Chapter2-5 サウェードとクロミス(1)

 ニナが食事を終えたのを見届けたオレは、追加の食料を補填してから城へ帰った。予定通りの行動ではあるけど、オレがいると、彼女の気が休まらないと踏んだのである。今まで苦労してきたのだし、三日間くらいはゆっくり・・・・休んでほしい。


「さて、オルカのところに行こうかな」


 帰宅してすぐ。ニナとは異なり、オレは次の行動に移る。


 カロンがあれだけストレスを抱えていたんだ。オルカも同様の症状が予想できるため、様子を見に行こうと決めていた。


 自室を出て、オルカの私室へ足を向ける。オレたち兄妹の私室はそれほど離れていないので、十分も経たないうちに到着する。


 だが、予期せぬ展開が待っていた。部屋の前に、誰もいないんだ。オルカが室内にいるのなら、扉の前に使用人が待機しているはずである。つまり、彼は別の場所にいるということだった。


 念のためにノックをしてみるけど、やはり応答は返ってこなかった。


 肩透かしを食らった気分になり、オレは後頭部を軽く掻く。


「まぁ、急いでるわけでもないし、捜しますか」


 諦めるという選択肢はない。オレは、何が何でもオルカを構い倒すつもりだった。もう、そういうスイッチを入れてしまっているんだ。今さら変更はしたくない。


 城中に探知術を放つ。オルカの居場所は、間もなく捉えられた。


 オルカは今、食堂にいるようだ。彼だけではない。傍にはカロンとシオン、使用人が三人、そしてもう一人。


「カーティスか?」


 四色の魔力。馴染みのない反応ではあったが、この特徴的な色は彼で間違いなかった。


 カーティスが食堂にいること自体は良い。彼だって食事をする際は、あの場所を使用する。しかし、カロンたちも居合わせている状況が、嫌な予感を覚えさせた。妙に距離も近いし。


 オレはその場より駆け出す。廊下を踏み砕かないよう気をつけつつも、【身体強化】も用いて走り抜けた。


 予感は的中していた。食堂で発生していたものは、とうてい穏便な事態とは言い難かった。


「離しなさい!」


 カロンの声が響く。それは彼女らしからぬ、強烈な怒りを含んだものだった。


 感情の矛先はカーティスだ。彼はシオンの腕を掴んでおり、自分の方へ引き寄せようとしている。当のシオンは表情を歪めていて、顔色は真っ青。無理やり連れ去ろうとしている風にしか見えなかった。


 ゆえに、カロンは怒りの感情を発露させている。いや、彼女だけではない。オルカも、耳や尻尾をピンと張ってグルグルと唸っていた。


 それだけ、二人ともシオンのことを慕っているんだ。特にカロンは、幼少より世話になっていたため、「姉のように思っている」と照れながら溢していたほど。シオンが望むならともかく、そうではない状況を許すはずがない。


 対するカーティスは、ヘラヘラと笑っていた。情報を盗みたい対象カロンより敵対心を抱かれているのに、そんなの大した問題ではないとでも言わんばかりに、二人からの敵意を受け流している。


 その頬笑みには、一種の不気味さが感じられた。あいつは、何か秘策でも隠しているんだろうか。


 彼は飄々と言う。


「カロライン嬢は勘違いをされておられる」


「勘違いですか?」


 カロンは眉根をつり上げた。その表情が、阿呆なことを口にしたらブッ飛ばすぞと物語っていた。こういう部分を見ると、ゲームにて悪役令嬢役を担っていただけはあると感心してしまう。……感心して良い立場ではないけどさ。


 カーティスは、特段動じた様子もなく続けた。


「はい、勘違いですよ。あなたは、私が無理やりシオンを連れ去るとお思いのようですが、事実は異なります。同意の元、私たちは行動を共にしようとしているのです」


「そのような戯言をわたくしが信じると、本気で考えておられるのですか?」


 カロンの低い威圧的な声と同時に、一帯の空気が重苦しくなった。雰囲気などではない、物理的な重圧が食堂に生まれていた。


 彼女が声に魔力を乗せたんだ。精神魔法や【威圧】とまではいかないが、練り込む魔力量によっては相応の効果を発揮する。今回はかなりの量を練り込んだらしく、魔力が半実体化していた。食堂内のテーブルや調度品はきしみを上げているし、耐性の低い使用人たちも膝を突いてしまっていた。


 しかも、事態はそれだけに留まらない。


「それ以上、シオンねぇに何かしてみろ。ブッ飛ばすから!」


 オルカまでもが魔力を放った。


 二人分の魔力が場にうねり、調度品らを粉砕する。木材や陶器のカケラが舞い散る中、限界を迎えた使用人たちの悲鳴も響く。


「ぐっ」


 さすがのカーティスも、常人を超える魔力量二人分は耐え切れない。苦悶の声を漏らした上で片膝を突いた。その際にシオンを握る手が緩んだのを、オレは見逃さない。


 オレは一足飛びで事態の中心に躍り出ると、素早くシオンを回収して、カロンとオルカの隣に立った。そして、シオンを床に下ろしつつ、二人の肩を優しく叩く。


「怒るのは分かるけど、少しやりすぎだ」


「お、お兄さま」


「ぜ、ゼクスにぃ


 途端に先程までの重苦しい空気は霧散し、イタズラのバレた子どもみたいな表情を浮かべる弟妹たち。


 イタズラと表現するには些か度の過ぎた被害規模ではあるけど、理由も理由だし、お小言は手短にしておくか。


「シオンのために怒ったのは分かるよ。でも、もっと周りに気を遣うべきだ」


 残骸塗れになった食堂を視線で示すと、カロンたちは肩を落とした。


「申しわけございませんでした」


「ごめんなさい」


「うん、すぐに謝れるのはいいことだ。片づけをする使用人にも謝っておくんだよ」


「「はい」」


 異口同音の返答を聞き、オレは鷹揚に頷く。


 二人への対処は、この程度で良いだろう。残るは二つ。


 抱えているシオンは未だ呆然としているので、後回しで良い。


 問題はカーティスか。彼はようやく息が整ったようで、こちらに鋭い視線を向けながら、ゆっくり立ち上がっていた。

 

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