Chapter2-6 一夜の出来事(3)

 黒い空に光が差す払暁ふつぎょう。まだ目覚めていない街が眼下に広がる。


 オレは今、領都の城壁の上に立っていた。というのも、これより襲来するカーティスの仕掛けを、徹底的に叩き潰すためである。


 逃亡後のカーティスが何をしていたのか。それは、魔獣のスタンピードの人為的発生だった。奴は、約五万の魔獣を領都へぶつけようとしているんだ。


 ことごとくの魔獣は、知的生命体の敵で間違いない。本来なら、思い通りに魔獣を操るなんてできるはずがなかった。


 ところが、カーティスはそれを達成する手段を有していた。


 はたしてその方法とは、精神魔法である。否、精神魔法への足掛かりとなる術と表現するべきだろうか。


 彼は、魔力の持つ『精神への干渉力が高い』という特性を見出し、催眠へ応用する術を開発したようだった。火魔法の明滅で視覚に訴え、土魔法の振動で触覚に訴え、風魔法の音で聴覚に訴え、水魔法の味で味覚に訴える。普通なら相当の時間を要する催眠術の工程を、魔法に代用することで短縮したんだ。


 真の精神魔法より何段も効果量は落ちるし、手間もかかる。加えて、スパイ中に使わなかった様子から、人間などの自我を持つ対象には効果が薄い・・・・・と予想できる。かなり使い勝手の悪い術だ。


 しかし、精神魔法の存在が知られていない現状、この発明は画期的だった。天才と持てはやされているのは伊達ではなかったらしい。おそらく、カーティスの研究が発展し、将来ゲームでの精神魔法の示唆に繋がるのだと思う。


 そんな催眠術を使い、カーティスは五万の魔獣たちをフォラナーダ領都へけしかけよう・・・・・・としていた。


 それにて暗殺の失敗を帳消しに――いや、違うか。暗殺に成功しようがしなかろうが、領都を襲わせる気だったんだろう。対外的には『ゼクスとカロンの両名は魔獣の群れに殺された』としたかったんだと思われる。いくら魔力を応用した催眠でも、五万の数を用意するには相応の時間が必要のはずだからな。


 ――本当に下らない。


 何を原動力にして、ここまでの所業を為しているのかは分からない。知りたくもない。だが、カーティスがオレの家族を、オレのすべてを奪おうとしているのは確かだった。


 多少は目をつむるつもりだったが、もはや容赦はしない。大切なものを守るため、オレの全力をもって敵対者の思惑を潰してやる。


「お兄さま、見えました」


 沸々と再燃した怒りに拳を握り締めていると、カロンより声がかかった。


 彼女はオレの隣にいた。シオンを医務室に送り届けた後、一緒に前線へ出たいと願い出てきたんだ。


 本音を言うと、安全な後方で待機していてほしかった。いざという時に光魔法師のカロンが活躍できるのは、間違いなく後方の避難所や治療施設である。オレが前線で戦う以上、彼女に出番はない。


 しかし、拒絶はできなかった。オレがシスコンだからではない。カロンの瞳に強い意志を感じたからだった。


 カロンは心の底に憤怒を抱いていた。オレと同等か、それ以上の感情を湛えていた。


 それだけ、彼女にとってシオンは大切だったということ。二歳の時より共に過ごしてきた彼女を、オレと同じくらい家族だと認識していたんだ。


 大切を傷つけられて怒らないほど、カロンはお人好しではなかった。また、守られるしかなかった自分に対するモノも含まれているんだろう。敵だけではなく自らも責めてしまう辺り、オレの妹なんだなと苦笑いしてしまう。


 そして、カロンは言った。


「お兄さまの邪魔はいたしません。どうか、今回の結末をわたくしに見届けさせてください」


 これを聞き、オレは彼女の同行を許した。憤怒や復讐心に囚われているわけでも、自棄を起こしているわけでもないと確信したゆえに、余計な心配を抱く必要はないと踏んだ。


 まぁ、計画通りに物事が進めば、カロンに危険が及ぶことはない。何かしてもらうにしても、本当に最後の方。だから、今は悠然と隣に立っていてもらおう。


「さすがに多いな」


 カロンの言葉を受け、地平線の方へ目を向ける。


 魔獣の大群が跋扈ばっこしていた。小型から大型まで、有象無象の獣たちが隊列を組んで行進するさまは、異様と表現する他にない。アレが領都に直撃したら、なす術もなく街は崩壊する。


 不幸中の幸いなのは、道中に人里が存在しなかったことか。避難誘導の手間を惜しめたのは良かった。


 距離的に、そろそろ群団の歩く振動が届く頃かな。領都民たちに気づかれる前に、終わらせてしまおう。彼らに、いらぬ不安を抱かせたくはない。


「始めるぞ」


「はい」


 カロンへ声をかけ、オレは【偽装】によってシスの姿を身にまとう。これより相当派手なことを行うため、功績や責任等はシスの方に押しつけてしまう算段だった。


 ちなみに、今までは【位相隠しカバーテクスチャ】で姿を消していたので、万が一にも正体が露見することはない。


 隠蔽を捨て、いよいよスタンピードの対処に乗り出す。


 オレは、これ見よがしに両腕を天へかざした。


「星よ、落ちろ!」


 簡素なセリフを放った直後。そのほとんどが黒に染まっていた空が、一瞬にして燦然さんぜんと輝きだした。一面に雲が広がっていたにも関わらず、それらの障害を突き抜けて、大地に光が降り注ぐ。まるで、雷雲が立ち込めているように。


 当然、雷などではない。天上より何かが落下してきているんだ。雲の先から、輝く何かが降り注ごうとしていた。


 そうして、ついに光源の正体があらわになる。ゴゴゴゴという重低音と共に、雲海を斬り裂いて、数多の塊が出現する。


 もし、この場に第三者がいたとすれば、落下してきたそれ・・を見て、隕石だと指摘するだろう。空より降る目測十メートルほどの光塊は、それほどまでの印象を与えるはずだ。


 実際、魔獣の倒し方の詳細までは聞いていなかったカロンは、ポッカーンと可愛いお口を開きっぱなしにしている。


 まぁ、隕石でも何でもないんだけどな、あれは。


 ネタバラシをすると、あの光塊は【銃撃ショット】である。サイズが全然違うって? 調整できるんだよ。逆に、目に見えないくらい小さくもできるぞ。


 魔力効率が極端に悪くなるので、基本的には銃弾程度の大きさで運用するんだが、こういった大規模殲滅戦の場合は役に立つ。あえて命名するなら【星】だろうか。


 オレたちが見守る間に、幾百の【星】は魔獣の大群へと襲来した。


 十メートル大の魔力塊が間断なく地に落ちる。無論実体化しているので、質量は見た目通りだ。衝突時の威力は計り知れず、数キロメートル離れている領都にまで轟音が響き渡ってきた。


 あまりの衝撃に、街の住民たちも何ごとかと起床し始める。とはいえ、彼らが城壁の外を見る頃には、すべては終わっているだろう。不安を抱く期間は一秒もなく、スタンピードの痕跡のみ目撃するんだ。


 魔獣の断末魔さえ【星】が掻き消し、一方的な蹂躙劇が続いた。


 領都滅亡という悲劇は、僅か十分で敵勢力が死に絶える喜劇へと変わるのだった。

 

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