Interlude-Marina 白髪の王子さま

「あれ、ここは……?」


 目が覚めると、わたしは自室のベッドの上に寝ていた。いつの間に眠っていたんだろう。というより、何故か記憶があやふやだ。心なしか、体もふわふわする。


 しばらくボーっと天井を眺めていたら、部屋のドアが開く音が聞こえた。誰かが入ってきたみたい。ノックしてほしいんだけどなぁ、お父さんだったら怒ろう。


 そう心のうちで決心していると、わたしの体に衝撃が走った。入室した人物が抱き着いてきたらしい。


「って、お母さん!?」


 なんと、抱き着いてきたのはお母さんだった。大泣きしながら、わたしを強く抱き締めてくる。ちょっと苦しい。


「ど、どうしたの、お母さん?」


「良かった、本当に良かったぁ」


 ダメだ。全然わたしの言葉に耳を傾けてくれない。


 その後も話しかけてみたけど、一向に落ち着く様子の見られないお母さん。途方に暮れていると、新しく入室者が現れた。お父さんだ。


 この際、ノックをしなかったことは許そう。だから、わたしを助けて。


 期待を胸にお父さんへ視線を向けたんだけど……


「マリナ!?」


 救いはなかった。お父さんまでも、号泣しながら抱き着いてきたんだ。


 本当に、どうなっているの? 誰でも良いから説明して。







 一時間後。何とか二人を落ち着かせることに成功し、事情を聴き出せた。


 どうやら、わたしは三日間・・・も眠り続けていたらしい。隣町のお医者さんに診てもらったらしいけど、原因不明と診断されて、心配で仕方なかったんだとか。


 それなら、さっきの態度も仕方ない……のかな? ちょっと釈然としないのは、立場の違いのせいだと信じたい。


 ――で、わたしが昏睡状態に陥ったキッカケは、たぶん山での事故。


 一時間もすれば記憶も戻ってきていて、それなりに整理がついていた。ユーダイくんやロートくんと山に登ったは良いけど、途中でたくさんの魔獣に襲われて、戦闘の余波で崖下に落ちたんだ。


「ユーダイくんたちは無事なの?」


 わたしだけ助かったなんて嫌な想像をしてしまう。


 でも、それは杞憂だった。


 お母さんは首を横に振る。


「大丈夫よ。マリナを助けてくれた人と同じ人が助けたらしいわ」


「マリナを勝手に山へ連れて行った二人には、ガツンと説教してやったぞ。安心しろ!」


「お父さん。わたしも同意して一緒に行ったんだから、あまり怒らないであげて」


「そうですよ。悪いのはこの子も一緒なんですから。マリナ、しばらく外出は禁止よ」


「あ、ああ」


「はーい……」


 お父さんは狼狽うろたえながら、わたしは意気消沈しながら返事をした。


 外に出られないのは嫌だけど、こればかりは受け入れるしかない。どう考えても、今回はわたしが悪いんだから。むしろ、罰が軽いくらいだと思ってる。自主的にお手伝いでもしよう。


 まぁ、罰のことは置いておいて、今は別のことを聞きたかった。


「ねぇ、助けてくれた人って『白髪の王子さま』だよね。今も村にいるの?」


 実は、崖より落ちた後の出来事を薄っすらと覚えているんだ。微かに意識が戻ってたんだと思う。ほとんど曖昧で、シルエットやいくつかの単語を覚えているだけだけど。それでも、その際に見えた”白髪の男の子”と”小さな精霊さん”が、わたしを助けてくれたのは確信していた。


 ところが、お母さんたちの反応は予想外のものだった。


「白髪? マリナを助けてくれた人はシスさんっていう冒険者だったけど……」


「黒髪だったよ、なぁ?」


「えっ?」


 まさかの事態に、わたしは目を丸くしてしまう。黒髪って正反対だよ、何かの見間違いじゃないの?


 わたしが別人の可能性を訴えると、二人は顔を見合わせて、微妙な表情を浮かべた。


「マリナの言葉を疑うわけじゃないんだけど、意識が曖昧の時に見たことだろう。たぶん、勘違いだったんだよ」


「勘違いなんかじゃないよ! 何でそんなこと言うの、お父さん!」


 憤慨するわたしに対し、お母さんは落ち着きなさいと声をかけてくる。


「お父さんがそう言うのも仕方ないわ。だって、マリナの見た人は白髪だったんでしょう?」


「それがどうしたの?」


 疑わしげな二人の態度に、わたしはイラ立ちを覚えながらも返す。


 お母さんは言う。


「白髪は魔法を使えない人なの。そんな人が魔獣の跋扈ばっこする山林からマリナを助け出せたなんて、ちょっと無理があるわ」


「第一、白髪なんて目立つ人を村で見た覚えが――あっ」


 お父さんが、何か心当たりがあるような声を漏らした。


 わたしは詰め寄る。


「お父さん、何を思い出したの?」


「えっと……」


「お父さん!」


 あちゃ~といった様子で額に手を当てるお父さんだったけど、観念した風に答え始めた。


「マリナが遭難した時、ちょうど領主さまの息子が村に来てただろう?」


「うん」


 何でも、村の視察に訪れたとか何とか。わたしと同い年の子だとも聞いた。子どもなのに仕事なんて偉いなぁって感想を抱いたのを覚えている。


 お父さんは続ける。


「その方が白髪だったんだよ」


「本当に!?」


 タイミングが良すぎる。それって、その息子さんがわたしを助けてくれたことで間違いないんじゃないかな?


 興奮するわたしだったが、お父さんたちは渋い表情だった。


「あの方がマリナを救ったとは、とうてい考えられないな」


「ええ、私も同感ね」


「どうして?」


 二人の否定的な意見に、わたしは再びムスッとしてしまう。


 お父さんたちは語った。どうにも、領主の息子さんとやらは、かなり評判の悪い人らしい。弟妹たちが戦争に向かったのに、自分は安全な領都に引きこもっていたとか。弟妹が教会に協力しているのに、彼だけは何もしていないとか。怠惰で臆病な少年として認識されているという。


 うーん。確かにそれだけ聞くと、わたしを助けてくれた人とは思えない。でもなぁ……


「わたしは、その息子さんが助けてくれたんだと思う」


「どうしてだい?」


「勘!」


「か、勘……」


 わたしの返答に、お父さんは頬を引くつかせた。


 気持ちは分かるけど、女の勘は当たるものなんだよ?


 それに、何の根拠もないわけじゃない。二人には話さないけど、あの時一緒にいたのは”白髪の王子さま”だけじゃなかった。”小さな精霊さん”もいたんだ。


 精霊さんについては、絵本とかで知っていた。普段は人間には見えないとか、自然の豊富なところに潜んでいるとか、魔法とは少し違う不思議な力を扱うとか、誰かに話してしまうと姿を消してしまうとか。


 だから、たとえ”白髪の王子さま”が魔法を使えなくても、精霊さんと一緒なら何とかできたんじゃないかなぁと思う。


 白髪の王子さまイコール領主の息子さんの図式は完全に当てずっぽうだけど、あながち間違っていない気がした。こればっかりは勘だけどね。


「お礼が言いたいなぁ」


「お願いだから、突撃しようなんて考えないでね?」


「しないよ、そんなこと」


 お母さんが心配そうに注意してくる。


 わたしのこと、何だと思っているんだろう。息子さんは領都に住んでいるんだし、村に住んでいるわたしが足を運べるはずがない。


 嗚呼、でも、聖王国の子どもは全員学園に通うし、その時は改めてお礼を言いたいな。そうだ! それまで精霊さんについて色々調べて、きちんとお礼をできるようにしよう。相手のことを知っていた方が、きっと失礼にもならないよね!


「お母さん、これは……」


「そうね。私たちも覚悟が必要ね……」


 お父さんたちが何か話し合っていたけど、わたしは気にしなかった。


 ふふふ、今から学園が楽しみになってきた。あと七年かぁ、先は長いなぁ。

 

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