Chapter2-6 一夜の出来事(4)

 スタンピードが殲滅された地点より、数キロメートル離れた場所。草木の生い茂る森の奥深くを、カーティスは全力疾走していた。


 今は【偽装】を解除しているようで、エルフの耳と目つきの悪い顔が露見している。本当の顔はこんな感じなのか。他人と交流するなら、確かにこの顔では意地が悪い印象を受けすぎる。


 カーティスの表情は、この世の終わりとでも言わんばかりに青ざめていた。加えて、「そんなバカな」と繰り返し呟いている。ありていに言って、正気を失った危険人物のようだった。


 彼の前に、オレとカロンは揃って躍り出る。


 オレたちの姿を認めたカーティスは、瞠目どうもくして立ち止まった。


「な、なんで」


 スタンピードを吹き飛ばした様子は観察していたようで、彼は激しく狼狽ろうばいする。オレの方は【偽装】していたけど、現状を考慮するとシスがオレだってバラしているのと同じか。


「そりゃ、落とし前をつけにきたんだよ」


「逃がしませんよ」


 オレとカロンは冷たく言葉を吐く。こいつに掛ける慈悲は微塵もない。


 こちらの気概を悟ったのか、カーティスは酷く慌てる。


「ま、待ってください。私に手を出したら、王宮にキミたちのことが伝わります。今までの行動からして、それはキミたちの本意ではないはずです。聖王家に絶対の忠誠を誓ってください。そうすれば、私が口添えをして、今後は余計な被害の及ばないように手配しますから!」


「「……」」


 オレとカロンは、思わず顔を見合わせた。彼女は呆れ返った表情を浮かべている。オレも同様だ。


 この期に及んで、こいつは何てトンチンカンな発言をしているんだか。


 一方的に襲いかかってきておいて、上から目線で『忠誠を誓えば許してやる』って、交渉が下手くそすぎる。


 許す許さないは別として、まずは今回の一件に対して頭を下げるのが筋だ。それを経て、初めて話し合いに発展する。


 保証するのが『余計な被害』、つまり最低限の保護というのも頂けない。交渉をしたいのなら、絶対的な保護を約束してほしいものだった。


 まぁ、こんな情けない輩が、大それた約束をできる権限なんて持っているはずもない。これは、ただの命乞いだ。


 オレたちは溜息を吐き、一歩踏み出す。


 すると、彼は再び吠えた。


「そ、そもそも、今回の襲撃は色なし、貴殿に責任の一端があるんですよ!」


「は? オレ?」


 予想外の指摘に、オレは呆ける。


 暗殺計画の原因がオレ? 確かにオレにも刺客は送られていたし、色々心当たりはあるけど、こいつに情報がバレた形跡はなかったはず。何が引き金だったんだ?


 訝しみながら、向こうの話に耳を傾ける。


「貴殿は危険すぎます。フォラナーダの実権を握り、隣のカロライン殿を筆頭に、多くの者から慕われている。何かと不遇に扱われている色なしが、です。いつ現状に嫌気を覚え、聖王国に反旗を翻すか分かったものではありません! 貴殿が反乱を起こせば、カロライン殿などの優秀な人材も追随するでしょう。そうなれば、聖王国は未曽有の危機に陥ります」


 なるほど、一理あるな。不遇な者の人望が厚い場合、その者の意見に周囲が流されることは十二分にあり得る話だ。


 要するに、カロンやオルカたちがオレを敬う姿を見て、カーティスは危惧したんだ。フォラナーダ――ひいては、将来的にオレの元に集まる人材のすべてが、聖王国に歯向かう可能性を。


 それほど、現状の無属性に対する扱いは悪い。始末したくなる気持ちは、多少理解できる。結局は「無属性の境遇を改善すれば良いのでは?」という結論に落ち着くので、全然共感できないけどね。


 というより、


「なんで、オレがフォラナーダを運営してるって思うんだ」


 その辺は、しっかり情報統制していた。日々の確認作業でも、流出した報告は上がっていない。


 すると、カーティスはフンと鼻を鳴らす。


「統制されすぎなんですよ。あそこまで徹底して情報が得られないとなると、誰かが現場で指揮を執るしかありません。保養地で豪遊しているフォラナーダ伯爵には、まず不可能なこと。であれば、何故か人望の厚い貴殿しか残されていない」


「へーぇ」


 感心の声を漏らす。


 いや、真面目に参考になった。完璧に情報統制するのも、オレたちの抱える現状的には難があるんだな。少し考えが凝り固まっていたかもしれない。


 ただ、カーティスを逃がす理由が、余計になくなった。ゆくゆくは正式にオレが伯爵を継ぐが、今ではない。この情報を、外へ伝達されるわけにはいかなかった。


 オレはさらに一歩進む。カロンも続く。


 そろそろ諦めてほしいものだが、カーティスの往生際は悪かった。


「ま、まま待ってくれ! わ、私だって好き好んで、こんなことをしたわけではないんですよ。上からの命令なんです」


 分かってくれますよね、と世迷言を口にする始末。


 本当に、こいつは救われない頭をしている。


 オレはこれ見よがしに溜息を吐き、尋ねた。


「それで?」


「へ?」


 質問の意図が掴めなかったようで、カーティスは間の抜けた声を漏らす。


 優しいオレは、頭の足りない彼でも理解できるよう、かみ砕いて問い直してやった。


「命令だから何なんだ? 被害に遭ったオレたちに、何の関係もないだろう。お前が実行犯なのは変わらないじゃないか」


 ようやく、こちらの意思は伝わったようだ。カーティスは呆然と立ち尽くした。


 奴が大人しくなったところで、今まで黙していたカロンが口を開く。


「あなたはわたくしが相手をします。覚悟してください」


 そう言って、彼女は一歩踏み出した。


 オレはそのまま立ち止まる。


 これは、事前に話し合って決めたことだった。シオンの敵討ち――生きているけど――を果たしたいとカロンが熱望したため、了承したんだ。


 彼我のレベル差は1。カロンの方が僅かに上回っているけど、実戦経験の差を考慮すると確実なものとは言い難い。


 それでも、オレは許可を出した。


 理由は三つある。一つは魔獣の殲滅に同行させた時と同じ、その目に強い意志を抱いていたから。絶対に勝つという意志を持っている彼女なら、必ず勝利をもぎ取るだろうと信頼できた。


 一つは、カロンが自ら作戦を考案していたから。その策であれば、ほぼ勝利は固いとオレは判断した。


 最後は、カーティスとの戦いが、カロンの成長に繋がると考えたため。一度土をつけられた相手を倒すというのは、実力のみならず精神にも大きな影響をもたらす。きっと、彼女の飛躍に繋がるはずだ。それならば、オレは喜んで背中を押そう。


 カロンが戦うと聞いて、カーティスは明らかに余裕を見せた。魔獣を殲滅したオレは無理だが、小娘程度なら問題ないと考えているんだろう。ゆえに、彼の警戒はオレへ向いており、半ばカロンは無視されている。


 甘い考えだ。ハチミツの砂糖漬け以上に甘い。


 オレはカロンへ視線で合図を送り、彼女も力強く頷いた。


 そして、戦闘は始まる。


「いきます!」


 口の中で転がすように呟いたカロンは、【身体強化】を施した脚力でカーティスの懐へ飛び込む。十メートルほど開いていた距離は、あっという間に詰められた。


 カーティスが反応する暇もなく、カロンの拳が彼の鳩尾に放り込まれる。


「ぐはっ」


 オレ直伝の【身体強化】より繰り出されたパンチだ、生半可な威力ではない。オレほどではないものの、実に五倍の強度は誇っている。


 そんな攻撃を受けて魔法師のカーティスが堪え切れるはずもなく、無様な声を上げて後方へ吹き飛んでいった。


 木々を幾本もへし折り、一分の滞空を経て、ようやく彼の体は地面へ落ちる。


「ごほっごほっ」


 空気を求めて咳き込むカーティスだが、呼吸するなんて悠長な時間は残されていない。すでに、カロンは彼の傍に立っていた。


 情けなくのたうつ・・・・彼を見下ろしてから、おもむろに拳を振り上げる。次いで、容赦ないラッシュを見舞った。左右の拳を連続で浴びせていく。決まった型のない、素人丸出しの連打だったけど、【身体強化】された拳は凶器だった。ドーンドーンと、人体が奏でてはいけない音が鳴り響く。


 カーティスの顔は最初の一発から変貌してしまっており、全身の骨もミキサーにかけた風に粉々になっているが、それでもカロンは手を緩めなかった。真顔で、何度も何度も何度も拳を振り下ろす。


 カーティスも、魔法師同士の戦いなのに、近接戦闘を仕掛けられるとは夢にも思わなかったに違いない。前もって相談されていなければ、オレだって目前の光景に口をあんぐりと開けていた自信がある。今の彼女は、それくらい真に迫った恐ろしさが滲み出ていた。


 見ているこちらまでも背筋が凍りつくような、まったく手加減なしの攻撃の数々。彼女は絶対に怒らせないと、オレは固く誓う。


 これこそ、カロンの立案した作戦だった。彼我の戦力差レベル差が僅かなら、こちらの有利な部分を押しつけてしまえば良い。他よりも抜きんでた【身体強化】を用いた近接戦闘ならば、一方的にボコボコにできると彼女は考えたわけだ。


 フェイベルンみたいなバリバリの騎士だったら話は別だけど、カーティスは専業魔法師ゆえに、五倍強化したカロンの動きについてこられるはずがない。事前に魔法を使われないよう、わざわざ名乗りを上げて油断を誘っていたし。最初から最後まで、カロンの手のひらの上だった。


 いったい、どれほどの時間をラッシュに費やしただろうか。ふと、カロンはその両拳の動きを止めた。それから、「ふぅ」と息を吐いて立ち上がる。


 彼女の背中からは、怒りを発散した達成感と瀬無せなさがい交ぜになった、複雑な感情が透けて見えた。


 オレはカロンに近づき、その頭を優しく撫でる。


「頑張ったな」


「お兄さま……」


 彼女は、ヒシとオレの胸のうちに顔を埋める。背中に手を回して、ギュッと抱き締めてきた。


 カロンが落ち着くまで、優しく抱擁し続ける。


 程なくして、彼女はそっと身を離した。


「機会を設けてくださり、ありがとうございました」


「どうだった?」


 一礼するカロンに、リベンジマッチの感想を問う。


 カロンは如何いかんともし難い表情を浮かべた。


「スッキリしましたが、モヤモヤもしました。心のうちにわだかまっていた怒りが晴れたのは確かです。ですが、同時に寂寥感せきりょうかんも湧きました。暴力の生産性のなさと申しますか……無駄な時間を浪費しているような虚しさがありました」


「そっか」


 カロンに、トリガーハッピーや戦闘狂ウォーモンガーの気がないことに安堵を覚える。


 彼女には、暴力に虚しさを感じるくらいが丁度良いだろう。何といっても、『陽光の聖女』なんだから。他人を傷つけるのではなく、癒す方面で力を伸ばしてほしい。無論、自衛できるくらいの戦闘力はつけてほしいけどね。


「う、あ」


 カーティスが呻き声を漏らす。あんなに拳を食らっておいて、まだ生きていたらしい。すさまじい生命力だと感心する。


「どうしますか、お兄さま」


 興味なさげに、カロンが彼の処理について尋ねてきた。


 軟体生物かくやのカーティスを眺めながら、オレは笑顔を作る。


「こいつには散々迷惑をかけさせられたし、今度はオレたちのためにウンと働いてもらうつもりだ」


「何をなさるのですか?」


「そう難しい話じゃない。散々迷惑かけられた分の迷惑料を払ってもらうってだけさ」


 少し実験も必要だから、今すぐには実践できない。事後処理を済ませた後に、色々と手を施すとしよう。


 カーティスを【位相隠しカバーテクスチャ】でサクッと回収し、オレはカロンに告げる。


「家に帰ろう」


「はい!」


 最愛の妹の笑顔を見て、やっと一件落着したと心より感じられた。

 

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