Chapter2-6 一夜の出来事(5)

「シオン!」


「カロラインさま!?」


 カーティスとの決着をつけたオレたちは、フォラナーダ城の医務室に足を運んでいた。シオンの容態を確認するためだったんだけど、彼女はすでに目を覚ましていたらしい。ベッドより上半身を起こしていた。


 それを認めたカロンは勢い良く飛び出して、シオンのお腹に顔を埋める。


「良かった……良かったです」


「カロラインさま……」


 涙混じりに無事を喜ぶカロンの姿を見て、最初こそ驚愕していたシオンも頬を緩ませた。それから、抱き着く彼女の背中を撫でながら返す。


お医者さま先生から大体の話は伺いました。カロラインさまが治療してくださったのですよね。ありがとうございます。お蔭さまで、こうして命拾いいたしました」


 シオンの謝意を聞いたカロンは、顔をバッと上げて首を横に振る。


「違います。シオンはわたくしを庇って重傷を負ったのです。わたくしがあなたに感謝こそすれど、その逆は必要ありません! 命の恩人なのは、シオンの方なのですよ」


 カロンは、自分のせいでシオンが傷ついたと考えているようだった。


 状況的に無理からぬことか。カーティスは二人まとめて標的にしていたみたいだし、シオンがカロンを攻撃から守ったのは事実だ。


 戦略上、光魔法師カロンを最優先で守護するのは最適解である。治癒役さえ生き残っていれば、いくらでも巻き返しは利くからな。


 とはいえ、その辺りを伝えても、カロンには何の慰めにもならないだろう。不意打ちの件では部外者たるオレに、口を挟む権利はない。


 シオンは紡ぐ言葉を探るように、少しの間だけ視線を巡らせた。


「確かに、今回のケガはカロラインさまをお守りした結果です。その事実は曲げようがありません」


「ええ、ですから――」


「それでも、私はカロラインさまにお礼申し上げます。私の命を助けてくださり、誠にありがとうございました」


「どうして……」


 どこまでも真摯しんしなシオンの謝辞に、カロンは言葉を詰まらせてしまう。その隙を突いて、シオンはセリフを続けた。


「情けないことに気絶してしまったので、私はあの後の状況を把握しておりませんが、ある程度の推測はできます。きっと、カロラインさまは危機的状況に立たされていたはずです。他に構っている余裕などない状況に陥っていたと思います。一方の私は、即座に治療を受けなければ命を落としかねない状態だった。違いますか?」


「そ、その通りですが」


「それなのに私が無事ということは、カロラインさまが危険を顧みずに治療を行ってくれたのですよね」


 実際のところは、オレの介入によって安全地帯での治療ができたわけだけど、命の差し迫る状況にも関わらず、カロンはシオンへ光魔法を施そうとしていた。おおむね、シオンの認識は間違っていなかった。


「本当は『自分の命を優先して』と叱るところですが、私などを思いやってくれたことには感謝しています。だから、私の謝意を受け取ってはいただけませんか?」


 優先順位としては明らかに間違った行動だった。それでも、その気持ちには心より感謝を述べたい。そうシオンは締めくくった。


 カロンは唇を噛む。


 彼女の感情は大きく揺れていた。内心の葛藤がよく見て取れた。


 おそらく、自分だけでは何もできなかったとか、そもそも自分の身を自分で守れていれば良かったのだとか、そういった言いわけ・・・・が駆け巡っているのだろう。


 それらを口にしないのは、シオンの気持ちを侮辱すると考えているから。感謝に対する反論は、自分を慰めるための言いわけにしかならないと理解しているんだと思う。


 今の歳でそこまで頭が回るとは、つくづく我が最愛の妹は優秀な子だよ。


 カロンはゆっくり息を吐き、言葉を紡ぐ。


「分かりました。シオンの謝意は受け取ります。ですが、わたくしがあなたに命を救われたのも事実です。こちらの感謝も受け取ってください。シオン、ありがとうございました」


「はい。しかと受け取らせていただきます」


 シオンは笑顔を浮かべた。その表情は、どこか憑き物が落ちたような様相だった。


 カロンも同様の感想を抱いたようで、


「少し雰囲気が変わりましたね」


 と、キョトンとした風に尋ねる。


 すると、シオンは首を傾いだ。


「そうでしょうか?」


「ええ。前よりも遠慮がなくなった気がします」


「えっ、何か失礼な態度でも働きましたか!?」


 カロンの発言に、慌て始めるシオン。


 その狼狽ろうばいっぷりがおかしくて、オレとカロンは同時に吹き出した。


「「ふふっ」」


「カロンさま? ゼクスさまも!?」


 余計に困惑するシオンに、オレは「悪い」と謝る。


 続けて、カロンも口を開いた。


「別に、シオンが失礼を働いたわけではありませんよ。遠慮がないといっても、良い意味で申し上げたのです。誤解を招く表現でしたね。申しわけありません」


「い、いえ。ご不快に思われていらっしゃらないのでしたら、それで構わないのですが」


 未だ動揺しながらも、シオンは安堵の息を漏らす。


 しばらく見守るつもりだったが、思わず笑ってしまったので、オレは意見を述べることにした。


「シオンの雰囲気が変わったのは、たぶん吹っ切れたからだろう」


「吹っ切れた、ですか?」


 自分でも把握していなかったのか、彼女は疑問符を浮かべていた。


「ほら、スパイから足を洗ったから」


 カーティスの不意打ちよりカロンを守ったことは、シオンの中で明確な決別になったはずだ。今まではスパイという立場ゆえに、無意識の罪悪感があったんだと思う。それが消失したため、心が近づいたといったところか。


 思い当たる部分があったようで、シオンは「嗚呼」と小さく頷いていた。


 しかし、その後すぐに素っ頓狂な声を上げる。


「って、ゼクスさま。何で暴露してしまうんですか!?」


「うん?」


 いきなり奇声を上げた彼女に驚くオレ。何の話だ?


 オレが察していないのを知り、シオンは口をパクパクと開閉する。それから、程なくして躊躇ためらい気味に話し始めた。


「えっと、ほら……わ、私が、す、スパイだと……」


「えっ? …………嗚呼!」


 一瞬呆けてしまったが、シオンの言わんとしていることが理解できた。


「そういえば、シオンがスパイだってことを全員知ってるって、伝えてなかったな!」


 悪いことをした。彼女からしたら、とんだ不意打ちになってしまったわけだから、驚いて当然だよな。


「……はい?」


 オレのセリフに、シオンは凍りつく。そして、ギギギギギッと油の切れたブリキ人形のように、カロンの方を向いた。


 視線を向けられた彼女は、少し気まずそうに呟く。


「えーと……わたくしやオルカ、領城に長く勤めておられる方は、みんな知っていますね」


 それを聞いたシオンは愕然とした表情を浮かべ、病み上がりの体にも関わらず、オレへ詰め寄ってきた。


「ぜ、ぜぜぜぜゼクスさま! 契約はどうしたんですか!?」


 お、おおぅ。すごい迫力だ。ここまで鬼気迫ったシオンは見たことがない。


 やや引きつつ、オレは返す。


「もちろん、オレから話してないぞ。みんな、自力で悟ったんだよ。今口にしたのは、もうキミがスパイではないからさ」


 サウェード家との決別を誓った時点で、以前に交わした契約は無効化されている。


「いったい、どうやって?」


「簡単な話ですよ」


 続く問いに答えたのはカロンだった。彼女はシオンの混乱っぷりに驚いていたものの、冷静に説く。


「ベテランの部下の方々は、王宮からの推薦された使用人というだけで察していたようですよ。わたくしとオルカの場合は、エルフという情報を得て悟りましたね。この二つの情報があれば、さすがに聖王家お抱えのスパイだと判断できます」


「なるほど」


 実に簡単な推理だった。この二つの要素を知っていれば、誰でも辿り着く結論だろう。


 ――が、一旦落ち着いたかに思えたシオンは、再び混乱の極致に達してしまう。


「えっ、あれ? 今、カロラインさまは何と仰いましたか?」


「『この二つの情報があれば、さすがに聖王家お抱えのスパイだと判断できます』と申しましたが」


「そ、その前です」


「『わたくしとオルカの場合は、エルフという情報を得て悟りましたね』ですか?」


 カロンの言葉を聞き、シオンは目をクワッと見開いた。


「そ、それですよ! どうして、エルフのことまでも知っているのですか!?」


 この世の終わりと言わんばかりに、顔を青ざめて頭を抱えるシオン。


 あまりに大仰な彼女の態度に、オレとカロンは顔を見合わせた。


「どうして、と言われても」


「ねぇ?」


 どうやら、シオンは根本的問題に気づいていないらしい。


 仕方ないので、オレは順を追って説明する。


「シオン。キミが自分の種族を隠している手段は何だい?」


「【偽装】ですが……」


「じゃあ、オレがそれを見破った方法は?」


「【魔力視】というゼクスさまの編み出した術……あっ」


 ようやく理解したようだ。


 【魔力視】は、何もオレ個人しか扱えない術ではない。理論の説明には時間を要するが、それさえクリアすれば誰でも使える魔法なんだ。現に、オレが指導を行っている弟妹二人は習得している。


 従って、カロンやオルカにも、シオンの正体は筒抜けだったんだ。


 その事実を知ったシオンは、アワアワと狼狽ろうばいしながら自身の両耳を抑える。


「で、では、どうして……」


 自分がエルフだと知られて、何故に騒ぎが起きていないのか不思議のようだった。聖王国内に蔓延はびこるエルフへの偏見を考えれば、当然の思考だろう。


 だが、カロンは違った。シオンの発言を聞き、眉根を寄せる。


「見くびらないでください」


「カロンさま?」


 急に怒り始めたカロンに、シオンは首を傾ぐ。


 困惑するシオンを気にせず、カロンは続ける。


「シオンがエルフだからといって、何なのですか? エルフという種族情報が、あなたの全部ではないでしょう。わたくしはあなたの色々な側面を知っています。冷静そうに見えて、アドリブにはめっぽう弱いこと。緊張しいであること。可愛い動物には目がないこと。甘味が大好きなこと。これらは、あなたと過ごした数年で知り得た情報です。わたくしたちが共に過ごした年月を思えば、あなたの種族なんて些細な問題ではありませんか? この考えは、オルカも同じでしょう」


 カロンは一拍置き、告げる。


わたくしは、シオンのことを姉のように思っています。これを聞いても、あなたはエルフであることが問題だと仰いますか?」


「カロンさま……ありがとう、ございます」


 シオンは涙を流した。悲しいからではない、嬉しいからこその涙だった。


 彼女の境遇を考えれば、納得できる反応だった。


 フォラナーダへ来る前のシオンは、常に一人だったんだ。落ちこぼれと周囲よりバカにされ、妾の子ゆえに家族からもけなされる日々。心より信頼できる者なんて一人もいなかったんだろう。


 そこに来て、自分の正体を知っても大丈夫だという人が――姉だと慕うカロンが現れた。彼女にとって、これ以上の感動はないと思う。


 先程と立場が逆転していた。再び抱擁し合う二人だが、どちらかというと、今度はカロンがシオンを包み込んでいる感じ。


 二人とも、今回の一件で成長できたということだろう。家族が一歩前進できたことは、とても嬉しく思う。


 さて。


「それじゃあ、オレはオレで仕事をしますか」


 笑い合いながら雑談を交わし始める二人を尻目に、オレは密かに行動を開始する。


 医務室を出て向かう先は、今回の騒動の指令室となっている執務室だ。雑務はたくさん残っているし、指揮を一任したオルカの手伝いをする必要もある。


 事態は収束したとはいえ、一件落着だと腰を落ち着けるには、もうしばらく働かなくてはいけなかった。


 廊下を歩くオレに、朝の陽ざしが掛かる。


 まだ今日は始まったばかり。気合を入れて頑張りますか!

 

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