Interlude-Caron 小さな冒険者たち(前)

 残暑が鳴りを潜め、ポカポカした陽気に包まれるお昼すぎ。本日は城下町へ遊びに出かける予定の日だったため、わたくし――カロラインは、いつもの広場へ足を運んでおりました。そして、いつもの面々であるダンさん、ターラちゃん、ミリアちゃんと一塊に集まります。


 ただ一点だけ、いつもと異なるところがありました。


 それはお兄さまとオルカのお二人が、いらっしゃらないということ。お兄さまは緊急のお仕事を処理なさるため、オルカはカイセルさんのところへ訪問しているため、本日は私一人なのです。


 正直に申しますと、私だけであれば、城下町へ出かけない選択もできました。しかし、お兄さまがご否定になられました。「最近は忙しくて街へ行く頻度も落ちてるんだから、この機会をフイにしちゃいけないよ。友だちは大事にしないと」と仰られたのです。


 もちろん、お優しいお兄さまは強制などなさりませんでしたが、私はお兄さまの助言に従おうと決めました。お兄さまの仰る通り、こちらの立場を気にせず接してくださる友人は、とても希少ですから。日頃より繋がりを大事にしなくてはいけません。


 私が三人に顔をお見せすると、ミリアちゃんがキョロキョロと周囲を見渡しました。


「あれ、きょうはゼクスくんとオルカちゃんは一緒じゃないの?」


 どうやら、お兄さまたちの姿を探していた様子。


 私は首を横に振りました。


「いいえ、本日は私一人ですよ」


「へぇ、めずらしいね!」


 純粋なミリアちゃんは、深く考える仕草もなく、直截なお返事をしました。


 一切の疑問も浮かべず、こちらの言葉をそのまま受け取ってくださるのは、実に彼女らしい素直さでしょう。


「へ、へぇ。今日はお前一人なのか」


 同じ気質をお持ちになるダンさんも、まっすぐなお言葉を口になさります。


 ただ、僅かにお声が上ずっておられるようでした。お顔もやや赤いですし、ご病気でしょうか?


 心配のしすぎでしょうが、念のためにご指摘させていただきます。


「ダンさん。お顔が赤いですが、お風邪ですか?」


「な、なっ……!? ち、違うぞ。これは風邪とかじゃねーから。大丈夫だから!」


 すると、ダンさんは慌てた様子でかぶりをブンブンとお振りになりました。


 そこまで強く否定なさると逆に怪しいのですが……追及はしましょう。経過を見守る必要はあるでしょうが、ご本人が大丈夫と仰るのなら信用するべきです。


「お兄ちゃん……」


「どうかいたしましたか?」


「なんでもない」


「??」


 ターラちゃんが何か仰りたげなお顔をなさっていましたのでお尋ねしたところ、ソッポを向かれてしまいました。難しいお年頃かしら?


 まぁ、何だかんだございましたが、私たちは遊び盛りの年齢です。おのずと「今日は何をして遊ぼうか」という話題に移ります。


「今日は、俺にいいアイディアがあるぜ!」


 案の定と申しましょうか、ダンさんが威勢良く提案をなさいました。


 彼は『今日は』と仰っておりますけど、たいていの場合は彼が遊ぶ内容を決定なさるのです。


 私としてはその強引さをあまり好みませんが、嫌悪はしておりません。彼の持ち味ですし、それによって救われている方もいらっしゃいます。たとえば、一年ほど前の、完全に打ち解けていなかった頃のオルカは、ダンさんに無理やり引っ張られた影響で明るくなられた気がします。彼のお陰で、ずいぶん早く、私たち兄妹は仲を深められました。


 こういった行動は、お兄さまや私には難しいでしょう。私は言わずもがな、お兄さまは拙速せっそくよりも確実性をお選びになるお方です。たとえ時間がかかったとしても、強引な手法は選択なさりませんから。


 そういうわけで、私はダンさんに感謝しています。


 とはいえ、直接はお伝えしておりません。ターラちゃん曰く「調子に乗るから」とのこと。よく理解はできませんでしたが、ご家族のアドバイスですので、素直に受け入れました。日々、密かに感謝しています。


 私がゴチャゴチャと考えている間にも、ダンさんは『いいアイディア』とやらを生気溌溂せいきはつらつとして語ります。


「街の外にある森へ、冒険に行こう!」


「冒険!? 行こう行こう!!」


「森ぃ?」


 ミリアちゃんは目を輝かせて頷き、ターラちゃんは渋い表情を作りました。


 前者は好奇心より、後者は慎重さゆえといったところでしょうか。かくいう私は慎重派です。


「森って、領主さまのお城の後ろにある山のこと? 勝手に入ったら怒られるよ」


 ターラちゃん、公になっているとはいえ、その歳でよくご存じですね。


 あの山は、お兄さまが修行をするために魔獣が跋扈ばっこしており、一般の方の入山が禁止されています。私はともかく、他の三人は許可されないと思われます。


 対し、ダンさんはヤレヤレといった風に肩を竦められました。


「バカだなぁ、ターラは」


「むっ、タリィはバカじゃないもん!」


「いやいや、バカだろ」


「バカじゃない!」


「バカだ!」


「バカじゃないったらバカじゃない!」


 普通に会話をしていたはずが、急に言い合いが始まってしまいました。いつも仲の良いお二人が、本気で怒鳴り合っています。


 えっ、これは大丈夫なのでしょうか? ミリアちゃん、笑顔で見守っている場合ではないと思うのですが……。


 私が一人でオロオロしていると、それに気づかれたミリアちゃんが苦笑を溢しました。


「大丈夫だよ、カロンちゃん。ただの兄妹ゲンカだから。そのうち収まるって」


 ほ、本当に大丈夫なのでしょうか? 手こそ出されてはいませんが、かなり激しく声を上げていますよ?


 まぁ、付き合いの長い彼女が仰るのでしたら、間違いはないのでしょう。余計な手出しは控えます。


 私は深呼吸を一度し、改めて口ゲンカをするお二人を眺めました。


 あれが兄妹ゲンカというものなのですか、初めて拝見いたしました。私とお兄さまは言をまたず、オルカともケンカなどいたしませんからね。目前の光景は、なかなか新鮮に映ります。


 確かに、よくよく観察いたしますと、そこまで切羽詰まった状況ではなさそうです。お二人とも声量こそ大きいですが、そこに敵意の類は含まれておりません。単純に、高まった感情をぶつけ合っているだけのように見えました。


 ストレス発散とまでは申しませんが、こうやって適度なガス抜きをしているのかもしれませんね。お二人の性格は正反対ですもの。これも一つの兄弟の形なのでしょう。


 マグラ兄妹のケンカを見守ること幾分か。お二人の勢いが弱まってきた頃合いを見計らい、私は口を挟みました。さすがに、いつまでも待てませんからね。


「お二人とも、そろそろ宜しいでしょうか?」


「「なにっ!」」


 ……息ピッタリですね、ものすごい形相で睨まれました。こういう点は兄妹らしいと思えます。


 私はコホンと仕切り直し、再度口を開きます。


「ダンさんのご提案に乗るか否かに関わらず、このままでは日が暮れてしまいますよ」


「むっ、そうだな。ケンカしてる場合じゃなかった」


「シャクだけど、お兄ちゃんと同感」


「シャクってんなんだよ」


「言葉の通りだけど?」


「お二人とも」


「「ふんっ!」」


 またケンカを始めてしまいそうだったため注意したところ、お二人はソッポを向いてしまいました。


 大丈夫なのでしょうか? ミリアちゃんは笑っておられるので、大丈夫なのでしょうね。……大丈夫だと信じましょう。


 私は溜息を吐きたいのを堪え、ダンさんに尋ねます。


「先程、裏山を冒険したいと仰られておりましたが、何か理由がおありなのでしょうか?」


 これまで、一度たりとも裏山の話をしたことはありません。ダンさんが唐突に話題に出した原因があると踏んだ次第です。


 はたして、その推測は正しかったようでした。


 彼は胸を張って答えます。


「この前、うちの客が話してたのを聞いたんだよ。あの森にはお宝が山ほどあるってな。だから、俺たちも冒険しようって考えたんだよ!」


「お宝ですか……」


 そのような話、私は耳にしたことはありませんでした。確か、あそこには豊かな自然と魔獣しか存在しなかったはずです。


「ダンさんのご実家は商店でしたよね」


「商店なんて、たいそうなモノじゃないよ。近所の人が買いに来るくらいの小さなお店」


「それでも、あきないをしていらっしゃることには変わりありませんよ」


 ターラちゃんが些か捻くれた発言をしていらしたので、お節介ながらも訂正させていただきました。


 堂々と『商店』と名乗るのに抵抗を覚えるのでしょうが、家族のために働いておられるご両親は立派な方々です。もう少し自信をお持ちになっても良いでしょう。


 私は続けます。


「お宝とは、どのようなものでしょうか?」


「知らねーよ、それ以上の話はしてなかったし。でも、お宝はお宝だろ?」


「そうですか……」


 私は両手で口元を覆い、思考を巡らせます。


 裏山の話をしていた客とやらが、何を指してお宝と表していたのか。まったくのデタラメという可能性も否定できませんが、火のないところに煙は立たぬとも申しますから、何らかの根拠があるかもしれません。少なくとも、森の中に何かが隠されている確率は高そうですね。


「時間も惜しいし、さっさと行こうぜ!」


「冒険だー!」


「ち、ちょっと待って。タリィはまだ行くとは――ッ」


 待つことに焦れたようで、ダンさんは先陣を切って駆け出してしまいました。それを追ってミリアちゃんも走って行ってしまいます。


 ターラちゃんは未だ渋っていらっしゃいましたが、ミリアちゃんに手を引っ張られたせいで強制連行されました。


「とりあえず、ついていくしかありませんね」


 おそらく、門前払いされて終わりだと思いますが、万が一に備えて、ある程度戦える私が傍についていた方が安全でしょう。


 一人残された私は溜息を吐き、三人の後を追うのでした。

 

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