Interlude-Shion お買い物
「お兄さま、お買い物へ参りましょう!」
某日の昼下がり。ゼクスさまの執務を私――シオンがお手伝いしていたところ、妹君のカロラインさまが入室なさり、今の発言をなさった。
突然のことに、私とゼクスさまは思わず顔を見合わせてしまう。こういう時に息が合うのは、ずっと彼に
僅かな間を置いて、ゼクスさまは返す。
「分かったよ。今から商人を呼び寄せよう」
しかし、その答えはカロラインさまの望むものではなかったらしい。彼女は両腕を振って「違います!」と反発する。
「
「嗚呼、そういう……」
カロラインさまの意図を理解したゼクスさまは、少し気まずそうな声を漏らされた。
彼の内心の予想はつきます。妹君よりデートのお誘いを受けたのは嬉しいが、それを拒否しなくてはならなくて辛い。そのようなところだろう。
ゼクスさまの秘書業務をやらせていただいているので、彼が今日いっぱいは手を離せないことは把握している。どれも本日中に処理しなければならない重要な案件のため、先送りも難しいのだ。ゆえに、ゼクスさまはカロラインさまと一緒に出かけられない。
ゼクスさまは渋々といった様子で答える。
「すまない、カロン。今日は仕事があるんだ。せっかくの誘いはとっても嬉しいんだけど、一緒には行けないよ」
「そんな……」
カロラインさまは余程ショックだったのか、大きく顔を歪められた。
一回デートできないと言われたくらいで大袈裟な、と思わなくもないが、頭に”超”がいくつも付随するレベルのブラコンである彼女なので、納得の反応である。
そして、カロラインさまに負けず劣らずのシスコンであるゼクスさまも、彼女の反応を見て悲痛な表情を浮かべておられた。相変わらず、仲の良いご兄妹だ。
どこか他人事のように見守っていた私だったが、ここで思わぬ巻き込まれ方をしてしまう。
カロラインさまの悲しみを和らげようとでもしたのか、ゼクスさまは私の方へ振り向いて仰ったのだ。
「オレは行けないけど、シオンを連れて行くといい」
「へ?」
急な提案に、私は呆けてしまう。
それがいけなかった。そのような隙を生んでしまったがために、私が言葉を返すよりも早く、カロラインさまが口をお開きになってしまった。
「それは素晴らしい提案ですね!」
先程までの悲壮な表情を一転。瞳を輝かせるカロラインさま。
この流れはマズイと思い、私は辞退のセリフを口に出そうとするが――
「だろう? 今日の仕事はオレ一人でも大丈夫だから、シオンを連れて行ってくれ。たまには女性同士でのお出かけもいいと思う」
「そうですね。シオンとは、もっとお話をしてみたかったので楽しみです」
お二人は勝手に話を進展させてしまい、あっという間に私の同行が決定されてしまった。しかも、『もっとお話をしてみたかった』と満面の笑みで仰られてしまったら、もはや拒否のしようがない。純粋な好意を向けられ、私だって悪い気はしないのだ。
まぁ、貴族の方と二人きりの買い物というシチュエーションに、私の胃がキリキリと痛むだけ。涙を堪えて我慢しよう。
○●○●○●○●
私たちは早速、城下町へ向かった。カロラインさまは恒例の【偽装】を施しており、私も顔立ちを少し偽る。これにより、私たちの正体には誰も気がつかないだろう。
まず、婦人服店を訪ねた。平民の日用品というよりは、やや富裕層寄りの客を扱う場所だ。使用される生地や糸の質はそこそこ良く、デザインは大人しめながらも可愛いものが多い。
「わぁ、可愛らしい服飾が多いのですね。
店の品々を目にしたカロラインさまは、その愛らしい紅目――目の色は偽装していない――を輝かせた。
彼女がそう評価するのも理解できる。貴族令嬢の普段着とは、たいていはゴテゴテした派手なドレスである。無駄に多いラッフルは日常生活には邪魔だし、生地が増える影響で若干重い。また、ギラギラした色合いも目に痛い。そういう代物が良いと感じる方もいるだろうが、カロラインさまや私は、もう少し大人しい方が好きだった。
キャッキャと
ここは結構大手のようで、基本的な衣類はすべて揃っていた。平民の通える店舗にしては珍しい。おそらく、店長かオーナーのこだわりだろう。
そう感心していると、カロラインさまからお声がかかった。
「シオン、少しいいでしょうか」
「
「服の種類が多すぎて、どれを選べばいいのか判断がつかないのです。アドバイスしてくださる?」
「はい。私などの知恵で宜しければ、喜んでお貸しいたします」
「卑下しないでください。
「ありがとうございます」
真っすぐな言葉に、思わず照れが入る。
こういったカロラインさまの純粋さは、とても好ましいものだ。『陽光の聖女』とは良く言ったもので、まさしく、彼女は民衆を照らす太陽のような方だった。
そうして、私たちは穏やかな気分で服を選び始めた。
だいたい五時間くらい経過したか。カロラインさまの素材は素晴らしいゆえに、些か悩みすぎてしまった。しかし、妥協を許さなかった甲斐あって、彼女の魅力を引き立てる服飾一式を、五セットまで選び抜けた。予算も問題ないとのことなので、ひとまずミッションコンプリートである。
「ありがとうございます。やはりシオンに任せて正解でした。とてもステキなお洋服たちです」
カロラインさまも満足していただけたようで、花の咲いたような笑みを浮かべてくださった。一配下として感無量だ。
すると、彼女は何か考えついたのか、不意に両手を合わせた。
「そうだ。今回のお礼に、
「そ、そのような配慮は不要です、カロラ――カロンさん!?」
とんでもない提案に、私は慌てて断りを入れる。ただのメイドにすぎない私に伯爵令嬢より直接の贈呈品など、過分な栄誉だった。胃に穴が開いてしまう。
しかし、変なところで意固地なカロラインさまは、聞く耳を持たなかった。
「いいえ、
「承知いたしました」
これは翻意を望めそうにない。彼女の瞳からは頑なな意思を感じてしまった。
仕方なく頷き、私は自分の購入する品物を選ぼうと足を踏み出す。
「遠慮して安物を選ぶ、といった行動は許しませんよ?」
「……承知いたしました」
テキトーな品でお茶を濁そうと考えていたところ、先んじて潰されてしまった。こうなっては腹をくくるしかない。
私は一度止めた足を再度動かし、店内を練り歩く。カロラインさまは、私より離れた場所で他の商品を興味深そうに眺めていた。
「あっ、これはいいかも」
偶然見つけた空色のワンピース。シンプルで特徴の少ないデザインではあるが、不思議と目を惹きつける魅力が存在した。
「それにするのですか?」
近くまで寄ってきていらっしゃったカロラインさまが、そう尋ねてくる。
私は首肯する。
「はい、こちらに決めます」
「他にも選んで宜しいのですよ。予算に余裕はありますから」
「いえ、一点だけで十分です。……それより、いくら予算をお持ちなのですか?」
正直、これまで見繕った分の値段は、十万以上費やしているはずだ。多少心配を抱いてしまう。
カロラインさまが計算ミスをしている、といった憂慮ではない。カロラインさま命のゼクスさまが、彼女へ過剰なお金を渡されてはいないかと不安になったのだ。
私の内心を察してか、カロラインさまは苦笑いを浮かべられる。
「シオンの考えていらっしゃるような問題はありませんよ。むしろ、その辺りのお兄さまの采配は厳しいですから」
「そうなのですか?」
怪訝に問い返す。ゼクスさまがカロラインさまに厳しいなど、非常に疑わしい発言だった。
対し、カロラインさまは「気持ちは分かりますが」と続ける。
「本当に厳しいですよ。何せ、
「……時給ですか?」
「ぷっ、ふふふふふふふふふふふ。わ、笑わせないでください、シオン。ふふ、ははははははは。じ、時給って……臨時雇用の賃金ではないのですから……ふふふふふっ」
信じがたい驚愕のセリフに、思わず素直な感想が口を衝いただけなのだが、カロラインさまの笑いのドツボにハマってしまったらしい。未だに笑声を漏らしていらっしゃる。
彼女の反応からして、お小遣いは毎月千円という解釈で合っている模様。いや、伯爵令嬢のお小遣いが千円など、信じろという方が無理である。
というより、その程度しか貰えていらっしゃらないのなら、私におごるどころか、ご自身の買い物もできないのでは?
その辺りの事情をお尋ねすると、カロラインさまは返した。
「何もしない場合は千円というだけです。魔獣狩りで仕留めた分の代金はいただけますし、教会でお手伝いした場合もお小遣いが増額されます。これはオルカも同じですね。お金のありがたみと働くことの大事さを学んでほしいと、お兄さまは仰っておりましたよ」
「は、はぁ」
仰る内容は理解できるし、正しいことだとは思う。だが、それを貴族が説くのは
ゼクスさまの教育方針は、どこか庶民染みている。前々から察してはいたが、今回の一件でより強く実感してしまった。恐れ多いため、口に出して指摘することはないけれど。
「それにしても、ゼクスさまは何だかんだでカロラ――カロンさんに甘いと思っていましたが、きっちり締めるところは締めるのですね」
いつものシスコン具合を拝見しているので、多少の新鮮さを感じる。
何気なく発言したものだったのだが、カロラインさまは思いのほか、大きな反応を示された。
「お兄さまは、決して
「えっ……ほら、いつもカロンさんの世話を焼いているではないですか」
まさか自覚がないのかと考え、やや慎重に言う。
すると、嗚呼と彼女は頷かれた。
「たしかに、お兄さまは
「そ、そうなんですか」
微妙に食い違いが発生しているような違和感を覚えたが、何となく言及するのは
その後、ゼクスさまの話で盛り上がり、私たちは買い物を続けた。色々振り回され気味ではあったけれど、充実した一日だったと思う。
まぁ、今度は一人で心休まる買い物をしたいところだが。
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本日で幕間は終了です。
次回よりChapter2が始まりますので、よろしくお願いします。
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