Chapter2-4 奴隷(1)

 魔法の授業が始まってから二ヵ月が経った。季節はすっかり冬へと移り変わり、今年も残ること一ヶ月を切った。領内の早いところでは、初雪が降り始める頃合いだろう。


 オレは、いつも通り執務をこなしていた。じきにカーティスの授業の時間であるため、せかせかと動かしていた筆を止める。


 学ぶことはなく、教師から邪険にされていたとしても、一応授業には欠かさず参加していた。彼がカロンたちに何を吹き込むか分かったものではないし、あおりに耐え兼ねた彼女たちが反撃してしまう不安もあったからだ。どちらかというと、後者の憂慮の方が大きい。


 一方、目下調査中のカーティスの正体に進展はない。あらゆる罠を仕掛けているんだが、馬脚をあらわす様子はなかった。


 精神魔法も、まとっている【偽装】の魔力で弾かれるため、効果が望めない。


 そう。前々から模索していた精神魔法の防御方法は、魔力をまとうことだ。魔力は精神魔法を阻害するらしく、【偽装】や【身体強化】を全身に行使している者には、上手く作用しない。師匠アカツキより教わった知識だった。


 ただ、絶対防御とはいかない。あくまで阻害するだけなので、シオンのように体の一部のみ【偽装】している場合は防げないし、ほぼ全身を覆っていても「感情を読みにくいかな?」程度の効力しか発揮しない。


 だから、ゴリ押しもできるんだが、確実に相手にバレるので試してはいなかった。バレたら、すぐに撤退してしまうだろうからな。そうなったら始末するしかなくなるため、やるとしても最終手段だ。


 また、スパイの腕は達者らしく、こちらの情報も徐々に切り崩されている模様。まだ、オレたちの用意したダミーに引っかかっているだけだが、悠長にしている暇もなさそうだった。


 とはいえ、オレ自身にやれることはない。今は座して待つしかなかった。


「中庭へ向かうか」


 かぶりを振り、デスクより立ち上がろうとしたところ、不意にノックが響いた。入室してきたのは、諜報部隊の一人だった。


 もしかして、カーティスの尻尾を掴んだのか? そう期待してしまったが、別件の報告だった。


「例の少女を発見いたしました」


 それは以前に勃発した内乱の時から、捜索させていた人物の情報だった。やや肩透かしを食らったけど、その報告も待望していたものだったため、自然と安堵の息が漏れた。


「見つかったのか、良かった。で、どこにいた? 状態は?」


「聖王国南東部です。シャーグ子爵領を拠点にする、ホアカ奴隷商店にて発見いたしました。命の別状はございませんが、相当痛めつけられ、衰弱しているようです」


「そうか……」


 淀みない部下の返答を聞き、オレは肩の力を抜く。


 衰弱しているのはいただけないが、まだ“命に別状はない”のであれば、十分間に合ったと評価できる。まぁ、いつ致命傷を負わされるか分かったものではないので、早々に行動を移すべきだろう。


「今すぐ向かう。誰が近辺に潜んでいるのか教えろ」


「お、お待ちください。これから魔法の授業があるのでは?」


 オレが即断すると、慌てた様子でシオンが口を挟んできた。


 やや動揺した声色だったため、何ごとかと彼女の方を見る。


 すると、視線を向けられたシオンは、途端に目を泳がせた。


「い、いえ。ただでさえ立場の悪い授業ですから、一回でも欠席すると、次回以降の出席を拒絶されるのではないかと……」


 何やら含みのある雰囲気だが、彼女の語る内容は一理あった。カーティスの性格的に、一度の欠席で「やる気のない奴は参加するな!」なんて言い出す気がする。そうなると、オレは授業中にカロンたちの傍を離れなくてはいけない。


 それは、ためらいを覚えることだ。しかし、今回ばかりは悩む余地などなかった。


「たとえ授業への参加を拒絶されようと、今回に限っては少女の方を優先する」


 そもそもオレは、カロンたちがカーティス程度の輩に体よく扱われるなんて微塵も考えていないし、言いつけ通り大人しくすると信じている。


 弟妹たちに付き添っているのは、いわば保険にすぎないんだ。念のための行動であって、必須事項ではない。というか、オレ自身が見守らなくとも、使用人の誰かを傍に待機させても良かった。


 だから、一刻を争う捜索物の方を優先する。


「……承知いたしました」


 オレの意見を聞き、シオンは意気消沈した態度で下がった。うーん、やはり様子がおかしい。これはカーティスに何か吹き込まれたか? 二人とも、王宮より送られたスパイだし。


 この一件が片づいたら、一対一で話し合うべきかもしれない。


 そう頭の隅で考えながら、オレは【位相連結ゲート】を起動した。シャーグ子爵領は行ったことないし、魔力の届く範囲でもない。だが、現地にいる諜報部隊の者が、オレの魔力でマーキングされた札を所持しているので、【位相連結ゲート】を開けるのである。


「同行者はいるか?」


「いえ。現地の者に一任しております」


「そうか。では、行ってくる」


「「「「いってらっしゃいませ、ゼクスさま!」」」」


 出立を伝えると、今まで黙していた部下たちも含め、一斉に最敬礼が行われた。


 オレは手を軽く上げて返事をしてから、虚空に開いたゲートを潜った。








 奴隷は、聖王国において法の上で認められた制度である。生死関連を除く、奴隷のすべての権利や自由は主人の所有となり、その代わり、最低限の衣食住の保証や身の安全を守る義務、奴隷の行動に対する責任が主人へ発生する。


 分かりやすく表すと、『奴隷の自由や権利は主人のものだけど、きちんと面倒を見ないと主人の責任になるからね』ということだ。ペットに似ているかもしれない。


 前世の価値観では「甚だ人権を無視した悪法だ」と断じられるが、この奴隷制度にも一応の利点は存在する。借金のせいで死ぬ人間は出ないし、寒村にて口減らしで命落とす子どもも減る。まぁ、どう言い繕っても『人権を無視している』という部分が最大の問題なわけだが、この世界では認められた法であることは覚えておいてほしい。


 そんな合法の奴隷は、大きく分けて三種が存在する。


 一つは借金奴隷。借りたお金を返せない時に、自身を担保にする方法だ。必要金額を収めれば、奴隷より解放される。


 一つは犯罪奴隷。重罪を犯した者が課せられる刑であり、たいていは過酷な労働場所――鉱山や開拓など――へ送られる。基本的に一生奴隷だが、たまに恩赦おんしゃで自由になれる場合がある。


 最後は戦利奴隷。文字通り、戦で奪い取った奴隷だ。敵国の兵士だったり、王族貴族だったりが該当する。そして、これには内乱での敗戦貴族も当てはまった。


 ――そう。察しの良い者は気づいているだろうが、オレが捜索していた人物とは、オルカの実家が巻き込まれた内乱にて奴隷に落ちた、ガルバウダ伯爵派閥の令嬢である。彼女の安否如何いかんで、将来的な聖王国の動乱を防げる可能性が上昇するんだ。


 【位相連結ゲート】を潜る最中、オレは【偽装】を施して冒険者シスの姿に変わる。他領に赴くからには、伯爵子息の身分のままでは色々と怪しまれてしまう。根無し草の冒険者カバーが最適だった。


「お待ちしておりました」


 ゲートの傍にはマーキングされた札――魔符を所持している部下がおり、こちらへ一礼してくる。


 片手を振って頭を上げるよう合図を出しつつ、オレは部下に問うた。


「行けるか?」


 現在地は狭い裏路地のようで、不気味な薄暗さとジトジトした湿気が蔓延していた。【位相連結ゲート】の露見に配慮したんだろう。


 ゆえに、尋ねたんだ。すぐに奴隷商店へ向かえるかと。


 部下は即応した。


「ご案内いたします」


 先導を任せて路地を進む。転移先は近場だったようで、約五分で目的地に到着した。


 ホアカ奴隷商店は中堅程度か。店舗の規模はそれほど大きくないものの、外観はキレイに整っている。業務内容は腐ったミカンみたいなところだが。


 奴隷商店を軽く見渡してから、オレは口を開く。


「これより先は、オレ一人で行動する」


「しかし――」


「彼女の状態は知ってるんだろう? なら、分かるはずだ」


「…………承知いたしました」


 こちらの身を案じた部下は反論しようとするが、先んじて潰す。オレの探していた彼女の境遇を考えると、“部下を引き連れる”という行為は、あまり得策ではないんだ。


 向こうもそれは・・・理解しており、渋々といった様子で承服した。


「周辺の警戒を頼む」


 オレはそれだけ命じておき、悠然と奴隷商店の扉を開いた。

 

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