Chapter2-4 奴隷(4)

フォロワー4200、☆1500を達成しました。ありがとうございます!

これからも応援よろしくお願いしますッ。


――――――――――――――



「……んー? ッ!? うううううううううう!!!!!!」


 タイミング良く、ニナが目を覚ましたようだった。最初は寝ぼけて状況を掴んでいなかったが、十秒も置くと鎖をガチャガチャ鳴らして暴れ始める。派手に暴れればソファからも落ちてしまうが、彼女はお構いなしだった。


 うん、拘束を解かなくて正解だった。自由にさせていたら、今頃オレをブン殴って外に飛び出していたかもしれない。


 しばらく好きにさせたけど、一向にニナの気が落ち着く様子は見られない。放っておけば冷静になるという目論見は、見事に外れてしまった。仕方ない、声をかけるか。


 絶対に言うこと聞かないだろうなぁと考えつつ、オレは口を開く。


「ニナ・ゴシラネ・ハーネウス。落ち着いて聞いてくれ」


「うううううううううううう!!!!!!!」


「はぁ。オーケー、落ち着けって命令は撤回する。話を聞いてくれれば、それでいい」


 鋭い眼光を向けて唸るニナ。こちらの言葉さえ理解してくれてれば、それで良いや。


「大前提として、オレはお前を奴隷として扱うつもりはない。お前を保護するつもりで買った」


「うううううう!!!!」


 相変わらず、ニナは唸り声を上げる。初対面の男の言葉なんて、簡単に信じられるわけはないか。奴隷に落とされた上に虐待を受けていたんだし、当たり前か。


 まぁ、信用されなくても問題ない。現状、そのようなものは必要ないんだから。


 オレは、彼女の態度を気にも留めず続ける。


「もちろん、純粋な善意じゃない。オレにも目的があって、それを果たす過程でお前を助ける必要があっただけだ。といっても、ここで放り出すなんて無責任なマネはしない。その証拠にケガは治療しておいた。そして、お前が望むなら、お前が奴隷を解放される日まで、オレが生きる術を教えてやってもいい」


「う? ううう!? うううう? ううううう!!」


 ニナは唸り声しか上げられないが、言わんとしていることは理解できた。おそらく、「えっ、本当にケガが治ってる!? ってことは本当なのか? いや、そんな都合のいい話には騙されないぞ!」といったところか。


 オレは肩を竦める。


「疑り深いのはいいことだが、今の状況からして、オレが信用に足るかどうかは重要じゃないだろう?」


「うう?」


 ニナは首を傾げている。


 理解できなくても仕方がないか。彼女は八歳の子どもだし、急展開すぎて頭が追いついていないんだと思う。


「現在のお前は、オレの手のうちにある。奴隷であるお前をどう扱うかは、オレの気分次第なわけだ。だから、お前がオレを信用するか否かは重要じゃない。ニナ・ゴシラネ・ハーネウス、お前はオレに従うしかないんだよ。従う過程で色々な知識や技術を身につけられるんだから、お得だと思っておけ」


「……」


 オレの言葉を受け、ニナは黙り込んでしまった。鋭い視線は変化ないため、心は折れていないと分かる。たぶん、状況を理解できたんだろう。今はオレに従うしかないと。


 とりあえず、暴れ回る心配はなくなったかな。


 そう判断したオレは、彼女の拘束を解くことにした。


「今から鎖を外す。一応釘を刺しておくが、絶対に暴れたり逃亡したりするんじゃないぞ。逃亡奴隷に落ちたら、さすがのオレでも助けられないからな」


 この世界の奴隷は、奴隷表という奴隷限定の戸籍によって国が管理している。奴隷から解放するには、必ず国政を通した手続きが必要になるわけだ。ファンタジー小説にあるような契約魔法がない以上――精神魔法を除く――、こうやって厳重に縛るしかない。


 だから、ニナは未だに奴隷だ。本音を言うと、さっさと自由に身にさせたいんだけど、オレの権限で戦利奴隷は解放できないんだ。


 逃亡奴隷のレッテルを張られると、国全体から追われるハメになる。地の果てまで追跡されるし、捕まったら地獄も生ぬるい懲罰が待っている。


 その過酷さは理解できているようで、鎖を解かれてからもニナは大人しかった。表情は険しいままだけど、今はそれで十分。


「さて。やっと自己紹介フェイズだ。オレの名前はシス、冒険者をやってる。よろしく」


「……」


 返事はないが、オレは続ける。


「今、風呂に湯を張ってる。もう少ししたら入ってこい。服も、そっちの部屋に用意してある」


 二部屋あるうちの一つはニナの私室だ。そこに、事前に準備しておいたニナ用の私物が保管されていた。


 彼女が首肯したのを認めた後、オレは家の外へ向かうために足を動かした。


「……どこへ行くの?」


 ニナから、初めてまともな言葉を聞いた。冷静な彼女の発する声は、透き通る凛としたものだった。


 オレは背中越しに答える。


「食料調達。腹減ってるだろう?」


「……」


 またもや返事はない。だが、ゴクリと唾を飲み込む気配と「ぐぅ」という小さな腹の虫の音が聞こえた。


 反抗的だったニナは、奴隷商店ではロクな食事を与えられていなかった。ゆえに、食料と聞いて反応してしまうのは仕方のないこと。たぶん、振り返れば顔を真っ赤にしたニナを拝見できるんだろうが、彼女の名誉のために正面を向いたまま家を出る。


 お腹に優しい食べ物を用意しよう。オレは、そんなことを考えながら城下町を歩くのだった。








「ハグハグハグハグハグハグ」


「よっぽど腹が減ってたんだな」


 一気呵成に用意した食事をむさぼるニナを見て、オレは呆れた声を漏らした。


 食料調達より戻ると、ニナが逃亡しているなんてオチはなく、素直に身だしなみを整えていた。身体中にこびりついていた汚れはすっかり消え、今では茶髪茶目の麗しい狼娘である。将来はヒロインそっくりの、かなりの美人に成長するだろう。無論、カロンには及ばないが。


「食べながらでいいから、オレの話を聞いてくれ」


 一週間分だったはずの食料が半分消えた辺りで、オレはいい加減に話を進めようと口を開いた。


 ニナと視線は合ったので大丈夫だろう。……大丈夫だよな?


「今後の予定を話す前に、一つやっておきたいことがある。オレは特殊な魔法が使えるんだ。【誓約】という魔法で、交わした約束を遵守させる効果がある。ニナには『オレ――シスに関する情報の一切を漏らさないこと』という内容で、オレには『ニナの命と尊厳を守ること』という内容で契約してもらう。ちなみに、破れば死ぬぞ」


 精神魔法による契約は必要事項だった。死ぬ運命を回避させるには、いろんな術を教え込む必要があるからな。


 オレの奴隷になった以上、ニナに逃げる選択肢は残されていない。しかし、それにかまけて放置するのは愚策。情報漏洩の芽は、できる限り摘むべきだ。


「……そんな魔法、聞いたことない」


 ニナは食事の手を止め、こちらを警戒するように睨んできた。


 当然の反応か。契約魔法なんて誰も知り得ないし、反故にすれば死ぬと言われたんだ。貴族から奴隷に落とされた彼女としては、そう易々と信じられないだろう。奴隷商店で味わわせられた酷い目に、再び合うかもしれないのだから。


 対してオレは、あえて飄々と肩を竦める。


「言っただろう、特殊な魔法だって。というか、警戒したって無意味だ。契約するのは確定事項なんだからさ。さっきも忠告したけど、お前はオレの手のうち。拒否権はないよ」


「……ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、食事を再開するニナ。


 思ったより、この子は賢いな。理不尽な状況にも関わらず、きちんと自分の立場を理解している。窮地において感情ではなく理性で動けるのは、優秀な証拠だった。


 心のうちで感心しつつ、【誓約】を発動する。先に語ったものと同じ内容を復唱し、無事に契約は完了する。


 それからオレは、「次は今後の予定についてだ」と話を進めた。


「ニナには、オレと同じ冒険者になってもらう。戦利奴隷という立場のお前に、他の職業は就けないからな。それに、元貴族のお前には敵が多い。自衛できるくらいの戦闘力が必要だ。冒険者のノウハウを教えながら、ニナ自身も鍛える」


「ハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグ」


 一切反応がないけど、反論の類も返ってこない。肯定と認識して良いだろう。


 オレは続ける。


「とりあえず、直近の計画を伝える。明後日までは休息に当て、三日後から訓練を始めよう。奴隷生活で体力も落ちてるだろうから、最初の一ヶ月は基礎能力の向上を目指す。冒険者登録なんかは、ある程度鍛え終えてからだな。……嗚呼、あと、この家に住むのはニナ一人だ」


「むぐっ……どういうつもり?」


 オレのセリフを聞き終えた彼女は、唐突に手を止めて問うてきた。


 何について尋ねているのかは一目瞭然か。


 オレは肩を竦める。


「元々、この家はお前専用に用意したんだ。だいぶ前から、お前の救出は計画のうちだったからな。オレの家は別に存在するんだよ」


「……あなた、何者?」


 警戒心を跳ね上げるニナ。


 気持ちは理解できる。正体不明の自称冒険者が、自分のために事前に家まで用意していて、しかも当の本人は一緒に暮らさないという。これを怪しまない奴は頭がおかしい。


 ただ、事情を説明するわけにはいかない。ニナとは信頼関係を築けていないし、彼女がどれほど貴族を恨んでいるのかも不明。今は秘密にしておく他になかった。


「……はぐはぐ」


 オレが何一つ答えないことを察したのだろう。ニナは食事を再開した。


 ここまでの話に異論はなさそうなので、オレは最後の伝達事項へ移った。


「基本的に、一人の時は家の中で大人しくしておくことを勧める。この家は結界が張ってあって、オレの許可した人物しか通さないからな」


「ゴホッゴホッゴホッ」


 突然、ニナがせた。


 まぁ、原因は分かっている。ただの一軒家に結界を張るなんて、意味不明なことをしているためだ。少しでも魔法の知識があれば、膨大な費用がかかると理解できる。


 とはいえ、コストはゼロに等しい。結界はオレの新たな無属性魔法だし、触媒だって冒険者の仕事の中で手に入れた代物なんだ。


 せっかくだし、もっと驚いてもらおう。


 オレは懐より、小さな宝石が一つだけ装飾されたノンホールピアスを取り出し、ニナの座るテーブルへ投げた。


「……?」


 目前に落ちたピアスを見て、彼女は首を傾ぐ。


 オレは意地悪げに笑う。


「それは遠距離通話用の魔道具だ。どこにいても、頭の中でオレと会話ができる」


「……は?」


 とうとう、ニナは手に持っていたスプーンを落とした。情報が整理できていないのか、ポッカーンとした表情を浮かべている。


 無理もない。遠距離通話の魔道具なんて貴族しか持っていないし、元貴族である彼女は、頭の中で会話ができる魔法の規格外さが理解できているんだと思う。


 お分かりだろうが、魔道具に込められている魔法は精神魔法である。【念話】というもので、師匠アカツキから便利だからと教わった。


 以前までは風魔法の【遠話】で通信を行っていたんだけど、あれは屋内で使いにくい制約があった。そのため、こうして新しい魔道具を開発したのである。


 ただ、精神魔法である都合、外部への漏洩は厳禁。開発も慎重を期さないといけないゆえに、量産は不可能だった。今のところ、カロンとオルカ、シオン、諜報部に三つ、そしてニナにしか渡せていない。


 ちなみに、【念話】の魔法を使えるオレとアカツキは魔道具を必要としない。あくまでも、【念話】を発信する側に必要な代物なんだ。


「……本当に、あなたは何者?」


 猜疑心たっぷりで先程と同じ質問をしてくるニナ。


 それに対して、オレは挑発的な笑みで答えるんだ。


「秘密だ」


 ニナが盛大に舌打ちをしたのは、言うまでもない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る