Interlude-Nina 冒険の始まり……?(後)

 振り向けば、受付嬢の後ろに大柄の男が立っていた。強面という奴で、鋭い眼光と傷だらけの顔が怖い。貴族時代のアタシなら、泣いていた自信がある。


 彼の存在に気づいた受付嬢が、やや驚いたような声を上げた。


「支部長、如何いかがなさったんですか?」


 何と、この強面はこの冒険者ギルド支部のトップらしい。いや、らしいっちゃらしいけど。


 そんな恐怖の権化に声をかけられた張本人は、やっぱり平然とした態度だった。


「支部長が表に出てくるなんて珍しいな。いつもは『みんなに怖がられてツライ』とか言って、奥の部屋に引きこもって書類仕事してるのに」


「……気にしてたんだ」


「嗚呼。あいつ、見た目に反して心は繊細なんだよ」


 思わず呟いてしまった言葉に、シスが軽い調子で返してくる。


 へぇ、人は見かけによらないものだ。


 興味をそそられて彼を見――れない。うん、やっぱり怖いよ、あれは。


 あっ、なんか肩を落としてる。どうやらトドメを刺してしまったらしい。少し罪悪感が募るけど、仕方ないと思う。


「で、何の用なんだ? オレは色々と忙しんだが」


 場が混沌とし始めてきた辺りで、シスが支部長へ話を振った。


 我に返った支部長は、ゴホンと咳払いをした。


「お前の昇格が正式に決定したんだよ、ついさっきな」


「あー、その話か」


 盗み聞きしていた周囲が騒つくのに対し、どうでも良さげに返事をするシス。


 昇格ってランクアップのことだよね。結構重要な話だと思うんだけど、なんで彼は気の抜けた感じなんだ?


 それは支部長も同様の感想を抱いたようで、怪訝そうな声で言う。


「おいおい。ランクAに上がるってのに、何で喜ばないんだよ」


「えっ、ランクA!?」


 アタシは素っ頓狂な声を上げてしまった。


 これは無理もないと弁明したい。だって、アタシはシスのランクを聞いたことがなかったんだ。それなりに高いのは予想していた。周りの関心も買っているようだし。それでも、せいぜいランクB程度だと思ってた。……いや、そういえば、さっきランクAがどうの言ってた人がいたっけ? まさか真実だったとは。


 シスによる授業で、冒険者の仕組みは把握している。ランクAは冒険者の最上位というだけではない。国に一定以上の貢献をしたと認められ、男爵相当の権利が与えられるんだ。もちろん、政治に口を出せるわけではないし、本当の貴族になれるわけでもないけど、その報酬は破格と言っても良い。平民なら誰しも憧れる目標だと聞く。


 ただ、ランクAになれる者は少ない。街を滅ぼすレベルの災害を解決しなければいけないと噂されているほど。


 アタシはマジマジとシスを見る。確かに黒髪黒目だけど、どうにもパッとしない。この男がランクAに上り詰められるほど優秀とは、にわかに信じ難かった。


「なんだ。そこの嬢ちゃんに、自分のランクを教えてなかったのか?」


 アタシの反応を見て、支部長が意外そうな声を漏らした。


 シスは肩を竦める。


「必要なかったからな」


「いや、必要だろうよ。お前の実力疑われるじゃねぇか」


 切れ味抜群のツッコミを披露する支部長だったが、シスは相変わらず飄々としている。


「オレの立ち振る舞いを見て判断できないようじゃ、先が見えてる」


「むっ」


 確かにシスのランクは信じられなかったけど、バカにされたみたいで気分は良くない。


 そんなアタシの内心を察したのか、シスは苦笑いを浮かべた。


「お前はまだ成長途上だ。これから見分けられるようになればいいんだよ」


「……」


 曖昧に誤魔化されている気がするけど、ここで食い下がっても非生産的だろう。


 アタシは気分を変えるために、質問を投じた。


「何をして、ランクAに上がったの?」


 噂が真実であれば、シスは大規模の災害を解決したことになる。加えて、今回ランクアップしたということは、直近にその偉業を果たしたんだ。とても興味をそそられる事柄だった。


 アタシの質問に答えたのは、受付嬢だった。


「シスさんは、この街に迫ってた五万の魔獣の群れを一掃したんですよ」


「はぁ?」


 五万の魔獣? えっ、それってスタンピードってこと!? しかも、この街に迫ってたって、どういうこと? アタシ、そんな一大事件を知らないんだけど。


 アタシが目を丸くしているのを認めると、支部長は苦笑を溢した。


「その反応も無理ない。スタンピードが発生したのは明け方だったし、領都に迫ったといっても、影が見え始めたくらいの距離でコイツが倒したから、誰も気づかなかったんだ。こいつの魔法が起こした大音声だいおんじょうで、はじめて騒ぎになったくらいだぞ」


「あっ」


 明け方の大音声で得心する。そういえば、一ヶ月ほど前に物凄い地響きがあったような……。あれ、シスの仕業だったんだ。


 でも、


「どうして、シスの功績だって分かったの?」


 全部終わった後に判明したのなら、シスが過剰な報告をしている可能性だって考えられるはず。まぁ、彼に限って、そんなバカなマネはしないだろうけど、少なくともギルドは疑うと思う。


 アタシの返しは予想できていたみたいで、支部長はすぐに答えた。


「フォラナーダ家が証人になったんだ」


「フォラナーダって……」


「嗚呼、この地を治める貴族さまだ。こいつ、伯爵家に直接指名されるくらい縁があるからなぁ。あの援護射撃ももありなんって感じだ」


「……そう」


 アタシは軽く返事をするだけで精いっぱいだった。もう、何が何やら。情報過多で頭が追いついていけない。魔獣のスタンピードを一掃して、伯爵家が証人になってくれて、ランクAに昇格? 何、そのおとぎ話は。


 といっても、支部長や受付嬢の態度、シスが一切反論しないことから、これらが事実なのだと理解できる。前々から意味不明な奴だとは思ってたけど、輪をかけて頭がおかしい人間だったみたい。


「変なこと考えてないだろうな?」


 妙に勘も鋭いし。


「ほら、ギルドカード出せ。ランクを更新すっから」


「分かった」


 シスよりカードを受け取った支部長は、そそくさと奥の方へ引っ込んでいった。それから一分と経たずに戻ってくる。


「晴れてランクA冒険者だ。おめでとさん」


「おめでとうございます、シスさん」


 支部長と受付嬢が祝いの言葉を述べる。


「ありがとう」


 シスは素っ気なく返事をしながら、金色のカードを手に取った。


 アタシはギョッとしてしまう――と同時に、得心した。嗚呼、だから『星』って呼ばれてたんだ。


 本来のランクAの冒険者カードは紫色である。それなのに金色なのは、二つ名持ちだからだった。


 二つ名とは、そう簡単に授かれる代物ではない。ましてや自称できるものでもない。周辺国家すべての者において、二つ名は偉業を果たした人物へ送られる称号なんだ。


 そして、二つ名を持つ冒険者の場合は、カードの色が金になる。ギルドに入った時に聞こえてきた『星』とは、シスの二つ名だったんだろう。十中八九、間違いないと思う。


 さっきから驚かされっぱなしだ。何度疑問に感じたか分からないけど、本当にシスは何者なんだか。


 アタシは溜息を吐いた。


「つかれた」


 冒険者登録をして軽い依頼を受けるだけだったのに、精神的疲労が半端なかった。これも全部シスのせいだ。


 ジトォと睨んだけど、彼はどこ吹く風。本当に気に食わない奴。


 こうして、アタシの冒険者生活は始まった。


 ちなみに、日々の鍛錬と冒険者活動の二足のわらじは、だいたい二ヵ月半で慣れたとさ。死ぬかと思った。

 

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