Interlude-Shion 甘さとは(後)
「思い出したみたいだな」
想起し終えた私に、ゼクスさまはお言葉をかけてこられる。
私は首肯し、その上で再度問うた。
「あの時の話と
苦情の内容は、とある貴族が道中にフォラナーダ領都へ寄った際、スリの被害を受けたというもの。調査によって事実確認は済んでおり、加害者は被害者貴族がその場で処断したと記されている。
物騒ではあるが、特段変わった事件ではない。悲しくはあるけれど、物乞いが暴走して手を出す相手を間違えることは、往々にして発生し得るのだ。貴族側がその場で斬り捨てるのも、まったくもって問題ない。
引っかかる項目があるとすれば、加害者の盗人が幼い子供だったという点か。
「いや、まさか……」
嫌な想像をしてしまった。ゼクスさまに思い出せと指示されたことと今回の苦情を鑑みると、一つの結論が導き出されてしまう。
私はその予想を受け入れられなかった――違う、受け入れたくなかった。
しかし、ゼクスさまは、容赦なく現実を叩きつけてこられる。
「処断された盗人っていうのは、シオンが見逃した少女だよ」
「……」
言葉もない。無慈悲な事実に、私は愕然としてしまった。
あの時、あの子は「二度と盗みは働かない」と約束したのに。
私が呆然としている間にも、ゼクスさまは
「当時はわざわざ言わなかったが、あの少女はスリに手慣れてた。スパイとして教育を受けていたシオンから、気づかれずに財布を奪えるくらいに。ただの町娘なのに、そこまでの技量を持つってことは、それだけ回数をこなした証左。何度も盗みを繰り返してきた人間が、たった一度の失敗で手を洗うわけがないんだよ。改心させたければ、法の裁きを受けさせ、徹底して『盗みイコール悪』を教え込むしかない」
「どうして教えてくださらなかったのですか……」
少女の口にした謝罪が嘘だと看破していらっしゃったなら、指摘くださったら良かったのに。
私は不敬と理解していながらも、やや非難染みた語調で呟いてしまう。
彼は淡々と返された。
「それがシオンの選択だったからだ。もちろん、アドバイスを求められたら答えただろうけど、キミは自分の意思のみで決断した。オレはキミの意見を尊重したにすぎない」
「……」
そうだ、見逃したのは私の決断。ゼクスさまに意見を乞える状況だったにも関わらず、何も尋ねなかったのは私の判断だった。私の意に沿わない結果だったからといって、彼を責める
手厳しい彼の言葉に、私は何も言い返せなかった。
気まずい沈黙が流れる。
しばらくして、ゼクスさまが口を開かれる。
「これを教えたのは、そういった甘いところを少しでも克服してほしいからだ。また、甘さが招く現実を知ってほしかった。……オレの知るシオンなら、きっと、この弱点を乗り越えられるだろうと信じてる」
そう話す彼の声は、どこまでも温かみに溢れていた。信頼と情を深く感じる。
ただ、心の整理が未だについていない私は、上手く返事をできない。最適な言葉が思い浮かばない。
だから――と言えば、言いわけになるのは承知している。それでも、そのセリフが口を衝いてしまった。
「甘いことは、悪いことなのでしょうか?」
過去に指摘された時より、ずっと心の底にわだかまっていた考え。
他人に甘くすることは、真に悪と言えるのだろうか。確かに、今回の一件のように望まぬ結果を招くこともある。だが、誰かを救えることもあるのではないかと、私は考えていた。
真っすぐにゼクスさまを見据える。
対し、彼も私を真っすぐ見つめられた。
視線が交差し、再び沈黙の帳が下りる。
そうして幾秒か。不意に、ゼクスさまは「嗚呼」と得心した風な声を漏らされる。その後、「なるほど、なるほど」と何度も頷かれた。
「シオンの考えは理解した。
「なら」
治す必要はないのでは、と口にしようとした。
――が、それは発せられない。その前に、ゼクスさまが言葉をかぶせられたために。
「その上で一つ訂正をしておく。
「甘さと優しさ……?」
私は首を傾いでしまう。
それは
しかし、いくら時間をかけようと、ゼクスさまの仰る意味がよく理解できなかった。
それを認められた彼は、小さく息を吐かれた。
「キミの甘いところは嫌いじゃないが、やはり、今後のためには克服した方がいい。色々と疑問を感じてるだろうけど、その答えは自分で見つけるんだ」
それより先、ゼクスさまは二度とこの話題を口にはなさらなかった。宣言通り、自分で回答を見つけなくてはいけないらしい。
甘さと優しさの違い。言葉遊びではなく、明確な差異がそこには存在するという。
――未だ、私は答えを見出せていない。
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