Chapter2-ep 家族(2)

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これからも拙作をよろしくお願いします。


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 年が明けて数日。世間に流れる年末年始特有の緩んだ空気は薄れ、徐々に普段の様子が戻り始めていた。とはいっても、領城内はして変化はないんだけどね。


 聖王国の年末年始は、大勢で集まって騒ぐのが一般的だった。お祭りを開いたり、身内でパーティーを開いたり。そんな感じでドンチャン騒ぎをするんだ。


 だから、管理者側は後始末等に追われる。普段よりも多忙を極めていたかもしれない。


 それらの処理が一段落し、ようやく落ち着きを取り戻した城内。部下たちには、期間を分けて休暇を与えた。まだまだ現代日本ほどではないけど、福利厚生はしっかり充実させていきたい。


 いつもより閑散とした執務室で、オレは今日も筆を走らせる。


 カリカリカリ。ペンの固い音のみが部屋に響く。


 不意にドアがノックされた。一瞬だけ意識が削がれたけど、扉の前に待機しているメイドが対応すると考え、目前の仕事に集中する。


 だが、そうは問屋が卸さなかったらしい。


「ゼクスさま」


 訪問者に対応していたはずのメイドが、オレに声をかけてきた。手を止めて用件を尋ねると、シオンが訪ねてきたという。


 はて、何の用だろうか? 今日の彼女は、一日休暇だったと思う。ここに顔を出す意味はない気はするが……。


 悩んでも答えは出ないため、通すように命じた。


「ゼクスさま。お時間をいただき、ありがとうございます」


 入室したシオンは私服姿だった。仕事中ではないんだから当然か。ただ、執務室を訪ねるだけはあって、フォーマルな服装である。カジュアルスーツに近いかな?


「構わないよ。それで、どうしたんだ?」


 おそらく、彼女の手にあるバスケットが関係していると思うけども。


 はたして、オレの推測は正しかったらしい。


「そろそろ、お昼休憩をお取りになった方が宜しいと愚行いたしまして、こうして食事を持参いたしました」


「おいおい、今日のシオンは休みだろう。わざわざ、オレの面倒を見なくてもいいんだぞ?」


 シオンの回答は、些か予想外だった。せっかくの休日なんだから、もっと自分のために活用すれば良いのに。買い物に出かけたり、ゆっくりリフレッシュしたり。


 オレの心配に対し、彼女は首を横に振る。


「ご心配していただき感謝いたします。が、これは私自身が望んだことなので」


「そうか……。シオンがそう言うのなら、厚意はありがたく受け取っておくよ。もうお昼なのは確かだからね。あと少しでキリの良いところまで終わるし、食事はその辺にでも置いておいてくれ」


 オレに構わず休暇を満喫してほしいという、オレなりの気遣いだった。しかし、それを耳にしたシオンは、突然狼狽ろうばいし始めた。目が泳ぎ、オロオロと体を揺らす。


 あからさまな態度に、オレを含めた室内にいる全員が首を傾ぐ。


 自分が注目を集めていることに気づいたようで、シオンはピシリと固まり、アウアウと口を開閉させる。いったい、どうしたっていうんだ?


 しばらく動揺を見せていたシオンだったけど、そのうち覚悟を決めたみたいだ。深呼吸を一つして口を開く。


「ゼクスさま」


「何だい?」


「――私とご一緒に食事をしていただけないでしょうか?」


「……」


 思わぬ申し出に、オレは目を丸くした。周囲の部下たちも「おお」と感嘆の声を漏らしている。


 あー……これはアレだろうか。デートのお誘いみたいなもの? シオンの頬が赤く染まっているし、漏れている感情の質から間違いないとは思うけど、勘違いだったら恥ずかしい奴だ。


「ご迷惑でしたでしょうか?」


 程なくして、シオンが不安に瞳を揺らしながら問うてくる。


 しまった。驚きすぎて固まっていたら、彼女がいらぬ心配を抱いてしまった。


 本来、お互いの立場を考えると、シオンの誘いは不敬に当たる。それを理解していながら申し出た覚悟は、相当のモノだと察しがつく。ここで、彼女の想いを踏みにじってはいけない。大事な家族の一員なんだから。


「いや、そんなことないよ。その誘い、喜んで受けるよ」


 自然と、オレは笑顔を浮かべていた。








 魔香花の庭園まで足を運んだ。シオンが人気ひとけの少ない場所をリクエストしたからだ。ここは、オレたち兄妹や専属の庭師くらいしか訪れない。


 シオンの用意した食事はサンドイッチだったようで、バスケットの中には色とりどりの具材が挟まったものが入っていた。外見は、とても美味しそうに見える。


 そういえば、シオンの作った料理は初めて食べるな。彼女の性質ドジっ娘を考慮すると不安が湧いてくるが、今は彼女のメイド力を信じよう。ドジを除けばシオンの能力は高水準だし、せっかくの厚意を無下にはできない。


 気合を入れて、たまごサンドを頬張った。


「美味しい」


 店を出しても良いくらいの絶品だった。食べる手が止まらない。


 あっという間に、たまごサンドを食べ終えたオレは、改めてシオンへ感想を言った。


「とても美味しかったよ。これなら、何個でも食べられる」


 すると、シオンは口をムニムニさせて笑む。


「ありがとうございます。そう仰っていただけて嬉しいです」


 全身より幸せだというオーラがほとばしっていた。料理のデキを褒められたにしては、過剰すぎる喜びようだった。


 うーん、これは間違いないよな。経験則的にも、魔力より読める感情的にも。主人公たち勇者や聖女みたいに鈍感ならスルーしていたんだろうけど、オレは人並みに鋭い。おまけに、精神魔法の補助もある。気がつかないはずがなかった。


 シオンは、オレに好意を寄せている。家族のそれではなく、恋人等に向ける感情だ。


 心当たりはなくはないが、そこまで決定的なことをしたわけではない。カーティスの一件以降、何やら余所余所しい雰囲気ではあったけど、こういう形で落ち着くのは予想していなかった。正直、シオンのオレへの感情は、家族愛に収まると思っていたんだ。


 やっぱり、他人の心は複雑怪奇。精神魔法なんて便利なモノを習得していても、そう簡単に予想はできないか。


 そんな風に考えながら、オレとシオンは食事を進める。普段通りの軽い雑談を交わしているだけだったんだが、見るからに「幸せ!」という様子で、傍にいるオレの方が照れくさくなるほどだった。




 ボーっと庭園を眺めながら、食後の小休止を挟む。昼休憩はもうじき終わりだ。午後はニナの訓練に付き合わなくてはいけないので、長くは休んでいられない。


 それを理解しているシオンは、やや寂しそうな表情を浮かべていた。普段のクールな雰囲気は面影もない。甘々の彼女が存在した。


 どうしたもんかねぇ。


 シオンの好意を知ったところで、オレより行動は起こせない。お互いの立場からして、オレの提案は全部命令に変わってしまう危険があるゆえに。


 そも、根本的な問題として、オレがシオンに抱いている感情は家族愛が妥当なところ。決して、異性へ向けるものと同義ではない。


 それらを鑑みると、余計に動けなかった。下手に家族を傷つけたくないと思ってしまっているのも、悪化の要因である。


 ゆっくりと時間は過ぎていき、問題の先送りという逃避を実行しようとしたところ。ふと、シオンが口を開いた。


「私は、ゼクスさまのことをお慕いしております」

 

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