Chapter3-2 護衛任務(2)

 ニナ宅襲撃事件より一週間。続報のないまま時間が過ぎていく中、オレはカロンから一つの頼みごとをされた。


「護衛任務?」


「ご存じかと思いますが、教会が定期的に行っている村々への巡業に、わたくしも同行するのです」


「そんな話もあったな。許可を出した覚えがある」


 治療院を備えた教会は各地に配備されている。しかし、何ごとにも人員の限界は存在し、小さな村々まで手が回らないことは多々あるんだ。特に、重症患者を診察ないし治す環境は行き届いていない。診察を受けに都会へ移動するというのも、未だ馬車が主だった交通手段のご時世では無理難題だった。


 そこで教会側の考えた手段が巡業である。専門知識を有する人材を、定期的に小さな村落へ派遣するんだ。患者のすべてを網羅するには至らないけど、救われる人数は圧倒的に増えるだろう。


 そして、カロンは光魔法師。重傷重病に関わらず、あっという間に治療できるプロフェッショナルだ。この巡業任務には打ってつけの人選であるため、前々から打診はあった。


 今までは年齢を理由に断っていたけど、そろそろ遠出をしても良いと考えて許可を出したわけである。


「つまり、シスへの依頼か。村から村への道中を護衛してほしいんだな」


 領内の治安維持には力を注いでいるとはいえ、絶対に安全とは言い切れない。はぐれの魔獣や盗賊が出没する確率は必ず存在した。


 教会の戦力は少なく、カロンが加わったとしても不十分。だから、信頼できるオレ――というより、冒険者シスへ依頼したいんだと納得できた。


 可愛い妹の頼みとあれば二つ返事で了承したいところだけど、仕事である以上は内容を吟味しなくてはいけない。


「日程は?」


「一週間です。初巡業のわたくしに考慮してくださり、近場の村を三ヵ所回ります」


「ってことは、小規模のキャラバンになるか。具体的な人数と馬車の数は?」


「正確な人数は分かりかねますが……十人前後になるでしょう。馬車は三台ほどですね」


「ふむ。あとは――」


 オレの矢継ぎ早の質問に、カロンは滔々とうとうと答えていく。


 いくつかの問答を経て、オレは頷いた。


「OK。その程度なら守り切れそうだし、受けるよ。ギルドに指名依頼を出しておいてくれ。あと、教会側への説明も忘れずに。依頼料はオレの手持ちから出すよ」


 今のシスは二つ名持ちのランクA冒険者。指名したら、膨大な依頼料が発生する。清貧を好む教会にとって難しい額になるだろう。オレを指名するのはコチラの都合だし、そこら辺を負担するのは当然だった。まぁ、指名される当人が払うというのはマッチポンプ感がすさまじいけど、伯爵領の資金に手は出せないし、カロンの手持ちでは足りないんだから仕方ない。


 お金の問題まで気が回っていなかったのか、カロンが慌てて「お兄さまに負担をかけるくらいなら」と依頼を撤回しようとする。


 だが、オレは止めた。


「いいよ。カロンの手持ちが少ないのは、ほぼボランティアの教会の仕事に集中してる証拠さ。これくらいの労いはさせてくれ。何なら、今までのご褒美だと思っていい」


 他人のために一生懸命になれるカロンの行動は、本当に素晴らしいものだ。依頼料を融通する程度は、兄として負担させてほしい。


 すると、カロンは「待ってください」と言葉を挟んだ。


「ご褒美なら、もっと別の形にしてほしいです。せっかく、お兄さまに要望を応えていただけるチャンスですから!」


「あっ、そっち?」


 オレはズッコケた。てっきり、遠慮し始める展開かと予想したんだけど、我が妹は割と強かな性格をしていたようだ。いや、とても悪役令嬢らしいけどさ。


 その後、ご褒美は別のモノを用意することで話は落ち着き、オレは教会の護衛任務を受ける運びとなった。








 数日後、巡業に出発する日となった。雲一つない、晴れやかな青空が天を彩っている。旅日和の一日だろう。


 城を出る前。オレはとある用件を済ませるため、執務室に立ち寄っていた。


「留守の間は頼むぞ、オルカ」


「任せてよ!」


 普段オレが使っている席に座るオルカは、自信満々に胸を叩いた。頭頂部の狐耳がピコピコ動いている様は、とてつもなく愛くるしい。抱きしめたくなるが、歯止めが利かなくなるので我慢だ。


 察しの良い者は気づいているだろうが、オレが護衛に出ている間、オルカに執務を任せることになっている。


 というのも、外に出ている間の仕事をこなす、代理が必要だったんだ。【位相連結ゲート】が使えるとはいえ、護衛である以上は頻繁に帰れないし。


 そこでスポットを浴びたのがオルカだった。


 彼は以前より、実兄であるカイセル氏や部下たちから領地運営の手ほどきを受けていた。半年前のカーティスの件で実力の一端は見せてもらったし、せっかくの機会に任せようと決めたわけだ。


 オレの役に立ちたいという気持ちから勉強していただけあって、代理抜擢は大変嬉しいことだったらしい。全身よりやる気が満ち溢れている。可愛いな、本当に。


「何か緊急事態があったら、遠慮せず【念話】で連絡してくれ」


「うん。変に隠したりはしないから安心して」


「それじゃあ、行ってくるよ。オルカの仕事振りを期待してる」


「いってらっしゃい!」


 少しプレッシャーを与えそうなセリフ回しをしたけど、あの様子なら大丈夫かな。


 元気いっぱいに手を振るオルカを背に、オレは城を後にした。








 領都の出入口には、すでに全員が揃っているようだった。当初の予定通り、三台の馬車と十人程度の教会の人間、カロンの姿も見える。


 そして――


「やっぱり遅かった」


 隣よりジト目を向けてくるニナもいた。


 そう、今回はニナも同行する。


 この依頼はシスへ出されたものなので、本来なら連れてくる必要はなかったんだが、二つの理由より同行させた。


 一つは、ニナに経験を積ませるため。旅のノウハウを教える絶好の機会だし、護衛の難しさを知るチャンスでもある。彼女にとって、有意義な一週間になるはずだ。


 もう一つは、身の安全を考慮した結果だった。弱小闇ギルドが押し寄せてきて以降、向こうの動きは全然見られないが、だからといって気を抜いて良いわけではない。オレが気軽に【位相連結ゲート】を使用できない環境に置かれる以上は、一緒に行動するのがもっとも安全だった。


「さっきから謝ってるだろう。やるべきことが残ってたんだ」


 出発前にオルカと挨拶を交わすのは必須事項。絶対に外せない。


 ニナのジト目はなかなか解消されなかったが、無視して大丈夫だろう。本気で機嫌が悪いようではなさそうだし。だって、尻尾がいつもより大きく揺れているんだもの。旅が楽しみなのかもしれない。


 まぁ、まだ八歳の子どもだ。知らない場所へ向かう好奇心は止められないか。


 ニナの頬笑ましい一面にホッコリしていると、一人の男性から声をかけられた。


「シス殿でよろしいか?」


 うぐいす色をした髪と目を持つ、この世界では平凡な顔立ちをした初老。他の面々より立派な修道服を着ていることより、今回の巡業の代表者と判別できた。


 オレはスッと真面目な顔つきに戻し、彼に向き直る。


「嗚呼、オレがシスだ。あなたがキャラバンの代表か?」


「その通り。私は此度こたびの巡業の責任者であるヴァランだ。よろしくお願いする」


「こちらこそ」


 相手が手を差し出してきたので、それを握り返す。


 一見すると友好的な男だが、どうにも視線が粘っこい。オレの黒髪を見ては満足そうに、ニナの方をチラリと見ては眉根を寄せていた。あまりにも露骨な態度だ。


 こいつは、フォラナーダの教会に多い『魔力適性は神の加護』と認識する魔力加護派であり、一神派の輩なんだろう。カロンの方に視線を向ければ辟易へきえきとした様子で頷いているので、まず間違いない。


 ふと、カロンが手を叩いた。その表情は良いアイディアを考えついたと言わんばかり。こちらを見ているところに、嫌な予感を覚える。


 その直感は正しかったようで、笑顔のカロンが近づいてきた。


 オレとニナの前に立った彼女は、にこやかに言う。


「シス殿、お久しぶりです。そちらの少女のことを教えていただけますか?」


「あ、嗚呼」


 ニナのことは知っているだろうに、何を仕出かす気なんだ?


 ここで断っては不自然なので、戦々恐々しながらも紹介する。


「ワケあってオレの弟子になったニナだ」


「ニナ、です。よろしく……お願いします」


 どこか怪訝そうに挨拶をするニナ。まとう魔力は凪のように静かで、彼女の内心は判然としなかった。


 普通なら冷静だと判断するところだけど、ニナの過去が過去なだけに、逆に恐ろしく感じてしまう。


 オレの心情なんて露知らず、カロンは愉快げに会話を続ける。


「見たところわたくしと同年代のようですが、冒険者をしていらっしゃるんですか?」


「すでにランクCだから、実力は申し分ないぞ」


「それはお強いのですね! もし宜しければ、空いた時間をいただけませんか? 同年代で冒険者の方は珍しいので、ぜひともお話を拝聴したいのです」


 なるほど、そういうことか。


 身内にはニナの事情をある程度は話している。おそらく、カロンはニナの友だちになろうとしているんだろう。自分が良い貴族だと示すことで、彼女の心を癒す算段なのかもしれない。


 その心遣いは嬉しいんだけど、事前にオレへ話を通してほしかった。下手に刺激したせいで、ニナが暴走する危険性だってあるんだから。今のところ大丈夫そうだけど、それは結果論にすぎないし。


 あとで説教だなと心で誓っている間に、ニナが口を開く。


「……アタシは雇われた身。雇い主の命令には従う」


「命令ではなく、お願いしているのです。もし、ニナさんがお嫌なのでしたら、無理強いはいたしません」


「……」


 やや困惑した様子で、彼女はオレの方を見た。『何、この生物』という珍獣を発見したような表情を浮かべている。


 境遇的に仕方ないとは思うが、その反応はかなり失礼だぞ。


 とはいえ、ニナの態度は些か予想外だった。オレの予想では、即答で拒絶すると考えていたんだ。オレの考えるよりも、ニナは貴族を恨んでいないのか?


 まぁ、ここで悩むことではないか。オレはニナへ返答する。


「好きにしろ」


 これはニナ自身が決めることだ。


 しばらく逡巡した彼女は、おもむろに呟いた。


「承る」


「ありがとうございます、ニナさん! よろしくお願いしますね」


 カロンは花開いた笑顔を浮かべた。それにつられて、ニナも僅かに頬を緩める。


 その後、少しの間だけ二人は雑談を交わした。もっぱらカロンが話し手だったけど、ニナに嫌がっている気配はない。


 妹たちのくすぐったい・・・・・・青春を見守っていると、不意に視線を感じた。


 振り返ると、そこには巡業のリーダーであるヴァランがいた。彼の瞳は、どう考えても友好的な代物には見えない。


 ニナはオレの弟子だと牽制したからバカなマネは仕出かさないとは思うが……こういう連中のバカさ加減は常識では測れないからなぁ。


 この護衛任務、一波乱ありそうな予感を覚えるのだった。

 

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