Chapter2-1 師匠(2)

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「婚約者の話でございますよ、ゼクスさま」


「…………あー」


 ダニエルの言葉に、オレは一瞬だけ呆然としてしまった。その後、何とか言葉を絞り出したものの、気の抜けた声になってしまった。


 オレは眉間を指で揉み解しつつ、再度口を開く。


「そう、だったな。九令式くれいしきを超えたら、婚約者を決めなくちゃいけないのか」


 九令式は大人の第一歩。大人への道を歩みだすということは、貴族にとって大事な義務を果たす準備も始めなくてはいけない。つまりは後継の用意。ひいては配偶者の用意である。


 聖王国の貴族は、九令式の後に婚約者の募集を行い、一年以内に決定する風習があった。


「その通りでございます」


 小気味良く頷く彼の態度が何となく楽しそうで、少し恨めしく思う。


 まぁ、実際に楽しいのだろう。


 彼から見てオレは上司だが、孫ほど年齢の離れた子どもでもある。そんなオレの結婚相手を選ぶのは、孫の結婚相手を選ぶのと同じ感覚なのかもしれないな。


 しかし、婚約者か。貴族の定番ではあるけど、自分の身に降りかかると、何とも言えない複雑な気分になる。


 言っておくと、オレは政略結婚に否定的な意見はない。世の中の恋愛主義者は『個人の自由がー』なんて主張するけど、結婚イコール恋愛の終着点ではないんだ。結婚というツールを使うものの一つに恋愛があるだけ。そも、イマドキは恋愛したからって結婚するとも限らないし。


 それに、政略結婚だからって、恋愛できないわけではない。結婚してから相手を好きになっていくのも、大いにアリだと思う。


 そういう主観を持っているため、オレは婚約に対しては悲観的ではなかった。


 では、どうして複雑な気分かと言えば――


「オレに婚約を申し込む令嬢なんているか?」


 相手がいない、という一点につきた。


 思い出してほしい、オレの魔法適性を。


 無属性なんだ。世間では、無能やら色抜けやら蔑まれている人間なんだ。そんな男の元へ娘を送り出してくれる親御はいないだろう。


 貴族視点で見ても、うま味は少ない。後継に無属性の血が混じってしまうし、他家より見たら、オレがフォラナーダの家督を継ぐかどうか不透明――いや、優秀な妹が存在する分、可能性は低いと判断されていることだろう。いくら女領主の前例が少なくとも、オレとカロンの適性の差は大きすぎた。


 実際はオレがフォラナーダの実権を握っているんだが、その情報は外に漏らさないよう厳重に守っている。


 要するに、オレは結婚相手としての魅力に欠けていた。自分で言っていて悲しいが、紛れもない事実だった。


「「「「「……」」」」」


 オレの言葉を受け、執務室に深い沈黙が訪れる。


 部下たちも全員、オレの立ち位置に関して理解しているみたいだ。


 良かった良かった。ここで素っ頓狂なことを発言するようだったら、問答無用でクビにするところだったよ。


 ダニエルが、振り絞るように声を上げる。


「ゼクスさまの実力を――」


「却下」


 彼が言い切る前に断言する。


 どうせ、オレにまつわる情報を公開しようとか言うつもりだったんだろう。


 だが、それはダメだ。未だカロンの名声は落ち着いておらず、刺客の類が後を絶たなかった。そんな状況で、さらに敵を生む行動を起こすわけにはいかない。


 最低でも、残り二年ほどは様子を見るべきだ。婚約者決定には間に合わないけど、こればかりは仕方ない。


 沈痛な面持ちの彼に、オレは肩を竦める。


「別に婚約者が決まらなくてもいいさ。結婚相手は、学園生活の間にでも決めればいい」


 すべての貴族が、九令式の後に婚約者を決められるわけではない。国内すべての子どもが集まる学園にて、結婚相手を探す者も存在した。


「ですが、それではゼクスさまの名に傷がっ」


「確かに、伯爵子息なのに婚約者がいないとなれば、オレ個人に問題があると思われる。でも、そんなの今さらさ。だって、オレは無属性なんだから」


 無属性である時点で、オレの名声は地に落ちている。今さら、婚約者がいない程度では下がりやしない。


 落胆するダニエルへ、オレは優しく声をかける。


「まぁ、申し込みが絶対にないとは言えないし、婚約者に関しては様子見しよう。まだ、一年以上も猶予はあるんだ」


「……承知いたしました」


 希望的観測であることは、彼も重々承知しているだろう。それでも、オレの意思を尊重して追及はしなかった。本当に優秀な部下たちだよ。


 相談が終わり、場に重い空気が流れる。先に話していた内容が内容だけに、なかなか払拭できない雰囲気だった。


 しかし、それはすぐに終わる。


 救世主の如く、部屋にノックの音が響いた。


 入室を促すと、その者は元気良く姿を現す。


「お兄さま!」


 はたして来訪者の正体は、妹のカロンだった。腰まで届く金の御髪は、一本一本が解れなく艶やか。白磁の肌に乗る目鼻立ちは、まだ幼いながらも美しく整っている。我が天使は、今日も変わらず愛らしかった。


 カロンは、クリクリした紅目を喜色で細め、オレに向かって駆け寄ってくる。オレはその場より立ち上がり、彼女の抱擁を受け入れた。


 ギュッと抱き着いてくるカロンは愛おしくて仕方ないが、急にどうしたんだろうか? ハグは毎度のことだけど、脈略もないのは珍しい。


 首を傾ぎ、問うた。


「どうしたんだ、カロン?」


 彼女は、オレの首元に顔を埋めながら答える。


「これから教会に参るのです。ですから、こうしてお兄さま成分を吸収しています」


「嗚呼」


 オレは納得した。


 カロンは先の内乱により、名声を高めた。無辜の平民たちを光魔法で救ったと、慈悲深い聖女さまだと広まったんだ。


 そのせいで様々な厄介ごとも舞い込んできたわけで……。その一つが教会からの協力要請である。


 教会とは、聖王国が信仰する宗教をまとめる組織を指す。国民すべてに洗礼名を与える役割を担ったり、ケガ人や病人を治癒する治療院の管理も行っている。


 一応言っておくと、創作定番の権威欲に染まった集団ではない。現在の教会は、純然たる宗教団体で間違いなかった。


 ……まぁ、純然たる宗教団体が“正義”とは限らないわけだが、今は置いておく。


 教会は、カロンに何を協力してほしいかといえば、治療院の仕事の手伝いである。


 かの施設は、毎日多くの患者が訪れるので、慢性的に人手不足なのだ。そこに回復魔法を扱えるカロンが加われば、まさに天の助けとなるだろう。


 ちなみに、この世界の治療は、前世の医療と大差ない。抗生物質等はさすがにないが、薬物による対処療法や手術などの外科的な治療が主になる。


 まぁ、水魔法や火魔法で代謝を促進させたりはするけど、他のファンタジー作品のように、ポーションや魔法にて一瞬で完治とはいかない。


 閑話休題。


 大量の患者を相手にするため厄介ごとなのかと問われると、実はそうではない。ケガ人や病人を治療すること自体は、カロンはむしろ乗り気だった。多くの人を助けたいと積極的に行動しているくらいである。


 問題は、教会の方にあった。かの組織はオレのことを敵視しているんだ。


 以前、宗教の派閥に一神派と多神派が存在すると語ったと思う。それよりは小規模にはなるけど、教会の一部には『魔法適性は神の加護である』と考える連中がいた。


 あとはお分かりだろう。そいつらに言わせると、無属性のオレは神に見捨てられた人間となるわけだ。しかも、そういう輩に限って、フォラナーダの教会に多いときた。

 光の適性を持つカロンがいるお陰で、教会がフォラナーダより撤退するなんて最悪な状況は回避できている。だが、カロンがいなくなれば、すぐさま荷物をまとめているに違いない。それだけ、オレは教会から目の敵にされていた。


 これは憶測にすぎないけど、たぶんオレの洗礼名『レヴィト』は、魔女レヴィアタンから拝借しているよな。


 表向きは勇者リヴィエト由来となっているけど、あの教会の態度を考慮すると、魔女由来の方がしっくりくる。下手にケンカを売りたくないので、余計なことは口にしないけど。


 話を戻そう。


 カロンが言うには、彼女が手伝いに来る度に、教会の連中はオレの悪口を言いまくるらしい。加えて、彼女が決起する時は協力を惜しまないとも。謀反をそそのかすとか、あいつらの正気を疑いたくなる。


 ブラコンのカロンにとって、オレの悪口を聞かされる環境は多大なストレスになる。ゆえに、こうして出発前には思いっきりハグをしてくるんだ。


 協力を拒否しても良いとは提案しているんだけど、患者を見捨てるわけにはいかないと我慢しているんだよな。本当にカロンは天使だと思う。


 たっぷり十分の抱擁を終え、オレたちは体を離した。名残惜しくはあるが、制限を設けないと際限がなくなってしまう。我慢だ、我慢。


「やっと終わった。ゼクスにぃ、今日はボクもカロンちゃんについてくからね」


 すると、鈴の転がるような声が聞こえてくる。


 見れば、カロンの背後に一人の少女――否、少年が立っていた。赤茶のショートヘアの頭頂部には、狐に似た耳が生えている。


 美少女と見紛う彼の名前はオルカ。訳あってフォラナーダに養子入りしたオレの義弟だ。無論、彼もオレの大事な家族の一人である。


「手伝いか? 無理せず頑張ってな」


「うん!」


 オレが頭をワシャワシャ撫でると、オルカは嬉しそうに目を細める。尻尾もブンブンと左右に揺れていた。


 ここまで喜んでくれると撫で甲斐があるというもの。でも、我慢して止めないといけない。カロンとのハグと同じで、いつまでも続けてしまうから。


 断腸の思いで手を退かし、オレは二人へ頬笑んだ。


「二人とも、気をつけて行ってきなさい」


「「いってきます!」」


 異口同音に、明快な声が響く。


 今日も、オレの弟妹は最高に可愛かった。

 

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