Chapter3-2 護衛任務(3)
悪い予感とは裏腹に、最初の三日間は何ごともなく終了した。村で治療活動を行い、二泊過ごしては次の村へ移動する。そのルーティンを二度ほど繰り返す。
当然、合間の時間にカロンとニナは雑談を交わす。二人の相性はとても良く、回数を重ねるごとに仲良くなっていった。美しき友情が育まれる瞬間を見守れて、オレは嬉しいよ。
ただ、オレまで付き添わされたのは不可解だった。……もしかして、カロンの真の目的はコレじゃないよな? オレの傍にいたいからではなく、純粋にニナと友だちになりたかったんだよな? そうだと言ってくれ、妹よ。
閑話休題。
五日目の午前中。ニナ、馬車三台、オレという順番で最後の村へ移動していると、先頭を務めるニナより【念話】が入ってきた。
『魔獣、二時の方角より接近。数は十』
どうやら、近場の森から侵攻してきた魔獣らしい。少し察知が遅い気もするけど、魔法が苦手な彼女にしては早い方か。たぶん、自前の五感のみで探知したんだろうから、合格点を与えておこう。
オレはそんな評価を下しつつ、自らの探知術の範囲を広げる。ニナの訓練を兼ねて、オレの方の探知は範囲を絞っていたんだ。無論、不意を打たれてもキャラバンを守る策は敷いているぞ。
接近してきているのは、スターヴウルフの群れのようだった。外見はグレーウルフに似ているんだが、とにかく獰猛な性格で有名。ランクD冒険者が複数で当たる程度の強さを持つ。
とはいえ、すでにランクCまで昇格しているニナの敵ではないな。
オレは【念話】を繋げたまま指示を伝える。
『ニナが攻め、オレが守りでいく。訓練の成果を見せてみろ』
せっかくの機会なので、彼女の戦闘経験値を稼ぐことにする。これまでも冒険者として活動してはきたが、護衛対象のいる状況でどこまで動けるか見物だな。
「魔獣が近づいてる。こっちで対処するから、一旦馬車を止めてくれ」
近くにいた教会の人間に伝え、巡業一行は停止する。オレは、探知を広げて周囲警戒に努めた。
一方のニナは、表情を引き締めて魔獣の来る方向へ歩き出した。できるだけ馬車より離れて戦うつもりなんだろう。守備役がいるからこそ許される判断だった。
ある程度距離を取ったところで、ニナは腰に差していた片手剣を抜き、
彼女の戦闘スタイルはオーソドックスな剣士のそれだ。盾と土魔法で敵を牽制しながら、片手剣をメインに戦う。『命大事に』を徹底させているので、どちらかというと守りに比重を置いている。
小柄な体躯にはツライのでは? と思われがちだが、獣人特有の身体能力の高さやオレ直伝の【身体強化】があるため、何ら問題なく戦える。
また、ニナには剣を扱う才能があったらしく、片手剣の扱いに関してはオレより上手かもしれない。
どっしり腰を据えたニナは、鋭い視線を前方に向けて敵の接近を待つ。
ただ、棒立ちしているだけではない。現在進行形で土魔法による罠を仕掛けていた。時間の都合により小型ばかりだが、効果は保証できる代物だった。
数分後、いよいよ魔獣たちが姿を現した。名前の通り、スターヴウルフは飢えた狼。全員が目を血走らせ、ヨダレを垂らしながら駆けてくる。
いつ見ても
まぁ、混乱して場を掻き乱さなければ構わない。
味方側に一定の気を配りつつ、オレはニナの戦闘を見守る。
最初に攻撃を繰り出したのは、スターヴウルフの一体だった。ギラギラした瞳でニナを見据え、一直線に突進してくる。
ところが、その攻撃が彼女に届くことはない。
まず、地面にできた細かなトゲを踏み締めてしまい、突進の勢いが削がれる。足を止めるには至らないが、明確に意識を散らすことに成功した。
次に、落とし穴に引っかかった。足の位置が少し下がる程度の浅さではあるけど、意識が散っている狼には効果抜群。見事に足元をすくわれ、地面へ強かに激突した。
ニナはその隙を見逃さない。すかさず、伸びているスターヴウルフの首を斬り落とす。
飢えたスターヴウルフに学習能力はない。次々と同じ末路を辿り、数分後には首無し狼が大量生産されていた。
卑怯と言うなかれ。自分に取れる手段を何でも使う。これが生きるための最適解なんだ。奴隷商店で死に掛けていたニナだからこそ、徹底して生存への最善手を選択できる。
さすがに全滅とはいかず、三匹のスターヴウルフが残った。グルグルと唸りながら、ニナと一定の距離を保っている。
普通の獣なら半数以上がやられた時点で撤退するだろうが、奴らにそんな理性は存在しない。空腹を満たしたいという欲求しか頭にはなかった。
ついに、スターヴウルフたちが襲いかかる。一斉に駆け出し、彼女の喉笛を掻き切ろうと鋭い牙をあらわにする。
だが、やはり、その凶牙は届かない。
スターヴウルフらが一定距離まで近づいたところ、銀閃が煌めいた。刹那すら長いと感じる僅かな時間、鉄の色の輝きが虚空に線を引く。
次の瞬間には、三匹は三枚に
ニナが斬ったんだ。瞬けば見失ってしまうほどの速度をもって、剣を振ったんだ。
あまりにも剣閃が早すぎたせいで、今になって死骸より血が流れ始めている。彼女にも剣にも血の滴は一切付着しておらず、地面のみ赤い池ができていた。
前述したように、ニナは剣士の才能がある。そこに【身体強化】による三倍強化が加わり、異次元の剣速を生み出していた。これを防げるのは【身体強化】で目視可能なオレか、相当手練れの近接戦闘職くらいだろう。
半年でこの成長率。驚愕以外の言葉が浮かばない。
ニナを鍛えるためとはいえ、かなり過酷な訓練を課した自覚はある。それにも関わらず、彼女はまったく音を上げなかった。むしろ、「もっとこい!」と言わんばかりの気迫を以って訓練に臨んでいた。あの生気に溢れた眼差しは、そうそう忘れられそうにない。
その貪欲さの源泉がどんな感情なのか……。
恨み辛みではないとオレの勘は囁いている。カロンとのやり取りも見た。だが、断言はできなかった。
まぁ、まだ半年。何が何でも知りたい内容ではないし、ニナの真意がどこにあるのかは、ゆっくり知っていけば良いだろう。
ニナは残心を解き、こちらへ振り向こうとしている時だった。オレは目を
跳躍先で一本の短剣を構える。その刃の切っ先は――
「それ以上やるなら、命の保証はない」
キャラバンのリーダーであるヴァランだった。彼の手には吹き矢の筒が握られており、照準はニナの方に定まっている。
彼は馬車の陰に隠れており、他人の耳目は届いていなかった。どこからどう見ても、良からぬことに手を染める一歩手前である。
「これは――」
「言いわけも無用。この先は何も仕出かさないと誓えば、今は退こう。諦めが悪かった場合は、報いを受けてもらう」
「わ、分かった。何もしない!」
ヴァランは震える声で言い、手にしていた筒を捨てた。
それを認めたオレは、短剣を収める。
本音を言うと始末しておきたかったが、今は巡業中。代表が死んでしまえば、中止は間違いないだろう。そうなると、カロンの名声に傷がついてしまう。
だから、こいつの処理は巡業が終わるまでお預けだ。終わった後は言をまたない。
しかし、本当にバカを仕出かすとは思わなんだ。代表になるくらい地位が高いくせに、阿呆すぎないか? こんな武器、どこで用意したのやら。一応、残りの期間は厳重警戒しよう。
不穏な空気を残しながらも、五日目の巡業も無事に終わった。
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