Chapter3-2 護衛任務(4)

 ヴァランの宣誓は本気だったようで、六日目の夜である今まで何も起こらなかった。明日には領都へ帰還できる、最後まで油断せずに行こう。


 焚火を前にしながら、オレは周囲への警戒を怠らない。


 今日に限って、オレとニナは野宿をしていた。


 というのも、一夜を過ごす村の空き部屋が足りなかったんだ。計画を立てた人間が、最終日だけ護衛分の勘定を忘れていたらしい。器用なマネをするものだ。


 カロンは終始渋っていたものの、無理やり納得させた。今回の旅はニナの訓練の意味合いもあったので、野営の練習をさせるには丁度良かったんだ。村の端でテントを張るだけでも経験になる。


 ついでに見張り番も経験させようという算段により、オレは焚火の前に座り込んでいた。オレが最初でニナが後半というスケジュールを組んでいる。


 本来なら素人を先に回した方が良いんだけど、あえて今の順番にした。比較的安全な村の中での野営だし、夜番の辛さをいっそう・・・・実感してもらおうと考えたんだ。彼女の睡眠耐性が如何いかほどかは不明だが、かなりの眠気に襲われるのは間違いなかった。


 もしも眠ってしまった場合は、専用の特訓を今後のカリキュラムに加えよう。


 ニナが聞いたら目玉を引ん剝くだろう思考を巡らせつつ、夜の静寂に身を溶かす。パチパチと弾ける火の粉に照らされながら、天上に煌めく星々を眺めた。


 転生してから“暇”のヒの字もなかったせいか、こんな空虚な時間が以前よりも深く心に浸透する。畢竟ひっきょう、過ぎ去る時間も早かった。


「シス、時間」


 テントから姿を見せたニナが、いつもよりも眠そうな声音を発する。見れば、その表情もボンヤリ気味だった。


 オレが声をかけずとも起きられたのは偉いが、このままではうたた寝・・・・一直線だろう。


 オレは苦笑し、一つアドバイスを送る。


「まだ見張っててやるから、少し顔を洗ってこい。近くに井戸があるはずだ」


「わかった」


 彼女は素直に頷き、よろよろと井戸の方へと歩いていった。


 あんなフラフラしていて井戸の中に落ちないか心配になるけど、【身体強化】もあるから大丈夫だと思われる。最悪、落ちても死にはしない。


 ニナはすぐ帰ってきた。先程とは異なり、今度はキッチリ目が覚めている模様。足取りも確かだった。


 彼女が隣に座ったところで、オレは腰を浮かせる。


 【身体強化】や精神魔法で眠気を誤魔化せるけど、完璧な対処とはならない。睡眠時間は、それだけ人体に必要なものだった。九歳児の肉体なら尚更だろう。


 しかし、オレがテントへ向かう前に、ニナより声がかかった。


「少し話したい」


「野営で分からないことでもあったか?」


「違う。軽い雑談」


「ふむ」


 ニナのセリフに、オレは些か驚いていた。何せ、彼女から無駄話を求めることなんて、今まで一回もなかったんだ。向こうが声をかけて来るのは、いつだって明確な目的が存在する時だった。


 今回の旅が、何らかの影響をニナへ与えたのかもしれない。どういう風の吹き回しかは判然としないけど、オレとしては良い方向の変化だと考える。彼女の中に、僅かながらも余裕を感じられたから。


 ゆえに、彼女に付き合うことにした。睡眠時間の多少の前後は誤差だ。


 オレが座り直すと、ニナはホッと小さく息を吐く。それからおもむろに語り出す――ことはなく、何故かボーっと焚火を眺めるだけだった。


 あれ、雑談するんじゃないの?


 やや肩を透かされた感覚を覚えつつ、オレも彼女にならって焚火を見つめる。


 パチパチパチ。夜闇と沈黙の帳が保たれる中、まきが弾ける音のみが二人の間を抜けていく。一分、二分と時間はいたずらに過ぎ去っていき、何となく居たたまれない空気が積もる。


 いつになったら話し始めるんだろうか。そんな疑問を抱きながら、オレはチラリとニナの顔色を窺った。


 彼女は目を泳がせていた。いつもは表情に乏しいくせに、今は分かりやすく動揺している。


 もしかしなくても、『誘ったは良いけど、いざ対面してみると何を話したら良いのか分からない』って感じだな、これは。普段から必要最低限の会話しかしないため、切り出し方が分からないんだ。


 無表情かギラついたニナを見ることが大半だったので、こうやって慌てる姿は新鮮だった。年頃の女の子らしくて可愛いと思う。


「はは」


「?」


 思わず笑声が漏れてしまった。


 ニナも怪訝そうに視線を向けてくるし、そろそろ助け舟を出そう。


 ゴホンと咳払いし、オレは言葉を紡ぐ。


「初めての護衛任務、経験してみてどう感じた?」


 いきなりプライベートの話を振っても答えを窮してしまうと予想できたため、まずは仕事関連の話題から始めてみる。


 オレの判断は正しかったようだ。ニナはパチクリと目を丸くしたものの、おもむろに口を動かす。


「思ったよりは普通。でも、気を遣うことは多い」


「たとえば?」


「自分と護衛対象の配置とか、敵が襲ってきやすそうな場所を想定したりだとか、護衛対象のご機嫌伺いとか。特に最後のは苦手」


「まぁ、今回はリーダーがアレだからなぁ」


「うん、典型的な人種差別主義者」


「とはいえ、初回がアレなら、たいていの相手は何とかなると思うぞ。アレ以下は滅多に遭遇しない」


「『滅多に』ってことは、いるんだ。あれ以下が……」


「残念ながらいるな。オレが経験した、もっとも最悪だった依頼主は――」


 オレとニナは会話を展開していく。最初こそ仕事の延長のような内容だったけど、上手く誘導してプライベートの話にも触れることが叶った。


 オレと修行ばかりしているイメージのあったニナだが、ちゃんと趣味も持っていたらしい。子爵令嬢時代より読書が好きで、中でもラブロマンス系の小説を好んで拝読するんだとか。


 彼女は意外にも、白馬の王子さまに憧れる乙女だったわけだ。まぁ、年頃の貴族令嬢は似たようなものか? カロンは全然そういうのはたしなまないけど……あの子は特殊だからなぁ。


「シスの趣味は?」


 自分の趣味を明かしたのが恥ずかしかったのか、ニナは若干ぶっきらぼうに尋ねてきた。早々に話題を変えたいようだ。


 からかう気もないため、オレはそれに乗っかる。


「趣味か……」


「そもそも、あなたに趣味はあるの?」


「失礼な」


 ニナの無遠慮な物言いに、すかさず反論するオレ。


 しかし、彼女は尚も疑わしげな様子を見せた。


「……冒険者の仕事してるところ以外、アタシは見たことがない」


「それは、お前にプライベートを見せてないからだろう」


 シスの姿の時はともかく、ゼクスの時はキチンと趣味に興じて――あれ?


 自らの過去を振り返り、オレは首を傾げてしまった。ゼクスの時も仕事ばっかりじゃないか、と。


 いやいや、待て待て。ちゃんと仕事以外の時間もあるはずだ。落ち着いて思い出すんだ、オレ。


 午前中を執務に当てているのは仕方ない。こればっかりはオレが担当する他ないからな。午後はニナの修行に付き合って、帰ってからカロンたちと遊んで、ご飯を食べて、寝て…………。


「すまん。趣味、ないな」


「やっぱり」


 オレは頭を抱えた。


 改めてみると、仕事ばっかりの一日だった。カロンやオルカと遊んではいるが、あれは生き甲斐のため、趣味とは異なる。


 一応、前世では趣味もあったんだよ。漫画やアニメ関係のものが大半だから、現世ではたしなめないけどさ。


 オレって無趣味の仕事人間だったんだな。地味にショックだ。



 思いがけない衝撃を受けていると、ニナがキョトンとしながら声をかけてくる。


「落ち込みすぎでは?」


「想定外の一撃だったからさ」


「趣味なら、これから見つければいい。何なら、探すの手伝う」


「え、手伝ってくれるのか?」


 彼女の提案は、予想していないものだった。


 ここまで他人に歩み寄ろうとするのは、初めてのことだ。雑談を申し出ることも合わせて、よっぽど大きな心境の変化があったらしい。


 オレの反応を受けて、ニナはやや不服そうに言う。


「そこまで驚かなくても。気持ちは分かるけど」


「悪いな」


「いい。今まで他人を拒絶してた自覚はある」


 奴隷に落とされた境遇を考慮すれば、彼女の対応も納得できる。再びおとしめられる可能性が脳裏を過ってしまうのも仕方がないだろう。


 だからこそ、どうして歩み寄ろうと考えてくれたのか興味があった。


 オレは少し覚悟を決め、一歩を踏み込む。


「何が、ニナの心境を変えたんだ?」



――――――――――――


ゼクスは、最近仕事漬けだったせいで「お茶」の趣味を失念しております。

 

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