Chapter3-3 信頼(5)

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 ゲームにおいてのニナの死因は、過剰暴行による失血多量である。以前にも話したが、オレが介入しなかった場合は一神派の貴族に買われ、ありとあらゆる辱めを受けた末に死ぬんだ。


 その暴行を行う貴族こそ、プテプ伯爵だった。彼は典型的な一神派とは異なり、獣人を殴ることで情欲を湧き上がらせる変態。ゲーム内では、ニナ以外の獣人も被害に遭っていたと語られている。


 ニナを引き取った時点で、プテプ伯爵のことは調べ上げていた。彼女の死ぬ運命を覆そうとしているんだから、当然の行動と言えよう。場合によっては、排除する気でもいた。プテプ伯爵は一神派の末端にすぎず、王宮派閥とは違って容易に処理ができるからな。


 だが、当時の調査結果は意外なものだった。


 というのも、別人だったんだ。ゲームのプテプ伯爵はブクブク太った二十中頃の男だったのに、現実の彼は中肉中背の青年。顔立ちは似ているものの、絶対に同一人物ではなかった。


 より詳しく調べてみると、ゲームでのプテプ伯爵は、現実の伯爵の兄に当たる人物だと判明した。オレの介入の余波でも発生したのか、後継者が変更されてしまったらしい。


 まぁ、爵位を継がなかったとしても、その兄は裏で獣人奴隷を殺しまくっている危険人物に変わりなかったので、サクッと事故死・・・させた。幸い、現プテプ伯爵は兄との折り合いが悪かったみたいで、大きな問題には発展しなかった。


「――はずなんだけどなぁ」


 オレは小さく呟く。


 諜報員の報せを受けたオレは、すぐさまフォラナーダへ足を運んだ。


 かなり足早に移動していたようで、すでにプテプ伯爵は領都に到着していた。城門で平民に紛れて手続きを行っている。


 当然ながら、目先にいる伯爵はニナの死因を作った人物ではない。その弟である。


 彼は部下らしき男たちを引きつれ、街中へと入っていく。


 いったい、何をしにフォラナーダへ来たのか。


 他の貴族ならお忍びの旅行と考えるところだけど、あのプテプ伯爵ともなると色々邪推してしまう。ゲームとは別人だとしても安心し切れなかった。


 囮の可能性も考慮して、部下たちには他の警備を命じている。オレ自身は、伯爵たちの尾行を開始した。


 何も仕出かしていない彼らを拘束する理由はない。


 城に招待して足止めする手段も考えついたけど、それでは伯爵の思惑が判明しないため、有効とは言い難かった。加えて、ゼクスオレはロラムベルに出かけている最中だから、彼らの相手はオルカが担う流れになる。いくら優秀な彼でも、現役の貴族より情報を引っ張り出すのは厳しいだろう。


 後手になってしまうが、伯爵たちを泳がせるしかなかった。探知術等のお陰で見失う可能性は皆無ゆえに、安全面は申し分ない。落ち着いて遂行しよう。


 最初のうちは普通に観光する一行。交わされる会話も、当たり障りのない内容のみだった。


 しかし、一時間後。ついに怪しげな動きを始めた。不意に全員が視線を合わせたかと思うと、次の瞬間には散り散りに歩いて行ったんだ。


 これが普通の平民なら自由行動と考えられるけど、彼らは違う。当主の単独行動を、部下たちが放っておくはずない。……ものすごくブーメランが突き刺さる発言だが、オレの場合は異例中の異例なので目をつむってほしい。


 話を戻そう。


 伯爵と部下は合わせて五人。この人数を全員監視するのは物理的に不可能だ。探知術で位置や大まかな動きを把握はできるけど、やはり目視の方が情報の確度は高い。


 同様の理由で【分身】も使えない。あれは思考テンプレートを魔力に付与するものだから、臨機応変さに欠けるんだ。


 要するに、一人での監視はここまでが限界。ターゲットを絞り、残りは部下に任せるしかないだろう。警備の方の手が薄まるけど、背に腹は代えられなかった。


 オレが注視する対象は、もちろんプテプ伯爵だ。もっとも怪しいのは彼のため、他は後回しにする。


 一応、『予想外の大物が紛れていた』なんて事態が起こらないよう、全員の素性は【鑑定】で精査済み。伯爵以外は、普通の騎士にすぎないと判明している。


 一定の距離を保ち、オレはプテプ伯爵の後を追っていく。彼はしきりに周囲を見渡しており、大揺れする魔力を見るまでもなく挙動不審だった。貴族ゆえに致し方ないけど、隠密の“お”の字もできていない。


 ここだけ見れば、『オレの気にしすぎだったかな?』とも思えるんだが、どんな結末に転ぶことやら。


 伯爵は、頼りない足取りながらも進んでいく。人通りの多かった中央から、端へ端へと移動していく。


「疑いようがない、か」


 しばらく歩いたところで、オレは伯爵の目的地を確信した。


 一つ溜息を吐き、静かに【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を展開する。周囲は魔力の幕に覆われ、オレとプテプ伯爵は世界より隔離された。景色を模写する必要はなさそうだったので、真っ白な光景が一面に広がる。


 突然の異常事態に困惑する伯爵。そんな彼の前に、オレはシスの姿で躍り出た。


「プテプ伯爵」


「き、貴様は!?」


 オレのことを知っているらしい。……当たり前か。その程度のリサーチはしているに決まっている。彼の一番の障害になると予想される者は、このオレなんだからさ。


 伯爵の進路によって大体の察しはついた。この先は彼女の――ニナの住む家に続いている。当初よりオレが危惧していた通り、プテプ伯爵の狙うモノはニナだったんだ。


 どうして彼がニナを知っているのか。そして、何故に彼女を求めるのかは分からない。だが、ロクな目的でないことは確かだろう。きちんとした理由であれば、コソコソと領都へ入ったりしないし、今のように不自然な動揺も見せない。


 嫌な予感がする。原作ゲームでは一切関係のなかった彼が、亡き兄に代わって行動を起こしている現状。ものすごく気味が悪かった。彼のこれまでの経緯等は知っておくべきだと、オレの勘が囁いていた。


 こういう時の直感は、前世も合わせた経験則上、従った方が良い。


 どうせ【異相世界バウレ・デ・テゾロ】からは出られないので、問答無用で排除はせず、会話を試みることにした。

 

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