Chapter2-1 師匠(3)

 弟妹たちの愛おしい姿で保養したお陰か、オレの担当する執務が半日で終わってしまった。午後が丸々空いてしまったので、久方ぶりに街の散策をすることにした。


 普段は城で仕事か冒険者の依頼。街に出たとしても、カロンやオルカと一緒に、ダンたちと遊んでいる。意外と、城下町を見回る機会は少なかった。


 ついでにカロンたちの様子も窺えるし、ちょうど良いアイディアではなかろうか。


 シオンをお供につけようか迷ったが、今回は一人で歩こう。たまには、一人の空気を味わっても良いだろう。


 早速、【偽装】で姿を変えて散策へ赴いた。


 フォラナーダ城下のすべての大通りは、レンガで舗装されている。これはオレが推し進めた政策で、つい最近になって施工が終了したんだ。予算的にオレの成人後にはなるだろうが、ゆくゆくは領内の主要道路にまで広げていきたい。


 確かな足場を踏み鳴らし、オレは街の中央を抜ける商店街を通る。


 街一番の大通りとあって、たくさんの人でにぎわっていた。そこかしこで商売の声が聞こえ、いくつもの馬車が走り去っていく。人々の豊かな活力が、しかと伝わってきた。


 ときどき、こうして街を歩くべきかもしれないな。オレの治世がどう街に影響しているのか、直に感じられる。舗装事業は見たところ成功だけど、他のモノが同様に上手くいく保証はないのだし。


 領内の視察を思案しながら、オレはそのまま街を練り歩いた。大まかな道路を中心に、路地裏へも顔を出してみる。


 時折、ボロボロの人を見かけた。おそらく、職を失った者らだろう。


 これはオレの不徳のいたすところだ。福祉系の施策は、まだ十全と言い難い。封建社会に適応できる法整備が、なかなか進展しないんだよ。彼らには悪いが、現状は耐えてもらうしかない。


 そうだ。教会へ寄付をして、炊き出しを定期的に行わせるのも良いか。カロンより言伝すれば、きっと二つ返事で了承してくれるはず。


 無論、カロンたちの様子を見に、教会へも顔を出した。患者たちに優しく声をかけているカロンや、タオルや包帯を抱えて元気に駆け回るオルカを拝見できた。教会の者に話しかけられて眉をひそめている場面もあったが、よく頑張っていたと思う。何か、ご褒美を検討しておこう。


 城下町を端から端へと歩けば、あっという間に時間は過ぎ去っていく。気がつけば、空は赤を超えて紫に変化していた。カラスの鳴き声が哀愁を誘う、逢魔おうまが時である。


 周囲より漂う食事の匂いから今夜の夕餉ゆうげを想像しつつ、人の少なくなった道を進む。


 それは、何気ない帰宅時間のはずだった。


 しかし、とある存在を目撃したことで、事態は一変する。それこそ、天と地が引っくり返るほどの驚愕と共に。


 それ・・は、ごく自然にオレとすれ違っただけだった。


 だが、オレの目は、確かに捉えてしまったんだ。一定以上の力量を持つ者には自動発動するよう改良した【鑑定】が、それ・・に反応してしまったんだ。


 オレの脳内に反映される【鑑定】の結果。そこには、こう記されていた。




【名前:アカツキ・ヴェヌス / レベル:不明 / 詳細:不明】




 オレは自身の目を疑った。


 レベルが不明なのも、詳細が不明なのも、この際どうでも良い。問題なのは相手の名前だった。その名前は――。


 驚愕のあまり棒立ちになってしまっていると、それ・・――否、その男、アカツキ・ヴェヌスがこちらへ振り向いた。


 途端、オレは彼の姿を正しく認識してしまう。


 肩まで届く白髪に純黒の瞳。まるでおとぎ話から飛び出してきたと思わせる端麗な顔立ち。今まで周囲に溶け込んでいたのが不自然なほど、アカツキの容姿は際立っていた。


 オレとアカツキの視線が交差する。


 次の瞬間、オレは逃亡した。脱兎の如く、なりふり構わず逃げた。【身体強化】を全力で施し、【位相隠しカバーテクスチャ】で気配を完全に消し。できる限りの手段を使って遁走とんそうする。


 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!?!?!?!?!?


 オレの頭の中は、その一言しか浮かばない。それ以外の言葉が当てはまらないくらい、あの男はヤバイんだ。


 そも、こんな場所で出会って良い存在ではない。それはもう、RPGの序盤の村で裏ボスと遭遇するくらいのあり得なさ。


 ――そう、裏ボスだ。あの男は裏ボスなんだ。


 『東西の勇聖記』というゲームには、やり込み要素が当然ながら存在した。その一つが裏ボス。専用の構築と緻密なタイムテーブルで攻略に臨まないと、たとえ味方ユニットが全員レベルMAXでも全滅する鬼畜仕様の敵。


 名をアカツキ・ヴェヌス。神の遣いとして世界に降臨しながら、神の意志に逆らって堕天した世界最強の生物。すべての魔法を扱い、すべての武術を網羅する規格外の存在。


 どう足掻いても、現時点で戦って良い相手ではないんだ。いや、戦力が揃っても戦いたい相手ではない。


 だのに、こうして遭遇してしまったのは神の采配か、運命の悪戯か。前者だった場合、オレは神殺しも辞さないぞ。


 というか、何でフォラナーダの領都にいるんだよ! あいつ、世界の果てで挑戦者を待っている設定だった気がするんだけど?


 オレが【鑑定】してしまったのは、向こうにバレているだろう。でなければ、あのタイミングで振り向くはずがないし、アカツキの姿が認識できるはずもない。あいつは、普段は認識阻害の魔法をまとっているんだから。


 ああ、もう、くそっ! 不意打ちすぎる! あいつが街中をうろついていると知っていたら、【鑑定】のオート機能なんて切っていたのにッ!


 心の中で悪態を吐くものの、時すでに遅し。全力で逃走を図っているが、オレは理解していた。アカツキより逃げ切るのは不可能だと。大魔王ならぬ裏ボスからは逃げられないんだ。


 もはや覚悟を決めるしかない。話し合いが可能なら、戦わずに済ませたいところだが、希望的観測は捨てておこう。


 フォラナーダの僻地。岩肌が丸出しの山間にて、オレは足を止めた。ここは採掘し尽くして今や無人となった鉱山跡で、領都より十キロメートル以上は離れている。戦闘が発生しても、カロンたちへの被害は最小限で済む……はず、たぶん。


 正直、裏ボスとの戦う状況なんて想定していなかったため、現実でどれくらいの規模になるか分からなかった。というより、勝てるわけがないので、どういう結末になるのかさえ判然としない。


 オレが立ち止まった数秒後。案の定、アカツキも目の前に現れた。全力疾走で息の上がるこちらとは対照的に、向こうは涼しい顔をしている。


 彼は物珍しそうにオレを観察し、それから次の瞬間には、オレの目前に立っていた。


「……」


 声も出ない。瞬き一つしていないのに、アカツキは挙動を悟らせずに移動していた。それすなわち、彼我の実力差が圧倒的だという証左である。


 相手はオレをジッと見つめている。興味深そうに「んー」と唸りながら、不躾な視線を向け続けた。


 隙だらけの状態に見えるが、オレは下手に動けなかった。先程と同じく一瞬で動かれては、どうしようもないからだ。


 頭痛と腹痛が酷い。彼が少しでも身じろぎをする度に、体がビクッと震えてしまう。緊張のしすぎで胃の中身を吐瀉としゃしそう……。


 どれくらい時間が経過しただろうか。彼は不意に喋り出した。


「いくつか質問があるから答えてほしいんだけど、問題ないかい?」

 

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