Chapter2-6 一夜の出来事(2)

☆2000達成しました、ありがとうございます!


――――――――――――――



 元々カロンの私室だったはずの場所は、凄惨たるありさまだった。室内は炎に包まれており、四方を囲っていた壁はことごとく崩れている。廃墟と言われても不自然さはない。


 敵の影はなかった。探知した限り、領都からも脱出している。強襲の失敗を悟り、く離脱したらしい。チッ、逃げ足の早い奴。


 すると、オレたちへ声がかかった。


「ゼクスにぃ! カロンちゃん!」


 炎なんて知らぬと言わんばかりに駆け寄ってくるのはオルカだった。彼は、焦燥感と安堵をい交ぜにした表情を浮かべている。


 ちなみに、彼一人ではなく、後ろには護衛であろう騎士が数名侍っていた。急に走り出した彼を、慌てて追ってくる。


 オレたちの傍に来ると、オルカは頬を膨らませた。


「二人とも姿が見えないから心配したんだよ! 魔道具で連絡取ろうとしても、全然出てくれないし!」


 ぷんぷんという擬態語が相応しい、愛らしい怒り方だった。まったく怖くないんだけど、本人には言わない方が良いだろう。


 尖っていた空気が丸くなった気がした。うん、気を張り詰めすぎていたな。オルカには感謝だ。


「すまない。こっちも色々あって、【念話】に出る暇がなかったんだ」


「むぅ。三人の様子的に本当のことっぽいけど、今度からは気をつけてよ? カロンちゃんの部屋は爆発するし、三人の姿は見えないし、そうしたら賊の侵入があったって聞かされるし。すっごい心配だったんだから」


「うっ、本当にごめん」


 彼の瞳が潤み始めた。致し方のない状況だったとはいえ、すごい罪悪感を覚える。


 オレの謝罪を聞いたオルカは、ハァと溜息を一つ吐いてから言った。


「ここは危ないし、一旦移動しよう」


 オルカの言うことはもっとも・・・・だったので、オレたちは執務室に移動する。


 ただ、カロンとシオンは医務室へ向かった。光魔法によりケガは治ったとはいえ、ダメージを負った時のショックのせいか、まだ目を覚ましていなかったんだ。カロンは付き添いである。


「それで、何があったの?」


 一息置いてから、オルカが問うてきた。


「その前に、現状の確認をしたい」


 効率的に伝達を行うため、オレが離脱した後の情報を得たかった。


 一つ一つ状況を詰めていこうと考えていたところ、オルカは小気味良く返答する。


「賊は全員倒したよ、もれなく自爆されたけどね。城の物的被害は、カロンちゃんの部屋とゼクスにぃの私室の天井のみ。負傷者は複数人いるけど、みんな軽傷。他の侵入者は、ボクの探知できる範囲にはナシ。これは、今さっき探知したばかりの最新情報ね。あと、カーティスは行方知れずになってる。どうにも魔法によるダミーを掴まされてたみたいで、いつから自由に動いてたのかは不明」


「……驚いたな、ここまで正確に情報をまとめてたのか」


 オレの不在は十分もなかった。それなのに、知りたかった情報をすべて整理しているとは思わなかった。義弟の優秀さに感嘆してしまう。


 オルカは自慢げに胸を張った。


「ふふん、これくらいは朝飯前だよ」


「最近は勉強を頑張ってたもんな。ありがとう」


「あっ……知ってたんだ」


 オレの称賛に、少し意表を突かれた風な顔をするオルカ。


 最近、実兄の元で政治など勉強をしていることは、当然耳に入っている。動機が、オレの役に立ちたいからということも。健気な弟には、感謝してもし切れないよ。


 もちろん知っていると答えると、オルカは「そっか」と照れたように頬を掻いた。尻尾がブンブン揺れているので、とても嬉しかったのだと分かる。


 ほんわかした空気が流れたけど、しばらくしてコホンとオルカが咳を鳴らす。


「ゼクスにぃ。そろそろ、そっちで何があったのか教えて?」


「そうだな……」


 オレは経緯を説明した。といっても、そう長い話ではない。諜報員より賊の侵入を知らされたこと。その途中でカロンの危機を察知し、間一髪で間に合ったこと。


 話を聞き終えたオルカは、眉間にシワを寄せた。


「街への侵入者は全部囮で、本命はゼクスにぃとカロンちゃんの暗殺だったんだね。どうりで規模の大きい急襲だったわけだよ」


 そう。今回の事件は、囮作戦だったんだ。二十にも及ぶ賊は全部デコイ。オレとカロンの暗殺こそが真の目的だった。


 それに気がついたのは、諜報員より賊の特徴を聞いた時だった。シオンに似た術式を扱い、死体を残さないよう自爆する。そこまで聞いて、敵はエルフなのではと疑ったんだ。エルフならば、術の類似も死体を残せない理由も説明がつく。


 あくまで仮説だったけど、取っ掛かりには十分だった。賊がエルフならば、黒幕はカーティスで間違いないと判断し、即座に彼の居場所を探ったわけだ。


 そうしたら、奴はカロンの私室にいるではないか。おまけに、オレの私室の天井裏にも賊がいたし。


 あとは知っての通り。賊を瞬殺し、カロンたちの私室へ急行したのである。


「古典的な作戦なのに、見事に引っかかったよ」


 いや、古典的だからこそか。何度も使われながらも淘汰とうたされなかったのは、それだけ有効な代物だからだ。


 カーティスは、カロンの警備が厳重であるのと、自身の警戒が強いのを承知していたんだろう。ゆえに、特攻隊を派遣した。自分が忍び込めるレベルまで、それらが緩まるように。


 いくらカロンやシオンが強くても、不意打ちされては元も子もない。特に、カロンは子どもなので、その辺の対処経験が浅いからな。そう考えると、真っ先にシオンを潰した奴の手際は嫌らしい。


 オルカは口元に手を当て、怪訝そうに言う。


「でも、どうして強硬手段に訴えたんだろう。あっちの目的はフォラナーダの情報収集だったんだよね?」


「たぶん、最初から暗殺を念頭に置いていたんだと思う」


 対し、オレは当初の考えを真っ向から否定した。


 オルカは瞠目どうもくする。


「え、どうして? 最近のフォラナーダは盛り上がってるけど、王宮が危険視するほどじゃないでしょう。それに、カロンちゃんは希少な光魔法師だし」


 彼の反論は当然のモノだった。王宮側に、オレやカロンを殺す動機はなさそうに見える。


 しかし、これまでの情報を加味すると、どうしても暗殺は既定路線だったとしか考えられなかった。


 そう結論づけるだけの根拠はある。


「一番大きな理由は、二十もの囮部隊の存在だ。オルカも知ってるとは思うけど、フォラナーダ領の各地には通信妨害の魔道具が置いてある」


 妨害魔道具はかなり強力で、登録されていない通信機はまず使い物にならない。カーティス自身が領外へ出ることはおろか、彼の手の者の脱出さえも防いでいる。外部との連絡は取れなかっただろう。


 つまり――


「そっか。連絡が取れないってことは、応援は呼べない。だから、あの囮部隊は前々から用意されてた可能性が高いんだね」


「おそらく、な。オレでも想像できない秘策なんかを使ったのなら話は別だけど、普通の手しか講じていないのなら、事前に用意していた部隊だ」


「でも、そんな部隊が領都に潜伏してたら、さすがに感づくんじゃ?」


「侵入者は領都の出入り口付近で交戦してた。作戦決行直前までは、領都外のどこかに潜んでたんだろう。もしかしたら、ずっと野外にいたのかも」


「えぇぇ、カーティスが来てから二ヵ月も?」


「相手はプロだからな。普通は無理でも、やり通すと思うぞ。少なくとも、通信妨害を回避した確率よりも高い」


 信じられないといった風に驚いているオルカだけど、オレは納得していた。何せ、捕まる前に自爆する連中だ。二ヵ月の野宿程度は平然とやり遂げると思う。


 オルカは困惑しながら言う。


「暗殺が当初の予定通りだったとして。なら、どうして、このタイミングで踏み切ったのかな。希少な光魔法師を失ってもいいと判断したキッカケがあったはずでしょう?」


「嗚呼。王宮の手には負えないと思われる何かがあったんだろうが……すまん、そこまでは分からない」


 さすがのオレでも、カーティスの思慮までは読めない。キッカケらしい出来事にも、心当たりはなかった。


 オルカは苦笑を溢した。


「結果から推察するしかないもんね。こうなると、カーティスを取り逃がしたのは痛いよ。王宮側から何て抗議されることやら」


 カーティスが持ち帰っただろう情報から、どのような展開が待ち受けているか。彼はその辺りを想像しているようだった。うへぇと呟きながら、頭を抱えている。


 それに対し、オレはキョトンと首を傾いだ。


「何を言ってるんだ、オルカ。まだカーティスは取り逃がしてないぞ?」


「へ?」


 すると、今度はオルカが呆けた表情を浮かべた。


「でも、ボクの探知には反応ないけど……」


「オレの探知には、しっかりカーティスの影を捉えてるよ。どうにも、熱や振動、光といった反応を隠す魔法を使ってるらしい。だから、属性魔法の探知には引っかからないんだと思う」


 火魔法は熱感知、土魔法は振動感知といった風に、それぞれの属性に合わせた探知方法がある。王宮のスパイであるカーティスは、その辺の対策を熟知していたわけだ。


 だが、オレの探知術は魔力に依る代物。魔法での誤魔化しなんて恰好の餌食だった。


「領都から少し離れた森の中にいるみたいだ。……へぇ、これは……なるほど、そういうことか」


「な、何かあったの?」


 探知の反応から、カーティスが妙な仕掛けを施しているのに気づき、そこからとある・・・推測が立った。


 オレは思わず頬を緩ませる。


 それを見て、何故かオルカは動揺していた。


 どうしたんだろうと不思議に思いつつ、オレは答える。


「いやなに。オレの家族を傷つけた代償を払わせる、いい計画を考えついたんだよ」


 向こうが、そういう手を使うのであれば、こちらだって自重はしない。完膚なきまでに叩きのめしてやる。お前はオレの逆鱗に触れたんだからな。


「くっくっくっくっくっ」


「あわわわ」


 もうじき夜が明ける。事件の幕引きは、すぐそこに迫っていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る