Chapter3-3 信頼(6)
「
「……何のことだ?」
直球の質問に対し、伯爵は惚けた返しをする。目は泳ぎ、冷や汗も搔いているというのに、よくその言葉が吐けたものだ。
わざとらしく溜息を吐きながら、オレは彼へ圧を向ける。
「オレに誤魔化しや嘘は通用しない。もう一度訊くぞ。ニナに何の用件がある?」
「ひぃ!?」
殺気を乗せた声を聞き、伯爵は腰を抜かした。尻もちをつき、震えながら
軽く気当たりをしただけなんだが、戦闘職でもない者なら
あまりの情けない姿に、オレは拍子抜けしてしまう。
――決して油断はしていなかった。やや気が抜けてしまったのは認めざるを得ないけど、伯爵の動きには注意を向けていた。
それでも、“指輪を触る”なんて動作は止められなかった。いくら【身体強化】があっても、そんな些細な動きよりも早くは動けない。
「――ッ!」
「ギャア」
怪しげな気配を感じて伯爵の手を蹴り飛ばした時には、すでに
次の瞬間、何か不愉快な感覚が全身を――否、世界を駆け抜ける。
「これ、は……!?」
オレは膝を突く。激しい頭痛が襲いかかり、手足に力が入らなかった。
頭が猛烈に痛いッ。今にも意識が吹き飛んでしまいそうなほどの、脳みそに直接釘でも差し込まれたみたいな激痛だ。視界がグルグルと回転し、思考が上手くまとまらない。
大きく深呼吸を繰り返して、何とか頭痛を堪える。少しでも気を緩めたら参ってしまいそうだったが、気合で状況整理に努める。
……おそらく、魔力操作が妨害され、難度が極端に上昇している。そのせいで、脳内処理が追いついていないんだ。現に、【
無属性魔法は、どの魔法よりも魔力操作の力が試される。膨大な魔力を一瞬で圧縮し、動かすという大胆かつ緻密な操作が求められる。
訓練の成果によって無意識でも制御できるようになったが、そんなオレでも手一杯になる現状。異常であり、危機的な事態だった。
もはや疑いようがない。あの指輪がこの事態の原因だろう。しかも、先の攻撃で壊したのに魔力操作が阻害されている辺り、一度発動すると一定時間は効果が持続するタイプの魔道具。
魔力操作に干渉する魔道具なんて聞いたことがない。フォラナーダの集める情報でも、ゲーム知識でも、それに類するモノはなかった。というか、魔力を感知できなかったし、魔道具かどうかも怪しいぞ。
オレは【偽装】を必死に維持しつつ――【異相世界】は手遅れだった――、伯爵の方を見る。砕かれた片手を押えて無様に泣き叫ぶ彼がいる。
あの状態から情報を聞き出すのは難しいか。何より、先までの伯爵の態度は本物だった。こんな隠し玉があるのなら、あそこまで怖がるのは不自然だ。
そこから導き出される結論は、指輪の効果をきちんと把握していなかったこと。プテプ伯爵の背後には何者かがいて、そいつが切り札として指輪を渡したんだろう。
「嗚呼、そうか」
ふと、ひらめく。
黒幕も、ここまで効果が発揮されるとは考えていなかったのかもしれない。何せ、魔力操作を妨害するといっても、体感的に難度二倍くらい。普通の属性魔法なら、魔力消費が極端に多くなる程度で済むはずだ。現状は、基本難度の高い無属性魔法師だからこその結果に違いない。
とまれ、膝を屈したままではダメだ。もうすぐ【
黒幕が別ルートで監視をつけているかは不透明だが、安易にさらして良い状況ではなかった。この事態がバレれば、オレの魔法が無属性であると感づかれてしまう。
幸い、【
己の体を叱咤し、おもむろに立ち上がる。動く度に【偽装】が不自然に揺れるが、気にする余裕はない。
ちなみに、負担が減るとしても【偽装】を解くつもりはない。オレの正体が外部に漏れる懸念は、万に一つでも残したくないんだ。
やっとの思いで立ち上がったオレは、そのまま伯爵の元へと近づく。彼は依然泣き叫んでおり、こちらの接近を気に留める様子はない。
伯爵の傍まで辿り着いたところで、【
頑丈なロープを取り出してから、それを使って彼を縛り上げる。無論、他に何か持っていないか、念入りに身体検査をしてから、だ。
いい加減うるさかったプテプ伯爵を当て身によって気絶させたタイミングで、【
「【念話】は……無理だな」
部下へ連絡を取ろうと考えたけど、これ以上の魔法を発動するのは難しかった。
【念話】に完全シフトしていたせいで、【遠話】の魔道具を持ってきていなかったことが悔やまれる。こんな展開、想定しようがない。
――切り替えよう。ここで後悔しても意味はない。魔力操作妨害のせいで、探知術の範囲も半径十メートルまで激減している。不意打ちは回避できるけど、監視の類は察知できない。さっさと離脱するべきだ。この場から離れれば、妨害の効果も薄くなる公算は高い。
倒れ伏すプテプ伯爵を抱え上げ、重い足取りで歩きだす。
ところが、その歩みはすぐに止まった。止めざるを得なかった。
「くそっ」
思わず悪態がこぼれる。
何故なら、オレの視線の先にはニナがいたから。
「どういうこと?」
小さく呟かれたニナのセリフにより、もはや誤魔化しは利かないことをオレは静かに悟るのだった。
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