案内されている。まさか、王宮と敵対関係といっても過言ではないオレを、プライベートな空間に呼び込むとは思わなんだ。


 鬼が出るか蛇が出るか。部下たちの警戒を促しつつ、意を決して部屋へ入る。


 ウィームレイの私室の第一印象は“病室”だった。真っ先に鼻を突いたのが、病院特有の消毒液の匂いだったためだ。


 そして、続いて飛び込んできたものは――


「……」


 一瞬、足が止まりかけ、顔もしかめてしまうところだった。何故なら、ウィームレイの部屋より仄かな呪いの気配が漂ってきたから。


 ここに来て、ニナの襲撃犯が接触してきたのかと警戒を引き上げる。まだ決まったわけではないが、用心するに越したことはない。


 以上の二点を通過して、オレはようやく部屋に入り切る。


 補足しておくと、部下は部屋の前に待機だ。さすがに、王族の私室へ単なる部下は入れない。


 ウィームレイの私室は、第一王子という身分にしては地味だった。無論、備え付けられているインテリア等は一級品ではあるけど、貴族特有の視覚に訴える類の派手さが少ない。


 拍子抜けにも似た気分を湛えつつ、室内に視線を巡らせる。


 この部屋の主であるウィームレイは、最奥に置かれたベッドの上にいた。木賊とくさ色の髪に紺色の瞳。病弱の噂に間違いはないようで、吹けば飛んでしまいそうな線の細さを覚える少年だった。


 彼は上半身こそ起き上がっているものの、腰より下は布団の中に潜ってしまっている。本来なら、布団の中身を危惧する場面。だが、これは――


「あなたがゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダ殿で相違ないだろうか?」


「……ッ。申し遅れました。私がゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダです。こうして第一王子殿下とお会いできる機会を設けていただき、感謝いたします」


 ウィームレイに声をかけられ、我に返る。


 そんなオレの様子を気にかけることなく、彼は言葉を紡いだ。


「私も一応名乗っておこう。ウィームレイ・ノイントス・ユ・アン・カタシットだ。このような姿での対面を許してほしい。今日は体調が優れなくてね。ベッドから立ち上がるのもままならないんだ。こちらより会談を望んでおいて申しわけない」


「いえ、問題ありません。むしろ、出直した方がよろしいでしょうか?」


 あれ・・が時間経過で快方に向かうとは思えないけど、念のために問うておく。


 対し、ウィームレイは首を横に振った。


「いいや。キミが問題ないと言うのなら、このままで構わないよ。どうせ、調子が良い時でも大差はない。……嗚呼、いつまでも立たせているわけにはいかないね。そこにある椅子へ座ってくれ。茶は、今用意させよう」


 そう言うと、彼は手元にあった呼び鈴を鳴らした。


 数秒と置かず、隣の部屋にでも待機していたのだろう使用人たちが入室し、二人分のお茶を用意していく。その間にオレは席へと座った。


 すべての準備が整って使用人たちが退室し、オレとウィームレイのみが残る。


 静まる室内だったが、それは十秒と続かなかった。早々に、ウィームレイが口を開いたんだ。


此度こたびは弟がとんだ迷惑をかけてしまい、申しわけなかった」

 

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