Chapter2-ep 家族(1)

 フォラナーダ城にある地下牢のさらに・・・下。そこには小さな空間が存在した。一辺十メートルほどの広さで、土がむき出しの殺風景な場所。酷く冷たい印象を覚える。何より異質なのは、出入口が存在しないことだった。


 ここは、オレの魔法の実験場である。【位相連結ゲート】前提ゆえに、扉の類がないんだ。


 といっても、本格的に使うのは初めてだった。何せ、普通の実験は中庭で事足りる。ここを利用するのは、人前では見せにくいモノを扱う場合に限っていて、そういう系統は今まで極力避けていた。良心が痛むし、カロンに胸を張れなくなる気がしたから。


「うぐっ」


 【位相隠しカバーテクスチャ】の中より、カーティスが転がり出た。あの後、カロンに最低限の治療を頼んだため、喋る程度の回復はしていた。顔も、かろうじて原型を認められる。


 先まで気絶していたんだけど、今の衝撃で目覚めたらしい。変わらぬ重傷のせいで動けはしないが、キョロキョロと周囲の確認を始めた。そして、オレの姿を認めると、ビクッと体を震わせる。


 彼は絞り出すように、言葉を紡ぐ。


「ここは、どこですか?」


 声を出すだけでも激痛を伴っているようだった。とても話しづらそうにしている。


 オレはそんな様子をサラッと無視して、彼の質問に答えた。


「城の地下にある、秘密の部屋さ」


「そんなもの、見つけ、られません、でしたが」



「そりゃそうだろう。オレの魔法じゃないと、ここへは辿り着けない」


「……」


 肩を竦めるオレの返しに、カーティスは黙り込んだ。痛みに眉をひそめながら、何か思考を巡らせている。


 オレは彼の言葉を待った。時間に余裕はあるし、逃げられる心配もない。であれば、多少の余興に付き合っても良いだろう。


 しばらくして、カーティスは口を開いた。


「あなたは、何者、なんですか?」



「はぁ」


 溜息が漏れる。十分近く悩んで、そんな陳腐な質問しかできないのか。期待したオレがバカだったよ。


 まぁ、せっかく待ってやったんだから、問いには答えてやろう。彼の望んだモノとは絶対に違うとは思うが。


「ゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダ。ただの伯爵子息だよ。それ以上でもそれ以下でもない」


「ッ!? バカにするな!!」


 案の定、彼は激高した。重体なのに怒鳴り上げたせいでゲホゲホと血を吐いているが、そんなの構うかと言わんばかりに続ける。


「貴殿が、貴殿がッ、ただの貴族の子どものわけがないでしょう! 普通の八歳児が五万の魔獣を一瞬で葬り、数キロメートルも離れた場所へ瞬間移動できて、エルフである私よりも魔力量が多いはずがないッ! こ、このッ、この化け物がッ!!!」


 全身全霊を込めた言葉。血反吐を溢すその姿を見れば、まさに命を削って絞り出したセリフだと理解できた。


 今回のオレが起こした事象は、それほどまでに――我を忘れて叫びたくなるほどに、カーティスの常識を粉砕したのだと分かる。


 あちらの気持ちは理解できた。オレだって、自分が常識外れである自覚はある。しかし、だからといって、相手の気持ちを汲むかどうかは別問題だ。


 オレは嘲笑混じりに言う。


「さっきも言った通り、ただの子どもだよ、オレは。それ以上に語ることはない」


「ぐぅ」


 問答することが無意味だと、ようやく理解したらしい。カーティスは、悔しげに唇を噛み締める。


 向こうが黙り込んだところで、オレは「さて」と口を開いた。


「そろそろ、あんたを生かしておいた理由を話そうか」


「私を、殺せば、王宮側に、異常事態が、伝わる、から、でしょう」


 鋭利な瞳を向け、これ以外の理由はあるまいと断言するカーティス。


 彼の立場からしたら、そうとしか考えられないな。だが、それは見当違いだった。


 オレは軽く笑声を溢し、人差し指を振るう。


「違う違う。王宮なんて、どうでもいいんだよ。そんなことのために、あんたを生き長らえさせたわけじゃない」


「な、に?」


 そも、カーティスが送り込んできた囮部隊を全滅させている。彼がこちらに寝返って王宮へ虚偽を伝えない限り、どうせ異常事態は伝わるんだ。彼一人を生かしていても、何ら意味はない。


 オレはカーティスへ、にんまりと笑みを浮かべる。


「オレは、あんたに感謝してるんだよ」


「かん、しゃ?」


「そう、感謝」


 予想外の言葉だったようで、彼は目を丸くした。疑いの視線を向けてくる。


 確かに信じられないだろうけど、これは本心だ。本当にカーティスには感謝している。


「あんたのお陰で、精神魔法の新たな可能性を知れた。魔力の副次効果を利用して催眠術に応用するなんて、普通の魔法師なら考えつかない。師匠みたいに完成された魔法師なら尚更な。だって、そんな付属品催眠術こさえず・・・・とも、単品で十分なんだから」


 魔力を本命に到達させるための道具にする。これは魔法のみで何とかしようとしていたオレでは、絶対に浮かばなかっただろうアイディアだった。副次効果を利用する考えは、催眠術以外にも、きっと応用できるはずだ。


 また、もう一つ感謝していることがある。それは――


「あんたが外道な手段を取ったお陰で、世の中には“容赦してはいけない敵”がいると知れたよ。最初の外道があんたで良かった。オレの詰めの甘さのせいで、大切な家族を失わずに済んだんだからさ。もし、もっと凶悪な奴だったら、犠牲が出てたかもしれない」


 カロンのためなら何でもやると決意しておいて、オレは躊躇ちゅうちょしている部分があった。無論、顔を合わせられないほどの外道に落ちるつもりは毛頭ないが、それでも甘さがあったことは否定できない。おそらく、前世の平和ボケ思考が、抜け切れていなかったんだと思う。


 今回は、運が良かったとしか言いようがなかった。何か一つでも掛け間違えていたら、誰か死んでいた可能性があった。


「魔獣、の、スタンピードのこと、なら、謝罪しま、す」


 オレの発言より、何か嫌な予感を覚えたんだろう。慌てた様子で言葉を連ね始めるカーティス。


 だが、まったくの見当違いだ。オレが怒っているのは、そこではない。


 オレは目を開き、ハッキリと彼へ告げる。


「お前、カロンに催眠術をかけようとしただろ?」


 我ながら、底冷えする声が出た。完全に魔力が乗っていたらしく、部屋中にヒビが走っていた。沸々と湧き出る魔力を抑え切れず、空間がグラグラと揺れ始める。


 かなり深い地点に作ったので地上に影響はないと思うが、このままだと部屋が崩壊するだろう。


 しかし、オレは魔力を収めなかった。もはや、オレは我慢の限界に達しようとしていたんだ。


「な、なんのこ――」


「誤魔化すなよ」


 証拠は掴んでいる。


 最初に違和感を覚えたのは、ニナの治療のためにカロンと抱擁した時。彼女の体から僅かな魔力残滓が見受けられた。粘着質で気色の悪い、ドロドロとしたもの。


 ほんの少量だったのでカロン自身は気づいていなかったし、不発に終わった代物だと判断できた。だが、何か悪質な魔法の痕跡であることは間違いなかった。


 念のためにとオルカの方も調べれば、同じものが検出された。


 ニナの救出に出る前に顔を合わせた際は、二人とも何もなかった。オレが不在の間に魔法を仕掛けられたのは確定的だった。


 となれば、答えは一つしかない。カーティスが何らかの魔法を使ったんだと。


 ただ、どんな魔法かは判然としなかった。残滓しか残っていなかった上に、当事者の二人は魔法を撃たれた覚えがなさそうだったから。


 しばらくは警戒レベルを上げようと決心していたところ、カーティスは今回の事件を起こした。そして、その中で魔獣たちを操った。


 オレは確信したよ。こいつは、カロンとオルカに催眠術をかけようとしたと。


 魔力を利用した催眠術は、人間に対しての効果は薄い。しかし、ゼロではないんだ。僅かながら影響はあるし、時間をかければ効力を発揮する確率は上がる。


 ゆえに、カーティスはカロンたちに術を発動した。二人を傀儡かいらいに陥れるために。王宮の意のままに動かすために。


 魔力に耐え切れず、壁の一部が爆発する。


「お前たちは、カロンを王宮の駒にしたくて、今回潜り込んだんだろう? そりゃ当然だよな、光魔法師はそれだけ価値が高い。すでに一人抱えてるとはいえ、二人も光魔法師がいれば、聖王家の立場は盤石だ」


 これはオルカにも伝えなかった真実。彼には暗殺が目的と語ったが、王宮側は暗殺か傀儡の二パターンを考慮した作戦だったわけだ。


 まぁ、暗殺を実行したことから察するに、催眠術は一切効果がなかったんだろう。二人には、「魔法の授業中は不測の事態に備えて【身体強化】を怠るな」と指示していたから、もありなん。


「ま、待て。確かに、催眠、術は、使ったが、効果は、なかった!」


 ここに来て、やっとカーティスはオレの逆鱗に触れていた事実を悟ったようだ。あまりにも遅い。本当にスパイの家の長子なのかと疑いたくなるレベルだった。


 オレは首を横に振る。


「効果の有無は関係ないんだよ。実行したか否かが問題だ。お前は、オレの大事な弟妹を人形におとしめようとした。加えて、大切な家族シオンまでも傷つけた。その代償は重い」


 家族三人に危害を加えておいて、今さら謝罪を受け入れるはずがない。もはや、こいつの運命は決していた。


「あの、出来損ない、を、家族、だと?」


 理解に苦しむといった顔をするカーティス。


 オレは呆れた。


「よく言う。お前、真っ先にシオンを潰したんじゃないか」


 カロンは自分を庇ったせいだと考えていたが――もちろん、二人まとめて攻撃したんだろうけど――、あの傷跡はシオンをメインに狙った攻撃に違いなかった。


 理由は単純。シオンの方がカーティスよりも強かったから。アカツキの師事を受けるまで、彼女はオレの修行に同行していたんだ。強くならないはずがない。


「確かに、シオンはしょっちゅう・・・・・・ドジを踏む。でも、能力が低いわけじゃないんだよ。むしろ、ドジをカバーしようと熱心に訓練を積むから、どの技能も高水準にまとまってる。お前なんかより、よっぽど優秀な子だ」


「私、が、出来損ない、よりも、劣っている、だと? 信じられ、るかッ!」


 カーティスはゲホゲホと血反吐を溢す。


 この期に及んで、現実を受け入れられないらしい。


 ――もう語るべきことはないな。


 オレはカーティスに右手を向け、魔力を込める。


 それを見て、彼は怯えた。


「な、何を、する、気だ!?」


「お前がカロンとオルカにしようとしていたことを、そっくりそのまま返すんだよ。お前のアイディアを参考に【人形】という精神魔法を作ってみた。まぁ、今回だけのお披露目になるだろうけどな」


 オレは自身の魔法の扱いを自戒していた。特に、精神魔法は慎重を期していた。この魔法は一歩踏み間違えば、外道に落ちる危険を孕んでいるために。


 オレは、決して万能な主人公ではない。間違えることは多々あるし、人並みに悩み迷う。欲求に駆られることもあれば、誘惑に揺らぐことだってある。


 使用に枷を与えなければ、オレは必ず精神魔法を常用し始める。最初は厳格な基準を設けていても、次第に「これくらいは大丈夫」とハードルを下げていくだろう。そしてついには、些細な口ゲンカで相手の精神をいじり回すようになる。


 ゆえに、明確な線引きをしていた。戦闘や治療以外に、対象の意志や記憶を捻じ曲げる魔法は扱わないと。


 ――だが、その戒めを解く。今回ばかりは、どうしても感情を抑え切れなかった。


 これまでは開発にさえ着手していなかった、対象を操る魔法。外道中の外道の術。こんなもの、こいつにしか使いたくない。


「さぁ、お休み、憐れな大罪人よ。二度と目を覚ますことはあるまい」


 お前の仕出かした罪を、一生掛けて償うが良い。






 その後、カーティスは定期的に王宮へ連絡を入れることとなる。その内容はすべて「異常なし。作戦は順調」というものだった。

 

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