Chapter3-3 信頼(8)

「ニナも察しているとは思うが、オレの今の姿は偽物だ」


「そう」


 彼女が強張ったのを感じ取った。覚悟はしていたが、実際にオレの口から聞くと堪えるものがあるんだと思う。


 気にはなるけど、ここで心配の言葉をかけても無意味だ。今は、オレにできる誠意を見せよう。


「魔法によって、本来とは別の容姿を作り出してる」


「知らない魔法」


「聖王国では広まってないな。魔力をまとうことで、視覚情報のみを偽るものなんだ。だから、触ると違和感がある。覚えはないか?」


「……言われてみると」


 記憶を掘り起こしているのか、宙へ視線をさまよわせた彼女は小さく頷いた。


 オレはふぅと一息吐く。


「今から、オレの本当の姿を見せようと思う」


「分かった」


 ニナが首を縦に振ったのを認めた後、オレは【偽装】を解除した。身にまとっていた魔力が霧散し、シスという仮面カバーが剝がれていく。


 そうして、ゼクスの顔がニナの前であらわになった。ゼクスとニナの初対面の瞬間だった。


 体格が変わったため、彼女の視線がゆっくりと下がる。また、声は出さないものの、目を大きく開いた。


 成人男性から同い年の少年へ、黒髪から白髪へ、強力な冒険者から凡庸以下の貴族へ。まるで正反対の性質へ変貌を遂げたんだ、この反応は至極当然だった。いくら事前に話を窺っていようと、驚愕を抑えられるわけがない。


「ゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダ……」


 ニナがオレの名を溢す。


 まぁ、名乗るまでもなく分かるか。白髪で彼女と同年代の少年なんて、オレくらいしか存在しない。いたとしても、噂も届かない遠地だ。


 ニナが落ち着くのを見計らって、オレは口を開く。


「改めて名乗ろう。オレの名はゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダ。このフォラナーダの地を治める伯爵家の長子であり、実質的な支配権を握る者だ」


「支配権?」


「現在のフォラナーダは、オレがトップを張ってる」


 そこから、可能な限りの真相を彼女に聞かせた。転生者のくだりは『神の啓示によって、いくつかの未来を視た』と誤魔化したけど、“ニナの死ぬ未来”やそれ・・が遠因で“貴族粛清の未来”が訪れる可能性など、おおよそ全ての内容を明かした。


 これがオレの答え。嘘偽りない言葉こそが、ニナの信頼への誠意になると考えた。


 まぁ、すべてを語れない辺り、完璧な対応とは言い難いとは思う。そこは申しわけない気持ちでいっぱいだ。それでも、オレにできる最大限の返答をしたかった。


 一通り語り終えた後、ニナは熟考を始める。オレは静かに見守った。


 ほどなくして、彼女はやや伏せ気味だった顔を上げた。


「いくつか訊きたい」


「できる限り答えよう」


「あの内乱には、ビャクダイの件以外には関わってない?」


 当時の事情も説明はしたが、自分の運命を変えた争いだったので、念を押して尋ねておきたいんだろう。


 なれば、オレは真摯しんしに返す。


「嗚呼。男爵家への救援以外はノータッチだ。一神派の連中とは一切つるんでない」


「……そう」


 彼女は小さく頷くだけだった。複雑な心情を抱えているのは明白だが、こちらより掛けられる言葉はない。


 少しの間を置き、ニナは質問に戻る。


「アタシを助けたのは保身のため?」


 貴族粛清の未来を変える、つまりは自分の立場を守るために助け出したのか。彼女は、そう問うてきた。


「そうだ。オレと家族の安全を守る。それが動機だった」


 オレは首肯した。


 カロンたちを守ることが第一ではあるけど、自らの命のためであることも否定できない。嘘偽りを語らないと決めた以上は、正直に答えた。


「かぞく……」


 そんなオレの回答に思うところがあったのか、彼女はしばし硬直する――が、かぶりを軽く振って、すぐに再起動を果たした。


 そして、真っすぐオレを見る。


「最後の質問」


 今までよりも真剣さを増した気配。次の問いが一番の本命であることは明らかだった。


「アタシに何を求める?」


「何も求めない」


 オレは反射的に答えていた。


 ニナのもっとも重視する質問。本来なら、しっかり考えて返すべきものなのに、間髪入れず言葉を紡いでいた。


 しかし、他に答えようがなかったんだから仕方がない。


 オレがニナに求めるものは一切ない。強いて言うなら『死なないでくれ』というくらいか。それだって、生きている人間なら誰にでも要求されるもの。改まって口にする内容ではない。


 ニナの真意としては、『この先、自分を利用する気はあるのか?』と問いたかったんだろう。まぁ、そちらの意図を理解した上でも、先のセリフは変わらない。


「確かに、最初はキミのことなんて考えずに助けた。持っていたとしても、ほんの少しの同情程度だった。ある程度育てた後は放置しようとも考えてた。でも、今は違う」


 たかが半年、されど半年。修行という過酷で濃密な時間を、ニナと共に過ごした。あの生へしがみつく必死さを見て、本能のままに動く純粋さを感じて、何の感慨も覚えないほどオレは薄情な人間ではない。


「ニナ、キミはオレの弟子なんだ。縁を結んだ身内。弟子から利益を搾取するような悪徳師匠になるつもりは、オレにはない」


 我ながらチョロいとは思うけど、もはやニナを他人のように扱えなくなっていた。


「嘘を吐いていたくせに、都合の良いことを言っていることは理解してる。それでも、オレはニナを大切だと感じているのは事実だ。本気で、死なせたくないと思ってる」


「……」


 オレの言葉に対し、ニナは無言だった。


 ただ、無感動というわけではなさそうだ。唇を軽くむ動作をしている。揺れる魔力は喜色かな? あっ、尻尾も揺れている。


 唐突に空気が変わり始めたことに困惑していると、ゴホンとニナが咳払いをした。


「今回のところは許す。でも、次はない」


「ありがとう」


「寛大なアタシに感謝するといい」


 オレが礼を言うと、彼女はプイとソッポを向いた。


 そんな、いつもの彼女らしからぬ態度に、少し笑声を溢してしまった。




 その後、家の周りに部下を護衛として配備させたオレはロラムベルへ帰還する――のではなく、ある場所へと足を運んだ。


 はたしてある場所・・・・とは、プテプ伯爵邸である。

 

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