Chapter3-3 信頼(4)

 九令式の翌日、オレは宛がわれた部屋で休んでいた。招待客が全員帰ってからフォラナーダに戻る手はずなので、もうしばらくはロラムベルに滞在する予定なんだ。


 ミネルヴァは相変わらず、悪態を吐きながらも付き添ってくれてようとした。その心遣いはありがたい限りなんだが、さすがに申しわけなくも感じるわけで、オレは極力部屋で休む方針を取った。室内にいれば、食事などの用件でもない以上はロラムベルの人間も顔を見せないだろう。嫌がらせのために足を運ぶほど彼らは暇ではないし、身の程知らずでもないはずだ。


 そのお陰で、ミネルヴァは自分のやるべきことを優先してくれた。


「何かあれば呼ぶのよ。一人でウロチョロされる方が迷惑なんだから!」


 そんなセリフを残していったのはご愛敬。


 何はともあれ、オレは静かに時が過ぎるのを待っていた。


 そういえば、こうして何日もカロンたちと会わないのは初めてか? 何だかんだ、外出しても【位相連結ゲート】を使って顔を見に行っちゃうからなぁ。前世の経験を持つオレや後から参入したオルカはともかく、カロンは大丈夫かな。あれほどのブラコンだし、禁断症状とか出ていそうで怖い。


 一瞬、【念話】で連絡を取ろうかとも考えたけど、すぐに棄却した。こうやって離れる機会は今後も巡ってくる。カロンも慣れた方が良いだろう。


 それに、彼女は【念話】の魔道具を所有しているんだ。いざとなったら、向こうより連絡を送ってくると思う。こちらは大人しく待つべきだと判断した。


「カロラインさまのことを考えていらっしゃったのですか?」


 ベッドの上でボーっと思考を回していると、近くのテーブルに腰かけていたシオンが口を開いた。どことなく呆れを含んだ声色をしている。


 オレは肩を竦める。


「どこかの誰かさんが、せっかく持ち出してきた仕事を奪い取ってしまったから、暇で暇で仕方ないんだよ」


 約一ヶ月もフォラナーダを留守にするため、持ち出し可能かつ片手間にできる仕事を持ち込んでいた。当初はそれを処理していたというのに、あろうことかシオンが横から奪い去ってしまったんだ。そのせいで、今のオレは手持無沙汰なのである。


「暇で良いではありませんか。この機会に、しっかり休養を取ってください」


 対し、肝心の元凶はどこ吹く風だった。


「どうしても暇だと仰るのでしたら、私とお喋りをいたしましょう。ゼクスさまは、もっと使用人を扱き使ってくださっても宜しいのではないかと愚考いたします」


 すまし顔で言うシオンだが、オレは彼女へ半眼を向ける。


「本音は?」


「好きな人に構ってほしい」


「うん、素直でよろしい」


 そんなところだろうと思っていたよ。オレを休ませたいのも本音だとは思うけど、彼女より漏れ出ている魔力が、ものすごくソワソワしていたからな。分かりやすすぎる。


 さっさと仕事を進めたい気持ちはある。でも、シオンの告白を受けた時、できる限り要望には応えようと決めていた。それを土壇場で翻すのは卑怯だろう。


 オレは苦笑いを浮かべ、ベッドから起き上がる。


「分かった。オレとお喋りしよう、シオン」


「はい!」


 シオンは花咲くような笑みを浮かべた。見ているコチラが照れくさくなる、幸せオーラ全開の様相だった。


 それから、彼女はオレの方へ駆け寄ろうとする――のだが、


「あっ」


「おっと」


 お得意のドジが発動。何もないところで盛大に転倒しそうになったので、オレがとっさに彼女を受け止めた。【身体強化】のお陰で、しっかりと支えられる。


 ところが、身長差は如何いかんともしがたく、かなり不格好な形となってしまった。ケガをさせないように気をつけたつもりだけど、とにかく顔が近い。うわっ、シオンのまつげ長ッ。


「あわ、あわわわわわわわわわわ」


 あらま、シオンが壊れた。


 至近距離で見つめ合うこと三秒ほど。彼女は瞬間湯沸かし器の如く茹で上がってしまった。目をグルグルと回していらっしゃる。


 顔が接近しただけでこのありさま・・・・・・では、先が思いやられるよ。


 苦笑を深めつつ、ショートしてしまったシオンを抱えてベッドに寝かせる。そして、彼女が正気に戻った時を想定して、お茶を淹れることにした。


「リラックス効果のあるハーブティーを煎じようかな」


 【位相隠しカバーテクスチャ】より複数の茶葉を取り出し、シオンの好みに合わせて調合していく。


 彼女が甘い一時を経験できるのは、まだまだ遠い未来の話になりそうだな。








 シオンと雑談を交わしながら半日が過ぎ、ミネルヴァとの昼餉ひるげを終えた直後のこと。フォラナーダに残していた諜報員の一人から、【念話】による緊急連絡が届いた。


『ゼクスさま、お忙しいところ失礼いたします。至急お知らせすべき事態が発生いたしました』


「む?」


「どうしたの?」


 お昼直後という気の抜けがちな時間帯のせいか、思わず声を漏らしてしまった。


 食事は終えたとはいえ、未だ食卓に座っていたので、対面に座するミネルヴァが怪訝な表情を浮かべている。


 オレは『少し待て』と部下に告げてから、努めて冷静に返す。


「半日ものんびりしてたからか、少し足がつってしまいました。ご心配おかけして、すみません」


「人騒がせね。運動不足はダメよ。ただでさえ、あなたは無属性なんだから」


 たははと苦笑を溢すと、ミネルヴァは呆れた調子で答えた。


 真っ赤な嘘だったわけだけど、信じてくれたらしい。一安心だ。


 その後、部屋に戻って彼女と別れると、オレは改めて【念話】を繋いだ。


『遅くなった。報告を頼む』


『承知いたしました』


 彼よりもたらされた・・・・・・情報は、実に簡潔だった。一人の伯爵が、お忍びでフォラナーダに訪れたという。


 これだけだと、何ら問題のない内容だ。貴族当人がお忍びで他領を訪問することは、それなりに見られる。実際、過去にも同様の案件はあった。


 問題はそこではない、訪れた伯爵の素性がよろしくなかった。


 プテプ伯爵。そいつは、原作ゲームでニナを殺した家の者だった。

 

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