Chapter1-5 内乱(10)

 当初は、オレが敵将を引きつけている間にカロンたちが生存者らを安全圏へ避難させ、頃合いを見計らって落ち合う予定だった。


 しかし、オレが敵将のヴェッセルを撃破したことで、予定は大きく変更される。領城の外へ避難する必要はなくなり、合流地点も城内という流れになった。


 残党の掃除を担っていた騎士三人と合流し、オレたちは男爵の領城へ向かう。カロンらが伝えてくれていたお陰で、すんなりと城内へ入ることができた。


 門を開けてくれた者は、先の戦闘を遠目に見学していたようで、しきりにオレへ謝意を述べていた。純粋な好意を嬉しく思う反面、照れくさくも感じてしまう。


 案内役の先導の元、オレと騎士三人は城内を歩く。道中、籠城戦に参加していた村民らに礼を言われまくり、なかなか進めなかったのはご愛敬ということで。


 城内でもっとも広い場所に出る。おそらく、ダンスホールか何かだろう。


 そこには、戦えない女性や子ども、老人、ケガ人などが詰めていた。ざっと三十人くらいおり、先に出会っていた戦闘員と合わせて四十三人。


 小さな村落程度の運営なら良いけど、男爵領ともなると問題が浮上してきそうだった。働き手になる若い男が圧倒的に足りない。


 ビャクダイ家や目前の人たちの命は守れたものの、領地の存亡は危ういかもしれないな。


 男爵家の前途を憂いつつ、オレは広間を見渡す。


 人々は若干不安な気持ちを湛えているけど、おおむね落ち着いた様子だった。


 一般市民が冷静でいられるのは、戦闘が終了したことを耳にしたのもあるだろうが、主な理由は別にあった。


 その理由とは、カロンの存在だ。


 彼女は今、避難民の中心で笑顔を振り撒いていた。表情を陰らせている人がいれば、声をかけて元気づけ。調子の悪そうな人がいれば、光魔法で癒して。皆の不安を払拭できるよう、できる限りの力を尽くしている。


 その姿は、さながら春の陽だまりのようだった。周囲の人の心を明るく照らし、ぬくもりを与えていた。


 誰が呼び始めたのか。ゲームでのカロンの異名であった『陽光の聖女』と、彼女のことを皆が呼称している。


 ゲームでは飾りでしかなかったが、この現実では誰もが認めるだろう通り名であった。


 人々に囲まれ、慕われている彼女を見ると、胸のうちが熱くなってくる。カロンの成長を嬉しく思うのと同時に、オレが目指していた景色はアレだったんだと強く実感した。


 涙まで流れそうになるけど、何とか堪えた。急に泣き出したりしたら不審者だからな。それに、今のオレはシスの姿を取っている。不用意な反応を見せるわけにはいかない。


 同じ理由で、彼女と会話を交わすのも控えた。本当は即座に抱きしめたいんだけど、グッと我慢する。手足が震えようとも耐え忍ぶんだ。


 もう一人の兄弟であるオルカの方も、特段問題はなさそうだった。地元だったこともあり、カロン以上に馴染んでいる。


 現在は、タオルなどの配給を手伝っているらしい。せっせと広間を駆け回っていた。


 二人とも無事であることを認めたオレは、さらに奥へと進んだ。人気ひとけは徐々に減っていき、騎士二人が控える扉の前に到着する。


 ここがどこ・・なのかは、事前に案内役より聞いている。この部屋は男爵の書斎であり、籠城においての作戦本部として機能していた場所。室内には、生存者たちのまとめ役であるカイセル――ビャクダイ男爵の長男でオルカの実兄が待機している。


 この部屋の本来の持ち主は、すでに死亡していた。先の内乱において、領民を守るために囮になったんだとか。良い意味で貴族らしからぬ、義勇に満ちた最後だ。


 閑話休題。


 案内役が騎士と話をすると、騎士の一人が扉越しに部屋へ語りかけた。


「敵将を討ち取ってくださった方々が、お目見えになりました!」


「入ってもらいなさい」


 ほとんど間を置かず、若い男性の声が返ってきた。カイセル氏の声だろう。


 彼の指示に従い、騎士たちが扉を開く。それから、オレたちは書斎へと入室した。


 内部は、そう変わったところのない書斎だった。壁際に本棚が並び、最奥に書斎机が置かれ、部屋の中央辺りに来客用のソファとテーブルが鎮座している。


 そのソファに、今は三人の男女が座っていた。


 一人はオレたち側の人物。こちらへ派遣していた、ブラゼルダ騎士団長である。カロンとオルカを除けば、こちらに派遣したメンバーの中で一番地位が高いのは彼だ。加えて、戦時下ともくれば、本職を招きたかったんだと思われる。書斎に呼ばれるのは道理だった。


 残り二人は、獣人の男女だった。


 彼らは、オレたちへ貴族の一礼を披露する。


「初めまして。私の名はカイセル・ガウエーラ・ユ・ナン・ビャクダイ。ビャクダイ家の長子であり、一応生存者のリーダーを務めているよ」


「私はカイセルの妻、リユーレ・セセスダッド・ネ・ユ・ナリ・ビャクダイです。よろしくお願いいたします」


 思った通り、オルカの実兄夫婦だった。


 実兄のカイセル氏は、オルカによく似ていた。彼ほど可愛らしさはないが、サラサラの髪に美形の顔立ち。少女漫画に登場する王子さまみたいな見た目をしている。


 妻の方は猫系の獣人らしい。今は大人しくしているけど、活発な気配を感じる美人さんだった。


 二人の挨拶に応じ、オレたちも名乗りを上げる。


 ただ、現在のオレは冒険者シスなので、順番には気をつけなくてはいけない。オレが貴族として立っていたら、騎士たちよりも先に返事をするが、この場では雇われた者でしかないんだ。


「ご丁寧にありがとうございます。私はフォラナーダ騎士団の副団長、バラッドと申します。こちらの二名は、団員のアーノルドとベッジです。そして、こちらの御仁が――」


「冒険者のシスだ。生憎だが、敬語に慣れていない。不躾になってしまうが、容赦願いたい」


 敬語に不慣れなんて嘘っぱちだけど、冒険者のカバーがあるんだから仕方ない。貴族ばりに丁寧に喋る冒険者なんて、疑ってくださいと言っているようなものだ。


 ここで狭量な貴族であれば、多少の苛立ちを見せるものだけど、カイセルとリユーレの夫妻は寛容みたいだった。眉を寄せるどころか、笑顔で返してくれる。


「まったく問題ないよ。冒険者が何たるかは理解しているつもりだし、キミは私たちの命の恩人なんだから。もっと遠慮ない言葉遣いでも構わないくらいさ」


「ええ。あなたには心から感謝しているのですよ」


 かなり友好的な雰囲気だ。


 まぁ、想定済みではある。あのヴェッセルを相手に籠城しても、堪え切れるはずがない。直接相対したオレだからこそ断言できた。


 その辺の感覚は、目前の二人も理解しているんだろう。ゆえに、こうして強い恩義を覚えてくれている。


 その後、オレたちは雑談を交わす。


 ヴェッセルの部隊の全滅が総大将のフワンソールに認知されたら、すぐにでも援軍が送られるだろう。猶予はそれほど存在しない。


 だが、まったく余裕がないわけでもない。避難するのに荷物をまとめる時間も必要だし、こうして僅かに語り合うくらいのことは可能だった。


「本当に、今回の援軍は助かったよ。改めて、ビャクダイ男爵家を代表して礼を申し上げる」


「そのお言葉、我が主君の耳に入れば喜んでいただけるでしょう。今回の戦については、たいそう心を痛めておいででしたので」


 カイセル氏の謝意に、騎士団長が笑顔で応じる。


 ……そう、ブラゼルダが喋っている。彼は、何も敬語が使えないわけではない。精神的負担が大きいため、普段は砕けた口調をしているだけなんだ。


 正直、彼の敬語を聞いていると、背筋がゾワゾワする。それは他の騎士団員も同感のようで、居心地悪そうに身を揺らしていた。


 そんなオレたちの内心など露知らず、二人は会話を続ける。


「フォラナーダ伯爵の寛大で慈悲深い心には、感謝の念が堪えないね。何かお返しができれば良いのだけど……」


「我が主君は見返りなど求めておりませんので、ご心配なさらないでください。今回は、オルカさまの悲嘆を憂えた結果にすぎないのですから」


「オルカのことでも感謝しているよ。先程、少し話をしたけど、フォラナーダの皆さまには大変お世話になっていると聞いたんだ。特に、伯爵のご子息のお二人とは、とても仲良くさせていただいているそうだね」


「はい。本当の兄弟のように、日々をすごしていらっしゃいますよ」


「それは良かった。養子に出した直後は心配で――」


 こんな感じで、親御同士の話し合いみたいな会話が繰り広げられた。本人の目の前で語られるとか、一種の拷問かな?


 幸いなのは、ブラゼルダはそこまで日常生活に関わっていない点か。ディープな内容が明かされる不安がないのは良い。


 しばらくして、ようやくオレに話が振られた。


「申しわけない。シス殿を放置してしまって」


「構わない。気にするな」


「ありがとう。本当は、シス殿にも謝礼を渡したいんだが……」


「不要だ。フォラナーダより依頼金は貰ってる」


「そうはいかない……と言いたいところだけど、その申し出は助かるのが本音だ」


「……そこまで酷い状況なのか?」


「それは……」


 オレの踏み込んだ問いに、カイセル氏は躊躇ちゅうちょした態度を見せた。

  

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