Chapter3-4 暗躍と対策(4)

本日は二話投稿しております。一つ前の投稿分がございますので、ご注意ください。


――――――――――――――



 三日後、ニナの引っ越しの日が巡ってきた。といっても、【位相連結ゲート】でニナの家と領城の一室を繋ぐだけなんだけどな。


 彼女の表向きの立ち位置は、『先日の依頼でカロンと友人関係を築き、頻繁に招待されるようになった』というものになる。よって、普段の外出等は今まで通りだ。生活の基盤のみ、こちらに移すのである。


 何でややこしい手順を踏むのかと言えば、一つは不自然さをなくすため。一介の冒険者たるニナが領城で生活し始めるのは、あまりにも怪しまれてしまう。いざという時に備えて“ニナが城を出入りしている”事実はオープンにするけど、住居は郊外の一軒家だと偽る必要があった。


 もう一つは、あの家を囮にするため。ニナは魔女を含む陣営に狙われている。その正体が判明していない以上、後手に回ってしまうのは必至だった。それなので、例の一軒家をデコイにして敵を釣り出そうという作戦を立てた。


 まぁ、これは当たれば嬉しい程度のものだ。相当慎重な敵みたいだし、あっさりと引っかかりはしないと思われる。


 そんな理由もあり、ニナの家と城を【位相連結ゲート】で繋ぐ運びとなった。


 言うまでもないだろうが、ニナの情報は部下たちと共有しているぞ。今や、フォラナーダ城の信頼度は百パーセントに達している。まったく心配はいらない。


 ちなみに、【位相連結ゲート】を繋ぎっぱなしにする方法は、専用魔道具を開発することで解決した。


 外部の錬金術師にトップシークレットの魔道具開発なんて頼めないところだけど、現在のフォラナーダはその難題をクリアしている。オレがノマと契約したお陰で、身内のみで魔道具を用意できるようになったのは大きな成果だった。


 ただ、少しヤバイかもしれない。


 契約した翌日より、財務担当や農業担当の部下たちにノマの運用を任せていたんだけど、久々に会った彼女の顔は壮絶なものだった。目が死んだ魚みたいに濁り、全身より負のオーラを発していたんだ。


 それはもう驚いた。以前は貴公子然とした耀きがあったのに、真逆の風貌に変わってしまっていたんだから。


 どうしたんだと問えば、「仕事」と端的に返ってくるのみ。続く言葉は「次の仕事は?」だった辺り、何というか……察してあまりある状況だった。


 いや、うん。真面目に待遇改善を検討したいところなんだけど、彼女を任せている担当者よりノマの力が必要だと懇願されているので、手の出しようがない。せめて、年度末までは耐え切ってほしい。その後は存分に休暇をあげるからさ。


 閑話休題。


 ノマの尊い犠牲もあって、ニナの引っ越しは無事に目途が立った。


 時刻はお昼すぎ。ニナのために用意された部屋には、オレたち三兄妹とシオンが顔をそろえている。このメンバーでニナを出迎えるんだ。


 本当は重役たちくらい紹介したかったんだけど、初対面の人間が大勢いたら彼女の負担になりそうだと思って控えさせた。一人ずつ、徐々に顔合わせさせていこうと考えている。


「さて、開くぞ」


 約束の時間が回ってきたので、オレは魔道具を発動した。


 【位相連結ゲート】の魔道具は姿見の形をしている。対になっている姿見と繋がっており、鏡を潜ることで遠距離を移動できる仕組みだった。


 魔力が流れ始めると、鏡の部分が光り出す。まぶしくはないが、鏡像が見えなくなる程度には強い光だ。


 程なくして、光の中より一つの陰が飛び出てきた。ひらりと舞うように地に降りたのは、はたしてニナだった。


 訪れる先が領城と聞いていたから、できる限りのおめかし・・・・を施してきたらしい。服装は平民用でも高めの代物で、一本にまとめた三つ編みも普段より念入りに結っている気がする。


 また、彼女は緊張しているようだった。一見すると無表情だが、僅かに頬の辺りが震えている。


 恨んでいないとは言っていたけど、貴族関係のせいで不幸に見舞われたのは事実。大小の差はあれど、体が強張ってしまうのは仕方のない反応か。


 ここはオレが取り成すのが良さそうだな。


 そう判断して、ニナへ声をかけようとしたんだが――


「ニナ、お久しぶりです」


 こちらが一歩踏み出すより早く、カロンがニナの前に立っていた。彼女の両手を優しく包み、笑顔を贈っている。『陽光の聖女』の通り名に相応しい、陽だまりの如き柔らかい笑みだった。


 これに魅せられない人類はいるだろうか。いや、いない!


 実際、彼女の笑顔を受けて、ニナの強張りは解けていた。小さく息を吐き、肩の力を抜いている。


「お久しぶり、です。カロラインさま」


「違いますよ!」


「ッ!?」


 穏やかな表情でニナが挨拶を返すと、唐突にカロンは大声を上げた。ニナはもちろん、周りにいたオレたちも驚いてしまう。


 オレらの反応なんて意にも返さず、カロンは続けた。


「これから一緒に暮らすのですから、堅苦しい話し方は止めてください。呼び方もカロンで結構です!」


 何に対して怒り出したのかと心配したが、どうやら喋り方を直してほしいらしい。心配して損した。


「えっと……」


 困った顔をオレに向けてくるニナ。


 まぁ、無理もない。いくら同居するとはいえ、二人の間には身分差が存在する。タメ口や呼び捨てなんて安易にはできないだろう。たとえ本人が望んだとしても。


 だが、甘いぞ、ニナ。オレが巷で何と呼ばれているか忘れているようだ。


「城内だけなら構わないよ。部下たちは誰も気にしない」


「なっ!?」


 彼女の目は、裏切り者と言いたげにオレを見ていた。いやいや、カロンを含む二者択一を迫られて、自他ともに認めるシスコンのオレが、カロンを選ばないはずがないではないか。


 素知らぬ顔でい続けると、ニナの方も諦めたらしい。ガックリと肩を落とした。


「分かりま……分かった、カロン。城内だけは従う」


「はい、ありがとうございます! シオンは、いくら申し上げても翻意してくださらなかったので、とっても嬉しいですッ」


 何と、シオンにまで呼び捨てを求めていたのか。さすがに、部下である彼女には酷だと思うぞ。


 オレは苦笑しながら口を開く。


「ニナ、荷物は?」


「鏡の前のカバン」


 一軒家の方を囮に使うことは伝えてあるし、必需品くらいしか持ち込むつもりはないんだろう。それなら大丈夫そうだな。


「分かった。それはオレがこっちに運んでおくから、キミはカロンたちと友好を深めてくれ」


「それは悪い」


 荷運びを申し出ると、ニナは眉を寄せた。


 遠慮と心細さが垣間見える。残されたくない気持ちは理解できるけど、ここは押し通らせてもらおうか。


「キミはこれから新居で生活するんだ。いち早く他の住人と仲良くなった方がいい。カロンもいるし、オレがいなくても雑談程度ならできるよ」


 この城には味方しかいないし、みんな気の良い人だ。頼られるのは嬉しいけど、オレがいなくても大丈夫だと体感しておくべきだろう。


「じゃあ、あとは任せた。カロン、オルカ、シオン」


「お任せください!」


「任されたよ!」


「承知いたしました」


 三人より返答を認めたオレは、素早く鏡の向こう側へ足を向ける。ニナの声が聞こえた気はするが、振り返ることはしなかった。






 予定調和。三日もせずに、ニナはフォラナーダ城に馴染んだ。働く使用人たちとは気軽に挨拶を交わしているし、弟妹たちとの仲も良好。というか、とある共通点のお陰で、即座に意気投合した。


 その共通点というのが、オレ監修の修行だったらしい。何でも、苦労を分かち合った仲間だとか。


 生きるために必要な知識を教えているだけなのに、とても解せなかった。

 

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