Interlude-Caron 小さな冒険者たち(後)

 裏山へお宝を探しに向かったわたくしたち一行。警邏の者によって森へ侵入する前に追い払われると私は踏んでおりましたが、結果は予想を大きく外れることになりました。


 何故なら、すでに私たちは森の中にいるのです。まだ山のふもと、森の入り口地点ではありますが、警邏の巡回する範囲はとうに・・・乗り越えていました。いったい全体、どういうことなのでしょう。


 私と同様の疑問をターラちゃんも抱いていたようで、彼女は周囲に気を配りながら問います。


「お兄ちゃん、どうやって森の中まで来たの?」


「はぁ? 一緒に歩いてきたじゃねーか」


「そういうことじゃなくて……」


「ダンさん。ターラちゃんがお聞きしたいのは、見張りを乗り越えられた理由ですよ」


 彼女だけではダンさんに上手く伝わらなかったので、私も協力いたしました。


 その甲斐あって、彼もようやく理解が及んだ模様。「嗚呼」と大きく頷いておられます。


「簡単だぜ。今の道順で進むと、見張ってる奴らの目を盗めるんだよ。ようするに抜け道ってやつだな。これもお宝の話をしてた客が言ってたんだ」


「わぁ。抜け道って、なんかカッコイイね!」


「だろ!」


 どこか自信ありげにお答えになるダンさんと、楽しそうにはしゃぐミリアちゃん。


 対して、私とターラちゃんは呆然と顔を見合わせました。


 良かった、現状に不安を感じているのが私だけではなくて。真に状況を理解しているわけではないでしょうが、同じ立ち位置の方がいると安心できます。


 しかし、街から裏山へのルートに抜け道が存在したのですか。これは、あとでお兄さまにご報告いたさないといけませんね。というより、ダンさんの家を訪れたお客さまとやらを、早急に捕える必要があるでしょう。


「ダンさん。すぐに街へ戻りましょう」


 私は眉間にシワが寄っている感覚を覚えつつ、彼へ提案いたしました。


 お宝の話や裏山への抜け道。これらの情報を鑑みると、危険な輩が関わっていると判断できます。そして、その人物ないし連中は、私たちの近くに潜んでいる可能性もありました。とても、子どもだけで遊んでいられる状況ではありません。


 ところが、状況を把握できていないダンさんとミリアちゃんは、そろって否定的な声を上げました。


「来たばっかじゃねーか」


「わたし、冒険したーい」


「いえ、今はそのような場合ではなくてですね……」


「お兄ちゃん、ミリアお姉ちゃん、すぐに帰った方がいいよ。ここは危険だから」


「キケンなんて怖くねーぜ。俺がやっつけてやる!」


「そうそう。ダンくんがいるんだから大丈夫だって!」


 ターラちゃんも加勢してくれますが、強気なダンさんと楽天家のミリアちゃんは、真面目に受け取っていただけません。


 こういう時、お兄さまなら上手に誘導できるのでしょうが、私はそういった心理掌握は苦手です。及ばぬ妹で申しわけありません、お兄さま。


 とはいえ、今回は説得以前の問題だったよう。そう間を置かず、事態は動き出してしまいました。


 ガサガサガサガサ。


 不意に、森の木々が激しく揺れ始めました。私を含めた全員が、その場でビクリと体を硬直させます。


 即座に復帰したのは私のみ。まぁ、そこは踏んだ場数の違いなので、仕方がありません。この歳で戦場へ赴いた経験など、普通はありませんから。


 目視で周囲を見渡した上で、中級火魔法の【熱源感知サーモグラフィ】を用いて索敵を行います。


 結果、私たちは魔獣の群れに囲まれていることが分かりました。ライトエイプという小柄な猿型の魔獣で、石や木の実を投擲して攻撃してきます。


 私にとっては大した脅威ではありませんが、他の三人を守りながらとなると手こずるかもしれません。敵は二十ほどいますから、きちんと考えて立ち回らないとダメですね。


 深呼吸をして、思考を落ち着けていきます。私は【平静カーム】などの精神魔法は扱えませんから、こうして自力の精神安定を試みる必要があります。


 お兄さまのアドバイスの元、普段より精神安定の鍛錬は積んでいるため、慌てかけていた思考は元に戻りました。そのまま、今後の動きをシミュレートしていきます。


 接敵までは一分といったところでしょうか。完全に囲まれているので、合わずに済ませることは不可能です。


 であれば、この残された一分で、三人に状況の説明をしましょう。動揺されるとは思いますが、いきなり魔獣に出会うよりはマシだと考えます。


 あとは……正直、行き当たりばったりで動くしかありません。私には、お兄さまのように緻密な計画を立てる能力はありませんから。その代わり、全力で三人を守ります!


「皆さん、慌てないでお聞きになってください」


 あくまで平坦に、柔らかい声で説明をします。


 ただ、この説明作業は、案外難しいものでした。大袈裟に伝えすぎると動揺させてしまいますし、逆に簡単に説きすぎると楽観視させてしまいます。ダンさんやミリアちゃんの性格を考慮すると、やや大袈裟寄りの方が良いのでしょうが……はたして、上手く説明できたでしょうか。


 説明が終わる頃には、接敵まで十秒を切っていました。


 私の真剣さがちゃんと伝わったようで、三人は真顔で身を縮こまらせています。固すぎると逃走の際に支障が出るのですが、逃げ惑われるよりは良いと判断しましょう。


 そして、とうとうライトエイプたちが姿を現しました。私たちの周りにある木の枝に、ズラッと並んでいます。彼らの両手には、投擲用の代物が握られていました。


 相手の出方を窺っていますと、群れのリーダーと思しき個体が「キィィィィィ」と大きな声を上げました。その後、他の個体も鳴き声を上げ、一斉に握っていたモノを投擲し始めます。


 三百六十度より、合計80に及ぶ石や固い木の実が降りかかってきます。その圧力は相当なもので、戦慣れしていない三人は肩を震わせておりました。


 ……いえ、ダンさんは意地を張ってエイプたちを睨みつけていますね。実力は伴っておりませんが、その度胸だけは褒めて差し上げましょう。


 投擲物が私たちへ命中する前に、私は魔法を発動します。ここは森林の中なので、延焼被害を考えて光魔法です。


「【聖域サンクチュアリ】」


 私を中心に、半透明の光の半球体が出現します。


 これが初級光魔法の【聖域】。術者の許可したもの以外を通さない、半径三メートルの結界を張るというもの。他にも諸々の効果はありますが、今は攻撃の防御手段として行使します。


 飛来する投擲物は、ことごとくが【聖域】に阻まれ、私たちに当たることなく地面に墜落しました。ドドドドドドドドと大音声だいおんじょうが響きますが、結界は一切傷つきません。


 私たちが無傷だと知ると、エイプたちは途端に騒ぎ始めました。おそらく、攻撃が通じなかったことに苛立っているのでしょう。


 ダメですよ、敵前で冷静さを失ってしまっては。明確な隙になってしまいます。訓練で同じことをすれば、きっとお兄さまに滔々とうとうと説教をされるに違いありません。


 かの恐ろしいアレを思い出し、身をブルリと震わせてしまいますが、ここで足踏みしては本当に説教をされかねません。私は敵が騒がしいうちに、攻勢へ打って出ることにいたしました。攻撃も、当然光魔法で行います。


「【ライトレイン】」


 中級光魔法で、『指定した範囲に複数の光の矢を降らせる』という効果。屋外で多数と戦うのに便利な魔法です。


 ここだと木々が邪魔になってしまいますが、量を増やせば問題はありません。今の私なら、最大千本は降らせられますから。


 先程の敵の攻撃以上の轟音が響き、一匹たりとも逃さずにハリネズミにしました。殲滅完了です。


「ふぅ、おわりました」


 周囲に新手や伏兵がいないことを確認したのち、ホッと安堵の息を吐きます。


 圧勝を収められて、本当に良かったです。ダンさんたちが言うことを聞いてくださったお陰で、上手に戦局を導けました。


 ですが、安全を確保したとはいえ、ボーっとし続けるわけにはいきません。騒動を嗅ぎつけて、新手が近づいてくるのは明白です。


 私は声をかけるため、背後におられる三人の方へ振り返ります。


 すると、三人はキラキラとした瞳で、私のことを見つめていらっしゃいました。


 えっ、何ごとですか?


 私が困惑しているのも気に留めず、三人はこちらへワッと寄ってこられます。


「カロンって、すっごい強いんだな! あの光のやつ、めっちゃやばかったっ!」


「すごいすごい。すごいよ、カロンちゃん!」


「みんな、さっきからスゴイしか言ってない。でも、本当にすごかった!」


 どうやら、私の魔法に感動しておられるようです。


 そういえば、三人の前で攻撃魔法を扱うのは初めてでしたね。以前は回復魔法でしたし、きちんと観察する余裕もなかったのでしょう。


 しかし、こうして自分の魔法を感動してもらえるのは、些か照れくさいものですね。難しいことをした認識ではないので、余計にそう感じます。


 好意的な行動をたしなめる・・・・・のは難しく、しばらく揉みくちゃにされてしまいました。もちろん、ダンさんに変なところは触らせていませんよ。それを許すのはお兄さまだけです!


 やっと三人が落ち着いた頃、私の探知に引っかかるものがありました。


「あれ、これは……」


 それは見覚えのある――いえ、それでは語弊がありますね。私のよく知る魔力でした。


 つまり、答えは一つしかありません。


「……何やってるんだ、キミたちは」


 木々の間から降りてこられたのは、紛うことなきお兄さまでした。戦闘用の服に身を包んだお兄さまは、怪訝そうな瞳で私たちをご覧になっていらっしゃいます。


 しかし、私たちと周囲の様子を観察すると、次第にその瞳は別種のものへ変化していきました。


 嗚呼……あれは、アレはっ!?





 どうやら、お兄さまは裏山の異変を解決するお仕事をしていらしたようで……。


 この後、私たちは二時間にも及ぶ説教を、お兄さまよりたまわりました。もう冒険者ごっこはコリゴリです。

 

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