Chapter3-4 暗躍と対策(5)

 ニナの件が早々に片づいてくれたお陰で、オレの時間に余裕が生まれた。カロンが、彼女の面倒を積極的に見てくれているところも大きいか。


 というわけで、空いた時間を使って絶賛仕事中のオレ。


 休まないのかって? だって、カロンはニナの相手をしているし、オルカもオレが振った仕事の残りをさばいているんだもの。


 えっ、理由になっていない? ほら、ニナにも指摘されたけど、オレは無趣味らしいから、一人だと何して良いか分からないんだよね。魔法の研鑽は別途で時間を確保しているし。


 うーん。暇になったら仕事という思考回路は、結構マズイかもしれない。この機会に、何か趣味を見つけるべきだろうか。


 そんなことを懊悩おうのうしながらも、机の上に積まれた書類を消化していく。今日の分は割と少ないようで、この調子だと一時間以内には終わりそうだ。


「日に日に速度が上がっていますね……」


 秘書役のシオンが、隣より呆れた声を漏らす。


 オレは肩を竦める。


「毎日似た作業をしてれば、誰だって動きの最適化はしてくさ。それに、オレには頼もしい魔法もある」


 実は、【身体強化】で学習能力も鍛えられる。“体が覚える”という表現があるように、体に蓄積する経験値までも強化できるみたいだった。


 加えて、精神魔法による思考ブーストもあるので、オレの熟練度の上昇はうなぎ上りというわけである。


 ちなみに、【身体強化】の副次効果を知ったのは、つい最近だ。オレたち兄妹は訓練で常に【身体強化】を使っていたから実感が薄かったんだけど、同じ魔法を伝授した部下たちの報告によって発覚した。


 念のため、師匠アカツキに確認したところ、「あれ、知らなかったの?」と来たもんだ。一発ブン殴っておいた。ケロッとしていたけどさ。


 そういう理由もあって、オレの仕事は凄まじく早い。というか、早くないとオレのスケジュールは破綻する。領の運営に、冒険者の依頼に、ニナの訓練に、カロンやオルカとの交流に、シオンとのお茶に……。改めて列挙すると、よく二十四時間以内に収まっていると思う。我ながら感心してしまった。


「効率が良くなっているなら、仕事に割く時間は減っていくはずなんですけどね」


「他の負担にならない範囲で、新しい企画を立案してるからな。あと、今は例の計画・・・・で忙しいのもあるか」


 前世の知識があると、どうしても今の労働環境の悪さが気になってしまうんだよ。優先度の問題で後回しになっている部分もあるから、あまった時間はそちらの改善等に使うのも当然だった。


 ただ、現状が普通だと認識している部下たちに、この辺の感覚を伝えることは難しい。労働環境が良くなっているとは感じてくれているだろうけど、率先して行うことかと首を捻っているに違いなかった。現に、シオンはオレの休暇の少なさの方を心配している。【身体強化】のお陰で、ほとんど疲労知らずなんだけどな。


 シオンと軽口を叩き合いながら仕事をこなせば、あっという間に一時間が経過した。当初の想定通り、本日のノルマは無事達成している。


 執務で凝った体を解した後、オレはシオンへ問う。


「この後の予定はどうなってる?」


「予定よりも早く終わりましたので、二時間は空きがあります」


「ふーむ」


 仕事が早く片づくのは良いことだけど、空白が生まれてしまったか。現状だと、他に手を回せるものもないし、完全にフリーになってしまったな。どうしようか。


「休むという選択肢はないのですか?」


「ないな」


 まだ午前中なのに休めるわけがない。


 何故か溜息を吐くシオンを尻目に、オレは彼女に尋ねた。


「本来の予定を前倒しにはできるか?」


「オルカさま次第ですね。次の予定は、オルカさまのご相談ですから」


「オルカの?」


 昨日まで、彼よりそんな話を聞いた覚えはない。あえて黙っていたのだろうか?


「内容は分かるか?」


「いえ、仕事のご相談としか。ただ、時間を要するもののようです。五時間ほど確保されておりますので」


「五時間必要な相談、か」


 確か、オルカに振っていた仕事は……ノマの関わる農地開拓だったか。


 ノマに回した仕事の一つに、農業地の改善作業があった。すでに村として機能している場所だけではなく、未だ開拓の進んでいない僻地の様子も見てもらっているんだ。その未開拓エリアで何か見つかったのかもしれない。オレに直接話が持ち込まれていない辺り、急務ではないみたいだが。


「確認してみるか」


 オレは【念話】をオルカへ繋げる。


 午前の早い時間だが、彼はすでに起床している。仕事の一部を任せて以来、早起きを頑張っているんだ。


『オルカ、今大丈夫か?』


『大丈夫だよ。どうしたの、ゼクスにぃ?』


 間髪入れずに返答が来る。実に素早い反応だ。カロン、シオン、オルカの三人は、本当に【念話】への応答が早い。


『仕事が思ったより早く片づいたんだ。次の予定がオルカの相談だって言うから、そっちの都合が良ければ向かおうと思うんだけど』


『全然問題ないよ!』


 やはり即答。元気いっぱいの声が返ってくる。この様子だと、実際に声を出して返事をしたな。あっ、恥ずかしそうな気配が漂ってきている。


『ふふっ。分かった、今から行くよ。農業部門の部屋で良かったか?』


『笑わないでよ、もう! うん、待ってるよ』


 むくれるオルカに、もう一回笑声を漏らしてしまう。悪いと思いつつも、可愛らしい義弟の反応に笑みが抑えられなかった。




 シオンを伴ってオルカの元を訪ねる。他の部下たちが作業を中断して挨拶しようとするのを止めながら、オレはオルカの席の前に腰かける。


「お邪魔するよ」


「ようこそ、ゼクスにぃ


「不便はないか?」


「大丈夫。いい人たちばかりで、いつも助けられてるよ。もっと頑張って、みんなの期待に応えないと!」


「無理はしないようにな」


「うん!」


 和やかな空気で軽い雑談をするオレたち。


 ある程度言葉を交わしたところで本題に入る。


「それで、オレに相談があるって話だけど」


「ゼクスにぃがロラムベルに滞在中、ノマちゃんから報告が上がったんだ。未開拓エリアで面倒なものを見つけたって」


 やはり未開拓エリアに関する情報か。しかも“面倒なもの”と来た。何があったのやら。


 オレが身構える中、オルカは話を進める。


「場所はフォラナーダ南東部にある山岳地帯。人が生活するには厳しい土地なんだけど、ノマちゃんの力があれば何とかなるかと考えて派遣してみたんだ」


 何でも、最初は順調に道を拓けていたらしい。だが、山奥へ進むにつれて、同行していた騎士たちが不調を訴え始めたという。山より下りれば治ったため、何度か登山を挑戦したが、結局同じことの繰り返しだった。


 さすがに異常事態だと判断し、ノマに土地の調査を頼んだところ、山奥のどこかに魔力汚染を促す何かがあると断定したんだとか。


「魔力汚染……呪いか?」


 魔力汚染と言えば、『魔女の呪い』の記憶が新しいが、何も呪いは魔女固有の能力ではない。自然界にも呪いは存在した。


 大気を流れる魔素が何らかの原因で偏り、そのせいで一箇所に滞ってしまう現象を『大地の呪い』と称する。


 呪われた土地は魔力が淀んでいるため、その場に留まる生物を汚染するんだ。呪いの進行度合い次第だが、不調という形で徐々に蝕んでいく。


 これらの情報は、領地持ちの貴族なら誰でも知っていることだった。とはいえ、原因は未だ明らかになっていないし、解決策も一つしかない。


 『大地の呪い』の唯一の対策は、光魔法である。浄化の魔法により土地を清められる。


 しかし、この策も万全とは言い難い。何せ、光魔法師に呪い以上の力量が求められるため、場合によっては浄化不可能なんてこともあり得た。特に、人里離れた場所に発生した呪いは、発見されるまで力を溜め込んでしまうケースが多く、だいたいは浄化不可能となる。


 『大地の呪い』は時間経過によって汚染は増すが、範囲は拡大しない性質なので、領主としては放置という方針を取ることが大半だ。


 オルカの語る山岳地帯は、長年人の手が入っていなかった気がする。おそらく、今のカロンでは浄化できないだろう。


「たぶん、カロンちゃんでも浄化は難しいと思う」


 オルカもオレと同じ見解を示した。


 しかし、それだけではなかった。


「でも、ゼクスにぃなら、何とかできるかもしれないって、ノマちゃんが言ってるらしいんだよね」


「オレが?」


「うん。呪いはゼクスにぃの魔法に似てるからって」


「嗚呼、なるほどな」


 呪いは精神魔法の下位互換だ。それは、『魔女の呪い』に触れた際に確信を得ている。


 そう考えると、精神魔法を高水準で扱えるオレであれば、呪いを何とかできる可能性はあった。『魔女の呪い』を回収した当初は知識不足だったが、あれから呪いの解析は進めているし、今回は魔力のエキスパートであるノマもいる。どうせ汚染は防御できるし、試す価値はあるだろう。


「分かった、オレが対処しよう。現地に向かえばいいのか?」


 フォラナーダ領内であれば、【位相連結ゲート】の範囲内だ。


 オルカは答える。


「近くの村へ向かってほしいかな。そこにノマちゃんたちが拠点にしてるから」


「了解。じゃあ、早速行こうかな。向こうには通達済みなんだろう?」


 オレの性格を熟知している彼なら、すぐに行動すると理解しているはずだ。


 案の定、オルカは大きく頷いた。


「うん。今日中に向かうって連絡してあるよ。あと、ボクも同行するから」


「えっ」


 こっちは予想外。てっきり、オルカは残るのかと考えていた。


 すると、彼は頬を膨らませる。


「だって、ボクがゼクスにぃと一緒に遠出する機会なんて、全然ないんだもん。ゼクスにぃの代理を務める都合、どうしても留守番になるでしょう?」


「それはそうだけど……」


「大丈夫。ボクがいなくても問題ないように調整はしてあるから!」


 オレはチラリと部屋にいる部下たちへ目を向ける。彼らはしかと首肯した。


 彼らが認めているなら大丈夫なのかな? 確かに、オルカと外出する機会はめったにない。日頃頑張っている彼の要望なら、兄として応えるべきだとも思う。


 危険地帯というのがネックだが、オルカ一人くらいならオレが守り切れるか。


「分かったよ。オルカも連れてく」


「やった!」


 オルカはその場で飛び跳ねるようにはしゃぐ・・・・。そんな喜ぶ姿を見ると、これで良かったと心より思えるのだった。

 

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