Chapter2-3 魔法の教師(3)

 お昼すぎ、面会の時間となった。すでにくだんの宮廷魔法師は応接室で待機しており、その部屋の前にはオレたち三兄妹とシオンが揃っている。


「あの人は、約束の時間さえも守れないのですか」


 カロンが眉根を寄せた険しい表情で、そう口にした。


 “あの人”とは、無論伯爵を指している。カロンが他人を悪く語るのは非常に珍しいことだった。オルカとシオンは、些か驚いた表情で彼女を見ている。


 オレだけはもありなんと息を吐いていた。伯爵との対話を拒否した経緯より察してはいたが、カロンは幼少期にほとんど構われなかったことを根に持っているらしい。たぶん、親の責務を放棄したとでも考えているんだろう。


 実際、放棄していたも同然なので、彼女の憤りは正当性のあるものだ。だから、その怒りが良くない方向に進まない限り、とやかく指摘するつもりはない。


 とはいえ、現状では看過できなかった。


「カロン」


「ッ!? 申しわけございません、お兄さまッ」


 オレが名前を呼ぶと、カロンは肩を震わせて謝罪してきた。


 ……いや、まだ何も言っていないんだけど、何を注意しようとしていたのか理解しているのか?


 その辺を問い質すと、彼女はコクコクと首を縦に振った。


「も、もちろんです。お客さまが近くにおられる状況で、今のは失言でした。以後、気をつけます」


「うん。反省してるなら構わないよ」


 心配はいらなかったようだ。ちゃんと自分で気づけたのなら、必要以上に説教しなくても良いだろう。


 しかし、前から感じていたんだけど、カロンもオルカも、オレが説教する雰囲気を敏感に察知しているみたいだった。注意しようと声をかける度に、二人ともビクリと挙動不審になる。


 ……そんなにオレって怖いのかな? 怒鳴っているわけでも、笑顔で威圧しているわけでもない。ダメな点を分かりやすく説明することが大半なんだが。


 少し説教の仕方を見直すべきかな、なんて考えていると、ようやく待ち人が姿を現した。


「ふむ、全員揃っているようだな。感心感心」


 一同を見渡して、満足そうに頷く伯爵。


 遅刻してきた人間の口にする言葉でないとは思うが、落ち着けカロン。そんな鋭い眼光を彼へ向けてはいかんよ。キミは今やレベル37なんだから、一般人の域を出ない伯爵は一発で気絶してしまう。


 幸い伯爵はカロンの視線に気づいていないので、彼女を落ち着かせるよう背中をポンポンと叩いた。


 オレの忠告を聞き入れる理性は残っていた模様で、カロンは小さく息を吐いて目を伏せた。


 彼女の伯爵嫌いは想定以上だと嘆息しつつ、オレは伯爵へ声をかける。このまま放置すると、彼は余計なセリフを吐きそうだったから。


「父上。時間をすぎていますし、中へ入りましょう」


「そうだな。先方を待たせるのは失礼にあたるか」


「……」


 どうどう。気持ちは分かるし、あとで愚痴は聞くから、今は大人しくしてくれよ、カロン。


「ゼクスにぃ


 伯爵が部屋に入ろうとしている時、背後についたオルカが呟く。その声音は、呆れと不安が混じったものだった。


 この短い期間で伯爵の人柄を掴めたんだろう。彼の心情は痛いほど理解できた。


 オレは苦笑いを浮かべながら、大丈夫と短く返す。


 オレに信頼を寄せてくれているオルカは、それだけで安心した風な表情になった。この信頼を裏切らないよう、頑張らなくてはいけないな。


 気持ちを引き締め、先頭を行く伯爵の後に続く。


 しかし、その決心を瞬時に吹き飛ばす衝撃的な光景が、応接室には存在した。


「お待たせして申しわけない。私がドラマガル・ヴァンセッド・サン・フォラナーダ伯爵だ」


「いえいえ。こちらこそ、私のためにお時間をいただき、感謝いたします。私はカーティス・フォルテス・ユ・タン・サウェードと申します。サウェード子爵家の長男にして、宮廷魔法師の末席を汚させていただいている若輩者です。本日は、よろしくお願いします」


「うむ、よろしく頼む」


 伯爵と笑顔で握手を交わす、宮廷魔法師を名乗る者。それを認めたオレは、警戒を限界まで引き上げざるを得なかった。何故なら、奴のほぼ全身は【偽装】で固めていたんだから。








 カーティス・フォルテス・ユ・タン・サウェード、二十歳。サウェード子爵家の嫡男で、学園を卒業と同時に宮廷魔法師を拝命した天才。魔法の才だけではなく、その他の方面でも優秀な成績を残しており、現役の魔法師の中では一番の有望株だと名高い男。


 また、容姿も整っており、青磁せいじ色の髪と赭色しゃしょくの瞳を湛えた、爽やか系のイケメンだ。コミュニケーション能力の高さも相まって、同僚の皆より好かれているらしい。


 これらは事前調査で集められた情報だった。調査書にも、非の打ち所がない好青年だと総評されている。


 ゆえに、領城の皆はまともそうな人材が派遣されると安心していた。


 だが、オレは違った。知っていたんだ、この内容が表の顔に過ぎないことを。


 そう。カーティスは、ゲームの聖女サイド――第二王子ルートにて登場する敵役だった。


 実のところ、彼は極端な実力主義思想の持ち主だ。王城に務めるようなエリートには人当たりも良いんだが、少しでも格下の人物には冷徹な顔を見せる。それは苛烈な虐待を行うほどの強烈さ。


 最悪の人選だった。王宮側は顔の良さと魔法の腕、そしてカロンとの歳の近さに重きを置いて選んだんだろうけど、よくもまぁ、こんな唾棄すべき人物を選んだものだ。


 せっかく他者を慈しめる優しい子に育ったのに、カーティスなんてクソ野郎と関わったら妙な影響を受けてしまう。それだけは回避せねばならなかった。


 だからこそ、彼が着任するまでの間に、色々と手を回した。授業以外の時間は接触機会を持たないようスケジュールを組んだり、決して彼らを二人きりにしないよう使用人たちに厳命したり、万が一に備えてカーティスの悪行の証拠を集めたり。とにかく、徹底して準備を進めた。


 そうして、万全の状態で彼を迎え入れたと確信していた。


 ――というのに、実際に訪れたのは、髪と瞳以外を【偽装】で固めた不審者だった。


 こんな不意打ちがあるだろうか? 完全に、オレの想定を超えた事態だった。


 ただ、目前の人物が偽物のカーティスだとは断じられない。何せ、この世界で【偽装】を見破れる人物は少ないんだ。オレが冒険者シスに化けているように、何者かの宮廷魔法師としての姿がカーティスである可能性は否定できなかった。


 ……こんなことなら、事前にオレだけでも面会しておけば良かった。


 後悔先に立たず。下手に怪しまれないため、カーティスとの接触を控えていたことが裏目に出てしまった。前もって【偽装】のことを知っていれば、もっと別の準備を整えられたというのに。


 とはいえ、起きてしまったものは仕方がない。今は、現状での最善を選ぶしかないんだ。


 オレは、オレと同様に驚愕しているカロン、オルカ、シオンへ目配せし、落ち着けと合図する。精神魔法の方が手っ取り早いが、【偽装】を使える以上、何かしら察知される危険があったので、使用は控えた。


 少し時間はかかったが、何とか三人は気を取り直す。多少不自然だったかもしれないが、まだ言いわけの利く範疇だと思う。


 シオン以外の各々が自己紹介を終え、ソファに座る。伯爵とカーティスが対面同士に座り、伯爵の隣にオレ、カロン、オルカの順で着席した。


 当たり障りのない雑談より会話を始め、いくらか経過したところで、本題である魔法の授業に関する話題へ突入する。


「それでは、授業の内容を決めたいので、いくつか質問をさせてください」


「「「はい」」」


 オレたち三人が返事をしたのを認め、カーティスは続ける。


「まずは、自身の放てる最大火力の魔法を教えてください」


「中級火魔法の【爆炎】です」


「中級土魔法の【ストーンスパイク】です」


「無属性なので、火力ある魔法は扱えません」


 カロン、オルカ、オレの順番で答える。


 当然ながら、回答した内容は嘘っぱちだ。オレは例外として、カロンやオルカはすでに・・・上級魔法を二、三個マスターしている。


「カロンさんは光魔法を発現させたらしいですが、現状ではいくつの魔法が扱えますか?」


「【光球】、【治癒ヒール】、【体力増強タフネス】、【広域治癒エリアヒール】の四つです」


「なるほど……」


 これも嘘。四つどころか、その三倍以上の魔法を覚えている。


 その後もカロンとオルカは質問を受けたが、すべて本来より低い実力で申告した。ちなみに、オレへの質問は一切なかった。ついでに、視線もまったく合わなかった。


 ここまでの様子を見ると、オレの知るカーティスそのものに思える。まぁ、スパイする気なら、まずは信用を勝ち得るために、真面目に働くだろうが。


 【偽装】の件を除けば、これといって波乱を生むことはなく、面会は終了した。オレたちは伯爵やカーティスたちと別れ、今後のスケジュールに沿って行動を開始する。


 一応、弟妹たちにはカーティスとの接触を避けるよう念を押しておく。


 カーティスに関する新たな問題が浮上してしまった。当分は、彼の調査で忙しくなりそうだ。


 オレは内心で溜息を吐きつつ、執務室へ急ぐのだった。

 

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