Interlude-Shion 甘さとは(前)

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 私――シオンにとっての、ゼクスさまへの第一印象は『可愛くない子』だった。


 初任務だと気合十分でフォラナーダへ潜り込んだのは良いものの、いつものドジを連発してしまい、焦燥感に駆られていたところ。嫡男であるゼクスさまのお世話を任されたのは僥倖ぎょうこうだった。当時は、何か情報が転がってくるのではないかと、無邪気に喜んでいたのを覚えている。


 ……現実は無慈悲だったわけだが。


 ゼクスさまは三歳児にも関わらず、ほとんどの身の回りのことを自分で為されてしまう。そのせいで、私の仕事は僅かな手伝いのみ。その辺の丁稚でっちにでも任せられるだろう。私にお鉢が回ってきたのも納得であった。


 スパイの方も芳しくない。失礼を承知で申し上げるが、ゼクスさまは”色抜け”である。魔法師の将来を絶たれている彼にとって、魔法至上主義とまでは言わないが、その毛色の強い現社会は逆風に違いない。妹君のカロラインさまが光属性持ちなのも、なおさら手に負えなかった。つまり、そのようなゼクスさまが次期当主の座につける可能性は低く、つけたとしても傀儡かいらい政権待ったなし。都合の良い情報など転がってこないのだ。


 まさに踏んだり蹴ったりの状況。これで、ゼクスさまが可愛らしい子どもなら癒されもするのだが、彼の愛らしさは容姿のみで、性格は大人顔負けの現実主義者リアリスト。おまけに、こちらがドジを踏む度にフォローもされてしまう。言える立場でないことは百も承知だけれど、まったく可愛くない子どもだ。


 ただ、その認識も、とある日を境に改められることになる。カロラインさまが光魔法を発現させた日の夕方、ある意味で運命の日とも表現できる某日。私のゼクスさまに対する印象は、さらに悪い方へと傾いたのだ。


「どうかな。提案は呑んでくれるかい?」


 笑顔でそう・・仰ってくるゼクスさまは、まさに悪魔だった。


 こちらの素性を――スパイならまだしも、エルフであることさえも看破した上での提案。国が転覆する未来を示唆しても、それがどうしたと返される。脅迫と同義のそれを払う術など、私の手のうちには存在しなかった。


 この件において彼の小賢こざかしいところは、すべてを禁止していない点だった。カロラインさまの光魔法発現やゼクスさま自身の魔法について口外しなければ、他は何を王宮へ流しても良いと言う。さらに極めつけは、時期を待てば口外禁止の情報も流して良い、ということ。こちらの損害を最小限に抑える条件づけは、とても狡猾で嫌らしかった。


 結局、私は彼の手足となる未来を選ぶ。未知の魔法により契約を結ばされて。


 そして、その日から、私はゼクスさまの抱える多くの秘密を知ることになる。







 多忙な日々は、あっという間に過ぎ去っていった。


 あの運命の日以降、驚きの連続だった。精神魔法という新しいカテゴリの研究や実験、無属性魔法の真価、ゼクスさまがカロラインさまへお教えする先進的な知識群、四歳児とは思えない戦闘力などなど。もはや、彼なら何でもアリだと考えてしまうほど、私の常識はことごとく破壊されていった。


 また、それと同時に理解したこともある。私にとって、ゼクスさまは恐怖の権化であり、奸智かんちに長けた悪魔だ。ただし、妹君のカロラインさまへの思いやりは本物のように思える。心より彼女を慈しみ、愛し、真摯しんしに向き合っている。


 おそらく、本来のゼクスさまは優しい心根の方なのだろう。伯爵家嫡男という立場がそれを許さないだけで、本当は慈悲深い方なのだと感じた。振り返れば、契約後の私にも無理な命令を下した試しはなかったし、命令を下す時も必ず私へ問題ないか確認を取っていた。


 脅迫されたせいで固着観念が染みついていたが、数年も隣に立ち続けたことで、ようやくゼクスさまの本質を見極められた気がする。


 冷徹になり切れない彼は、とても可愛らしいと思う。この四年で、やっと抱けた感想だった。


 だからだろうか。思わず顔に感情が出ていたらしく、訝しげにゼクスさまがお尋ねになられてきた。


 慌てて誤魔化そうとするも、それが叶う相手ではない。結局は、洗いざらい吐く運びになってしまった。


 私の心情を聞いたゼクスさまは、何とも言い難い複雑な表情をなさる。もしかして、図星を突かれて照れていらっしゃる?


 そう期待した私だったが、返ってきた言葉は、予想とはまったく異なるものだった。


「そんな風に思ってたのか。何というか……シオンは全体的に甘いよね」


 甘い。


 かつて頭目にも評されたことがあった。私は甘い、と。


 苦い記憶が想起し、眉を若干ひそめてしまう。


 そのような私を見て、ゼクスさまは肩を竦められた。それから、数枚の紙束を差し出される。


 受け取り、中身をザっと読み込む。どうやら、フォラナーダへ立ち寄った他貴族の苦情と、その調査結果の資料のようだった。


 突然、このようなものをお渡しになられて、何の意図があるのだろう。


「これは……?」


「……以前、カロンやオルカと街へ出かけた時、五歳くらいの女児にスリをされたのは覚えているか?」


「えっと、いきなり何の話でしょうか?」


「いいから」


 急な話題に、私は困惑してしまう。


 しかし、ゼクスさまは強硬に思い出せと仰る。


 仕方なく、私は記憶を掘り起こした。


 何となく覚えている。あれは確か、お三方が街の子どもたちと遊ぶために出かけた日のことだった――――

 

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