Chapter2-1 師匠(1)
本日より二章開幕です。引き続き、よろしくお願いします。
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春。聖王国北東地方で発生した内乱より八ヶ月。オレ、ゼクスは八歳を迎えた。
前世でいう小学二年生の頃合いだが、これといって大きな変化はない。無属性の証明である白髪薄紫眼は相変わらずだし、体格もまだまだ未熟。少し顔立ちがハッキリしてきたかな? と思わなくもないけど、心なし程度のものだった。
現在、オレは書類仕事を進めている。昨日は、妹のカロンたちが催してくれた身内だけのパーティーに参加したため、若干仕事が溜まっていたんだ。
部下たちは優秀なので、ほんの僅かに量が増えただけだけど、残業は嫌だから手早く終わらせるつもりだ。カロンと遊ぶ時間もなくなってしまうし。
カリカリとペンを走らせていると、家令を務める初老の男、セワスチャンが入室してきた。彼は人事関連を主な生業にしているため、何らかの報告に訪れたのだろう。
オレの前に立った彼は、一礼した後に言葉を発した。
「お忙しいところを失礼いたします。少々お時間をいただけますでしょうか、ゼクスさま」
「構わないよ。どうかしたか?」
オレはペンを止め、セワスチャンの方を見た。
彼は特段変わりない様子だから、問題が起こったわけではなさそうだった。
「二点ございます。まずはじめに、以前より募集していました、魔法の教師が決まりました」
「やっと決まったか」
冒険者を始めた辺りより探していたから、実に一年近くかかったか。
これほど時間を要したのは、明確な原因があった。それはビャクダイでの内乱介入である。
というのも、カロンたちの名声が高まりすぎて、どの魔法師も教師役を担うことへ気後れしてしまったんだ。何かあった時に責任が取れない、と。
外聞を考えると教師を雇わないわけにもいかず、これまで募集をし続けていたんだ。
「誰になったんだ?」
オレが問うと、セワスチャンは珍しく
彼はおもむろに言う。
「宮廷魔法師の若手のエースと聞いております」
「は?」
今、何て言った?
「宮廷魔法師と聞こえたんだが……聞き間違いだろうか? いや、聞き間違いだと言ってくれ」
オレが頭を抱えて尋ねると、セワスチャンは無念そうに
「残念ながら、聞き間違いではございません。宮廷魔法師の一人が教師を務めてくださると、王宮側より打診がありました」
「……断れねぇ」
思わず口調が崩れる。
王宮から打診? そんな提案されたら、伯爵風情が蹴れるわけがない。
完全にカロンへ取り入る気満々だ。若手のエースらしいし、きっと見栄えの良い男でも送りつけてくるはず。ついでに、フォラナーダの内部情報でも抜き取る算段か。
シオンがスパイとして機能していないことを、悟られている可能性も出てきたな。王宮側へのアプローチは、慎重を期さないといけない。
オレは溜息を堪え、セワスチャンへ指示を出す。
「受け入れる方向で話を進めてくれ」
「承知いたしました。時期は秋頃になるかと。使用人たちへ、たぶらかされないよう警戒を呼びかけ、準備を進めて参ります」
「そうしてくれ」
セワスチャンも状況を理解してくれている。完璧に防げるとは思わないが、注意喚起は大切なことだった。
話が一段落し、やや間を置いてから、彼は二つ目の報告をする。
「次のご報告に移ります。お誕生日の翌日に申し上げるのは、
「もう準備を始めないといけないのか」
セワスチャンに言われ、オレは「嗚呼」と得心の息を漏らす。
九令式とは、この世界特有の祝祭で、子どもが九歳を迎えたことを祝うものだった。
実は、この世界の人種の成長度合いは、前世の人間とは異なる。幼少期は
そんなわけで、九歳は大人に踏み出す境目の年齢であり、特別な歳と扱われていた。だからこそ、九令式という形で周りの大人たちが祝うんだ。前世で例えると、七五三が近いかもしれない。
貴族ともなれば、九令式には大々的なパーティーを行わなくてはいけない。隣領や同じ派閥の貴族たちへ招待状を出し、それはもう豪勢に開催するんだ。
元日本人の感性的には質素で良いと考えてしまうんだけど、貴族の面子的に不可能。潔く諦めるしかなかった。
「招待する相手の選別やらは内務と外務の仕事だから……セワスチャンは何を相談しに来たんだ?」
「どういった式にするかの
「式はシンプルでいいよ。これといって、こだわりはない。臨時雇用については、セワスチャンの裁量に任せる。一応、諜報部に身元の確認はさせるけど」
「承知いたしました。では、九令式はオーソドックスなものを想定して、準備を進めますね」
「うん、頼むよ」
手短に用件は終わる。
とはいっても、今回で相談が終わったわけではなく、今後何回も話をすり合わせていくことになる。何せ、まだ一年も先の話。現時点ですべては決められない。
セワスチャンが執務室を出ようとしたところ、同室で仕事をしていた部下の一人が声を上げた。それは外務担当の者、ダニエルだった。
「ゼクスさま。ちょうど九令式が話題に
オレは首を傾ぐ。
彼のことは、よく知っている。フォラナーダに務めて長い人材で、
そんな彼が若輩のオレに相談とは珍しい。
「構わないけど……このタイミングってことは、セワスチャンにも共有してほしい話か?」
「はい。のちのち、セワスチャン殿にもお伺いをお立てする内容になります」
「そうか。セワスチャン、まだ残ってくれ」
「承知いたしました」
扉に手をかけていたセワスチャンは、慇懃な態度でオレの前へと戻った。
また、先に口を開いていたダニエルも、彼の隣に並ぶ。
「で、オレとセワスチャンに相談したいこととは? 他の面々がいる中で話しても大丈夫な話か?」
この執務室には、数名の部下が集まって仕事をしている。何らかの不備が発生した際、すぐに手配を回せるよう、常に複数人を動員しているんだ。
外務の仕事には、繊細な情報が回ることは多々ある。場合によっては、人払いをする必要があった。
ただ、オレの配慮は要らぬものだったらしい。ダニエルは首を横に振った。
「ご心配には及びません。むしろ、多くの方の意見を得られた方が良いでしょう。無論、身内に限りますが」
「ふーん。九令式関係で多くの者の意見が欲しい話、か。あまりピンとこないな。結局、何の相談なんだ?」
「婚約者の話でございますよ、ゼクスさま」
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