Chapter2-4 奴隷(2)

 エントランスは普通の商店と変わらない。受付があり、その奥に、仕切りによって区切られた応接用のスペースが存在する。


 受付に立っていたのは凡庸な容姿の男。彼はオレという来客を認めると、にこやかに声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、ホアカ奴隷商店へようこそ。本日はどのようなご用件でお越しくださったのでしょうか?」


「奴隷を買いに来た」


「それはそれは。我が商店をお選びいただき、誠にありがとうございます。ご希望の奴隷の詳細をお聞きしたいので、そちらのソファにお座りください」


 おおらかに対応しているが、彼の瞳はこちらを値踏みするそれ・・だった。きちんと奴隷を購入できるのか、どのレベルの奴隷まで購入できるのか。そういった辺りを観察しているんだと思われる。


 この油断ない視線は、商人独特のものだ。おそらく、彼が奴隷商店の店主なんだろう。


「まずは自己紹介をいたしましょう。私はグミン・ファーフル・ホアカと申します。ここの店主を務めております。よろしくお願いいたします」


 予想通り、店主だったらしい。


 オレは頷きつつ、名乗り返す。


「冒険者のシスだ。普段はフォラナーダで活動をしてる」


「ほう、フォラナーダですか。わざわざ遠く離れたシャーグ領までお越しくださるとは。何か目当ての商品でも?」


 店主は目をすがめて尋ねてきた。笑顔は崩れていないが、放つ雰囲気は剣呑さを含んでいる。


 また、店の奥の扉や出入口の方より、それなりに強そうな者らの存在を感知できる。この店が雇っている護衛だな。オレの言動が怪しいため、襲撃の準備をさせた模様。


「嗚呼、その通りだ。例の内乱で捕らわれた元貴族の娘が、ここにいると耳にしてな。その少女を買い取りたい」


 想定通りの反応だったため、オレは特段気にしない。むしろ、やましいところは一切ないと明け透けに本命を語る。


 それに対し、店主はジッとこちらを見つめる。嘘はないかと探ろうとしてくる。


 オレは端然と見つめ返した。


 しばらく沈黙が続き、視線が交差する。


 先にそれらを破ったのは、店主の方だった。


「かしこまりました。お望みの商品の元へご案内いたしましょう。しかし、彼女は未だ反抗的な態度で、奴隷としては使いものになりませんよ?」


「構わない」


 というか、奴隷として心折れている方が困る。オレは彼女を保護するために訪れたのであって、奴隷にするために買い取るわけではないんだから。


 オレの翻意はないと理解したのか、店主は苦笑いしながら立ち上がった。このまま彼女の元へ案内するというので、素直についていく。


 店の奥にあった扉の先は、奴隷たちを隔離した牢屋だった。牢屋といっても鉄格子が存在するだけで、中は普通の部屋と変わらないんだが、どこか圧迫感を覚える。


 調教中の彼女は特別房とやらに収監されているらしく、オレたちは店の最奥まで足を運んだ。


 重厚な鉄扉があり、その中に目的の彼女がいるという。


 扉の錠を外す間、店主は注意事項を述べていく。


「一応、鎖で手足を縛っていますが、できるだけ近づかないようにお願いします。この商品は反骨心が強く、誰にでも噛みついてきますので」


 彼が話し終える頃、ようやく扉が開かれる。


「彼女が、お客さまのお目当ての商品でしょう」


 店主の指し示す先、部屋の中には、一人の少女がうずくまっていた。茶髪茶目の狼の獣人でオレと同い年。アザだらけの全身とこびりついた・・・・・・汚れのせいで、本来なら可愛らしい容姿が台無しだった。


 目を逸らしたくなるほど痛々しいありさまだが、少女の瞳は死んでいなかった。むしろ、『まだまだ抗ってやる!』と言わんばかりに、鋭い眼光をこちらへ向けてくる。


 これほどまでに反抗的だからこそ、ボロボロになるまで痛めつけられたんだと察しがついた。


 ゲーム知識通りの様相に、オレは思わず溜息を漏らす。


「この商品名は、ニナ・ゴシラネ・ハーネウス。元子爵家の娘で、歳は八です。魔法適正は土ですが、獣人とあって、そこまで魔力量は高くありません。……かなり痛々しい見た目ではありますが、“初めて”は無事です。そこは保証いたします」


「間違いない。彼女を買おう」


 店主の最後のセリフはスルーして、オレは購入する旨を伝える。


 すると、今の会話を聞いていた少女――ニナが、にわかに騒がしくなった。縛られていることなんてお構いなしに暴れ、ガチャガチャと鎖のれる音が鳴り響く。猿ぐつわのせいで言葉は聞き取れないが、ウーウーと必死に唸り上げてもいた。


 よっぽど買われるのが嫌らしい。とはいえ、放っておく選択肢はない。オレがここで介入しないと、彼女は死んでしまうんだから。


 店主の方は慣れているようで、ニナの騒々しさに眉ひとつ動かさず、手続きの書類をまとめ始めていた。


 程なくして全資料が揃い、オレは用意していた金を店主へ渡す。それから、揃えられた資料に自らのサインを書き記した。


 店主はにこやかに言う。


「はい。この瞬間より、そこの奴隷はシスさまの所有物となりました。この度は我が商店をご利用してくださり、誠にありがとうございました」


「いや。こちらも、いい買いものができた」


「それは、ようございました」


「では、連れて行くぞ。嗚呼、鎖は借りてってもいいか?」


 さすがに、暴れ回るニナを、拘束具なしで運ぶのは骨が折れる。せめて、落ち着ける場所までは縛ったままで移動したかった。


 こちらの考えは理解できたみたいで、店主は鷹揚に頷く。


「鎖は差し上げます。ここまで厳重に拘束する必要のある奴隷は、そうそう現れませんので。サービスとでも思っていただければ」


 彼に含むところはなさそうだった。本当にサービスのつもりらしい。


 であれば、遠慮する必要はない。


「分かった。ありがたくいただいてこう」


「はい。毎度ありがとうございました」


 オレは鎖で縛られたニナを脇腹に抱え、ギュッと首の辺りを絞めつける。【身体強化】によって跳ね上がっている腕力に八歳の少女が叶うはずもなく、彼女はスンナリ気絶した。


 それを認めたオレは、早々に奴隷商店を後にする。


 さっさとニナを風呂に突っ込みたかったんだ。だいぶ長い間、体を洗っていなかったようで、かなり臭気が漂っている。


 行きと同じ道を通って部下と合流し、軽く情報を共有してから、フォラナーダへと帰還した。


 ただ、城に帰るわけではない。ニナに関してやることが、まだまだ大量に残っていた。

 

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