Chapter2-3 魔法の教師(4)

 面会より数日間は、日常業務に加えて伯爵を保有地に帰したり、カーティスの調査だったりで多忙を極めていた。


 本当に疲れた。特に、伯爵の突拍子もない行動には振り回されっぱなしで、心臓がいくつあっても足りないくらいだった。色々と協力してくれた部下たちには、特別手当を払おう。通常の給与では割に合わないと思う、これは。


 何はともあれ。一時の平和が戻った領城では、ようやく魔法の授業が開始された。オレたち三兄妹とカーティスが、中庭の中央に揃っている。


「これより魔法の講義を始めたいと思います。カロラインさん、オルカさん、よろしくお願いしますね」


「「……よろしくお願いします」」


 ナチュラルにオレの名を省いたせいで、二人は無視を決め込もうとしていた。オレが視線で促したから良いものの、少しは空気を読む技術を磨いてほしい。弟妹たちがオレを慕っているのは、事前の調査で把握できているだろうに。信用を得るつもりあるのか、こいつ。


 スパイにしては自己主張が強すぎないか? そう疑念を抱きつつ、オレはカーティスの講義に耳を傾ける。


 何だかんだ言って、宮廷魔法師を拝命するほどのエリートが、どうやって魔法を教えるのか興味があったんだ。無属性という地雷を抱えているせいで、オレの魔法習得の大半は試行錯誤の末の独学だった。オレは無理でも、カロンたちには何か得るものがあるかもしれない。


 カーティスは重くなった場の空気を気にも留めず、早速語り始めた。


「すでに中級まで扱えるお二人はご存じかとは思いますが、魔法とは【吸収アブソーブ】、【変換カラーリング】、【設計デザイン】、【放出リリース】、【現出クリエイト】の五工程をこなして発現する術理を指します。【現出】をせずに魔法を名乗る不届きな代物もございますが、正確にはアレを魔法とは呼称いたしません」


 ……言っていることは正しいんだけど、真面目に空気を読めと物申したい。彼が無属性魔法オレの適性けなすから、ただでさえ重苦しかった空気が、よりいっそう張りつめてしまった。オレが抑えていなかったら、今頃、二人は攻撃を仕掛けているぞ。勘弁してほしい。


 やはりと言うべきか、カーティスは一切気にした様子なく続ける。


「【吸収】、【変換】、【放出】、【現出】は、生まれながらにして身についている技術ゆえに、特別説明することはありません。魔法において重要なのは【設計】です。発動したい魔法を、どれだけ詳細にイメージできるか。これが魔法の完成度に直結します」


「「「……」」」


 オレは、眉根を寄せそうになるのを必死に堪えた。おそらく、他の二人も同様だろう。


 確かに、魔法の発動における最重要項目は【設計】だ。しかし、だからといって、他の四工程をないがしろにして良いはずはない。修練せずとも扱える技術ではあるけど、技量を向上させられないわけではないんだから。


 とはいえ、これは一般的な教えでも同じ見解なんだ。どういうわけか、オレの独学と乖離しているんだよ。何が原因だろうか?


 もしかすると、【設計】以外の技術力向上は、魔法の完成度向上に目に見えた結果をもたらさない・・・・・・からか? 最初は“優先度が低い”という評価だったのに、時代とともに“必要ない”と変わってしまった可能性はある。


 今後、時間に余裕がある時にでも、調べてみても良いかもしれないな。


「つまり、魔法は何よりもイメージが大切というわけです。よって、座学は程々に、実技を主体でお教えしていきます。私は光と闇以外の四属性が扱えますので、存分に私の発動する魔法を観察してくださいね」


 カーティスは自信満々に締めくくった。


 対し、オレたちは微妙な表情を浮かべている。


 一般的な魔法訓練は見稽古が主体だとは知っていたが、あまりにも簡潔な説明に呆れてしまったんだ。先の五工程の重要性といい、さして特別なことは語っていない。宮廷魔法師が教師を務めると聞いて、些か期待しすぎていたようだ。


 ちなみに、オレたち三人が行っている訓練は、座学と瞑想が八割を占める。座学によって自然法則の知識を身につけてイメージの補完にし、瞑想によって【設計】と【現出】以外の効率上昇を図る。これが、オレが独自の研究で見出した合理的な魔法訓練の内容だった。


 まさに対極である。オレの訓練が理論で攻めるのに対し、一般的な訓練は感覚に訴えるものだ。


 どちらが最善なのかは……人に依るのかねぇ。座学が苦手な人間なら、一般の方が効果的だろう。ただ、多くのニーズに応えられるのは、オレの方な気はする。少なくとも、オレたち三人は理論武装が肌に合っていた。


 呆然とするオレらを置き去りにし、カーティスは見稽古を開始してしまう。


「まずは火魔法からお見せしましょう。【フレアランス】!」


 発動句を唱えると同時。彼の掲げた手の先に、直径三メートルほどの炎槍が生まれる。轟々と燃え盛るそれは、宙に待機しているだけでも、周囲の芝を焦がしていた。


 宮廷魔法師を拝命しているだけあって、淀みない魔力操作だ。発動速度はそこそこ・・・・早いし、威力もそれなり・・・・に高い。


 だが――


「……お兄さま」


「ゼクスにぃ


「分かってるよ」


 カロンとオルカの憐れみを含んだ声に、オレは即座に首を横に振った。


 二人の言いたいことは理解している。『えっ、彼の【フレアランス】、弱すぎ』である。


 表現こそ遊んだが、内容はガチだ。カーティスの放った魔法は、カロンの同魔法よりも僅かばかりしか強くない。天下の宮廷魔法師が、七歳児とほぼ同レベルなんだ。


 オレとしては、もありなんという感想を抱いている。


 ゲーム知識から照合して、ある程度のカーティスの――宮廷魔法師の実力は目安がついていた。この世界の魔法師にとってカーティスは相当の実力者であり、現時点で同格のカロンやオルカが異常なんだ。


 これも、オレが課している修行の成果だった。オレほど無茶はさせていないけど、二人にはハイレベルの訓練を受けさせている。元の才能も相まって、魔法の腕が抜きんでるのは当然の結果だった。


 カロンとオルカが驚いているのは、その辺の実力差を伝えていないから。下手に教えたせいで、調子に乗ってしまう可能性を考慮したのである。ほとんど万が一に備えたものだったが。


 オレたちが視線で会話を交わしている間に、カーティスは中級土魔法の実演も行っていた。こちらも、先の火魔法とドッコイだった。


「さぁ、次はキミたちの番だ。私の見せた魔法をイメージし、発動してみてくれ。……嗚呼、キミは無属性だから見学だ。本当の魔法を間近で目撃できることを、誇りに思うがいい」


 オレへ嘲笑混じりの発言をするカーティスだったが、その姿は酷く滑稽に映った。その阿呆さを本人が自覚していないのは、幸いと言って良いところか悩ましい。


 まぁ、お陰でカロンたちの憤懣ふんまんも収まったし、良しとしよう。


 それから、カロンとオルカは良い具合に手加減し、これといった騒動なく初回の授業は終わった。


 残念ながら学べる知識はなかったけど、オレたちの強さの立ち位置を、カロンたちが認識できたのは収穫だったと思う。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る