Chapter3-3 信頼(7)

 あの後、数分ほど経過すると妨害効果は消え去った。『もう少し早ければ』と詮ないことを考えてしまうが、現実逃避にしかならない。


 プテプ伯爵を【位相隠しカバーテクスチャ】へしまい、オレたちはニナの家へ向かった。そして、今はリビングのテーブルに座している。


 対面に座るニナは、ジッとこちらを見つめている。対するオレも、どう答えたものか悩んでいるため、場には重い沈黙が流れていた。


 ちなみに、現状は部下たちに通達済み。伯爵の部下たちも捕え、すでに彼の屋敷内の捜索部隊も派遣している。ゆえに、オレはこちらに集中できた。


 本当に、どうしたもんかね。


 シスの姿が偽物であることは、【偽装】の存在を知らないとはいえ、ニナも何となく察してしまっただろう。だから、正直にありのままを話すしかないんだが、問題は“どこまで伝えるか”だった。


 沈黙を守ることは可能だ。立場で抑えられる上、ニナの性格を考慮すれば追及はしないと思われる。


 だが、ただでさえ信用がグラついているのに、余計な鬼胎きたいを抱かせるのは得策ではない。下手をすれば、疑心暗鬼によって彼女を死に至らしめてしまうかもしれない。それでは本末転倒だった。


 かと言って、ことごとく明かすのは行き過ぎている。特に、前世の辺りはアカツキくらいにしか語っていないデリケートな内容。頭がおかしい奴と思われ、むしろ信用が地に落ちる危険性もある。


 ニナとの仲を保つためには、バランスの良い情報開示が必至だった。


 オレの正体、ゼクスであることは教えた方が良いと思う。正体を偽れる術を持っていると知られた以上、さらなる誤魔化しは愚策だ。必然的に、色なしなのに強い理由も教えるべきだろう。未知の力ほど怖いものはない。


 ジリジリと消費されていく時間。焦燥感だけが募っていく中、努めて冷静に考えをまとめていった。


 はて?


 オレは心のうちで首を傾ぐ。


 かれこれ三十分は過ぎたか。一向に、ニナが口を開く様子は見られなかった。何で騙したんだという罵倒、もしくは一切合切の事情を訊き出そうと糾弾してくるなんて考えていたんだけども……。


 そんな予想を嘲笑うかのように、彼女は森閑しんかんを保っていた。ただただジッとこちらを見つめるだけで、まったく話す気配を感じられない。


 いったい、どういう意図で沈黙しているんだろうか。表情もそうなんだが、ニナは魔力さえも凪の如く平坦だから、オレでも上手く感情を掴み切れない。感情豊かになるのは、訓練の時くらいだと思われる。


 本腰を入れよう。こちらからもジッと見つめ、オレたち二人の視線は交差する。瞳の奥にある真意を見抜こうと集中する。


 見つめ合うこと幾分。オレは「もしかして」と呟いた。


 いや、まさか……。でも、それ以外には考えられない。


 自分で結論を出しておいて何だが、予想外すぎて困惑してしまった。


 深呼吸をして心を落ち着かせる。それから、今しがた導いた推測に思考を回す。


 ニナが、オレから話し始めることを待っているのは間違いなかった。でなければ、微動だにせず黙っているわけがない。


 推理したのはその先。どうして自ら動かず、オレが口を開くのを待機しているのか。


 それはおそらく、オレを信頼しているから。


 ――そう。ニナはオレに対して、未だに信頼を寄せている可能性があった。正体を偽り、今の今まで騙していたオレを、まだ信じてくれていると予想できた。


 にわかに信じがたいことである。ニナは、これまでに裏切られ続けた人生だった。妹を除く家族からは冷遇され、内乱では散々暴力を振るわれ。世間のほぼすべてが敵といって過言ではない環境で育ってきた。


 ゆえに、ここに来て判明したオレの嘘は、彼女の心に大打撃を与えたはずだ。それこそ、築き上げてきた信用を瓦解がかいさせるほどの衝撃を。


 それなのに、ニナの瞳に宿っているのは、オレへの信頼。精神魔法による感情感知は、彼女の信憑を間違いなく捉えていた。


 揺るぎないモノ、とは言えないだろう。瞳の奥に根づくそれは儚く淡い。それこそ、こうして嘱目しょくもくしなければ見出せないほどの頼りなさだ。


 それでも、ニナが信頼を捨てていないのは確かだった。彼女の半生を考慮したら、そんなものは消え失せていても仕方ないというのに。


 不意に脳裏を過ったのは、訓練中のニナの姿だった。ギラギラとした眼差しで、本能のままに生存を勝ち取ろうとする彼女の風格だった。


 オレは得心した。嗚呼、この子はどこまでも純粋なんだと。


 冷遇された過去があっても、過失がないのに痛めつけられても、信を置いた者に嘘を吐かれようとも。世界の理不尽が降りかかったとしても、ニナは他色に染まらない。他者へ怒りを向けることはあれど、恨みは募らせない。


 ニナ・ゴシラネ・ハーネウスという少女の本質は、『確固たる自身を貫く純性』だった。


 どうりで、原作ゲームではヒロインにならなかったわけだ。


 実は、ニナのサブヒロイン案があったことが、シナリオライターによって語られていた。曰く『彼女はヒロインに向かない』との理由でボツになったらしい。


 もありなん。確かに、ニナはヒロイン向きではない。いや、正確には勇者のヒロイン恋人には向かない、か。


 これほどまでに純粋さを保てる彼女を、あの勇者は受け止め切れないだろう。良くも悪くも現代日本の価値観に固執する彼は、ニナとの相性が致命的に悪い。自分の正義を掲げる勇者とそれに目もくれないニナの姿が目に浮かぶ。


 閑話休題。


 純正な信頼を向けてくれるニナに、どう応えれば良いだろうか。


 ――そんなもの、言をまたないだろう。真っすぐな想いへの対応なんて一つしかない。


 オレは意を決する。

 

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