Chapter1-5 内乱(9)

 魔弾は亜音速でヴェッセルへ向かっていき、その頭蓋に穴を開ける――


「わーお、こんな魔法も使えるのか。何だい、今の魔法? キミは僕の知らない技をたくさん持ってるようだね!」


 ――はずだった。


 ところが、彼はピンピンとしている。魔弾が接触する前に、頭を傾けて回避したんだ。


「……亜音速の物体を目視で避けるとか、化け物かよ」


 まだまだ見積もりが甘かったらしい。フェイベルンは人間をやめた一族に違いなかった。


 正直、真正面からとはいえ、【銃撃ショット】を避けられるとは夢にも思わなかった。最強を自負していた魔法だけど、弱点は存在した模様。そうそう回避できる奴が現れては堪らないが。


「チッ」


 オレは舌を打ち、両手を掲げる。そして、伸ばした二本の人差し指より、【銃弾】を連射した。また、ついでとばかりに【痛覚増大】と【反射鈍化】の精神魔法も与える。


 今まで使う暇はなかったが、やっと弱体系の魔法を発動できた。


 現時点では、弱体魔法デバフは対象を捉えないと付与できない。そのため、ヴェッセルのような、高速移動する手段を持つ敵には扱いづらい欠点がある。この辺りの改善は、今後の課題だろう。


 重傷の痛みが増した上で、反応も鈍くなったんだ。これなら、何十もの【銃撃】は回避できまい。


 魔弾を連射しながら、攻撃の行く末を見届ける。


 オレの予想は、ある意味では正しかった。ヴェッセルは、確かに【銃撃】を避けられなかったが、この攻勢でトドメを刺せたわけでもなかった。


 彼は、バスターソードで魔弾の数々を叩き落とし始めたんだ。


 両肩に傷を負っているし、素早く動かせない大剣なので、すべては防げなかった。だが、命に差し障る攻撃は、見事に防御してみせた。体の所々に風穴は開いているものの、未だに敵は立っている。


「もう終わりかい? なら、次はこっちの番だ」


 血みどろのヴェッセルは笑った。


 刹那、またもや姿が消え失せる。


 【先読み】はしっかり働いていた。攻撃の軌道は、オレの背後まで続いている。


 ただ、回避は間に合いそうになかった。先程までの攻撃より、明らかに速度が上がっているんだ。


 オレはとっさに後ろへ振り向き、両手の短剣を構える。それと同時にヴェッセルが現れ、大剣を振り下ろしてきた。


 力強い斬撃と火魔法の爆撃が、オレへと襲いかかる。刃の交わる金属音と物が延焼する音が耳元をくすぐる。


「ぐあっ」


 うめき声が漏れた。


 ヴェッセルの真向斬りをまともに受け止めたんだから、当然と言えよう。いくら【身体強化】をしているからといって、大剣による攻撃を短剣で受けるのは限界がある。それが一流相手なら尚更。


 魔力障壁も展開したので、ケガの一切は負っていない。


 しかし、鍔迫り合いの状態は解消できなかった。今もなお、敵はこちらへ全力を注いでおり、なかなか抜け出せないんだ。


 というか、重症の奴が繰り出す一撃とは信じられない威力だ。これ、ケガを負わせていなかったら、一瞬で真っ二つにされていたと思う。馬鹿力にもほどがあった。


 ギチギチと刃同士のこすれる音が聞こえる。


 【魔纏】のお陰で短剣が壊れる心配はいらないけど、向こうが流しっぱなしにしている火魔法は鬱陶うっとうしかった。


 魔力壁で防いでいるものの、魔力実体化によって、魔力がガンガン消費されていく。このままでは、ガス欠になるのも時間の問題だった。


 背に腹は代えられない。力技で均衡を崩すのは難しかったため、オレは魔力放射を敢行する。全身から実体化した大量の魔力を放出し、ヴェッセルへ叩きつけた。


 至近距離より膨大な質量の塊を食らった敵は、当然の如く弾き飛ばされる。


 奴の精神力では数秒と持たないだろうが、【鈍化】の精神魔法も飛ばしたので、少しばかりの猶予を確保できた。


 くそっ。仕方なかったとはいえ、今ので魔力の大半を消費してしまった。残量はそう残っていない。【銃撃】二十発くらいか。


 普通の敵なら十分だけど、あのヴェッセル相手には心許なさすぎた。何とかして、隙を作るしかないだろう。


 一応、布石は打ってあるけど、成功するか否かは未知数だった。


「だとしても、やるしかないッ」


 オレは覚悟を決め、今まさに復帰したヴェッセルに向かって駆け出す。技量差を考慮すれば、無謀としか言えない近接戦闘に臨んだ。


「最っ高だね! キミは本当に僕を楽しませてくれるッ」


 それを認めた敵は、笑いながら応戦する。戦闘狂にとって、挑まれた戦いを買わない選択はない。分かっていたことだ。


 だからこそ、その好戦的意欲が隙を生む。


 オレは剣戟を繰り出す。左右の腕を振るい、時には蹴撃を混ぜ、必死に戦った。


 だが、やはり、ことごとく届かない。こちらの方が手数は多いはずなのに、すべて大剣や徒手空拳で払われた。近接戦闘においては、技術力も才能もヴェッセルが数段上をいっていた。


 ヴェッセルの瞳に、僅かな失望の色が混ざる。


「うーん。新鮮な技は持ってるようだけど、才能はイマイチだ。すごくもったいないな、キミは」


 彼は、オレを格下だと認識した。全力を出さずとも勝てると理解した。


 ゆえに、奴は肩の力を抜く。気に留めていないとはいえ、重症を負っているんだ。力を込めなくて良いと判明すれば、当然の対応だろう。


 この瞬間こそ、オレの狙っていた間隙かんげきだった。


「おおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 雄叫おたけびを上げ、オレはヴェッセルへ突貫する。


 彼の目には『勝てないと理解した相手が無謀な手段に走った』と映っていると思う。


 しかし、そうではないんだ。無謀な手段ではなく、確かな勝利のために、オレは敵の懐へ飛び込もうとしていた。


 オレが短剣を振るよりも早く、ヴェッセルの大剣が動く。どうやれば、あの大きな塊を素早く操作できるのか謎だけど、とにかく相手の方が先に動いていた。


 ただし、敵の凶刃が振り切られることはない。


「ぐがっ、なっッ!?」


 無数の弾丸が、ヴェッセルの両手足の筋と関節を中心に命中した。その影響で彼の握力は弱まり、大剣を保有することが不可能になる。


 バスターソードは手を離れ、勢いそのままに、あらぬ方向へ吹っ飛んでいった。そして、ガラ空きになった敵の懐へ、オレの二つの剣が吸い込まれる。


 二筋の銀閃が走り、ヴェッセルの体は地に沈んだ。ハラワタを裂かれ、心臓も穿たれた彼の命は、もはや風前の灯火だった。


 オレは、倒れ伏すヴェッセルを認めつつ、素早く後ろに下がる。かの狂戦士なら、この状態でも一矢報いてきそうで怖かったんだ。


 幸い、敵が再び起き上がることはなかった。精神魔法に反応がないので、完全に死亡したことが確認できる。


 戦場が静寂に包まれ、ようやく安堵の息を漏らした。


 何とか勝てた。ギリギリだった。


 【銃撃】は、わざわざ指より発射する必要はない。オレの魔力が届く範囲であれば、どこでも発射口にできる特性があった。


 ところが、ヴェッセルはそれを知らなかった。オレが、わざと指先からしか放っていなかったために。情報を誤認していたゆえに、彼は最後の最後で攻撃を受けてしまったんだ。


 オレが【銃撃】の特性を隠していなかったら。敵が最後に油断をしなかったら。もう少しだけレベル差が大きかったら。


 どれかの要素が欠けていたら、オレは負けていたに違いない。それほどまでの強敵だった。


 荒く息を吐き、肩を上下させる。


 勝利の歓喜はない。血の臭いが酷く鼻につき、疲労も相まって、むしろ気分が悪いくらいだった。


 オレは、それらを振り払うように天を仰ぐ。


 だが、火災による煙が立ち込めた空は、どんよりとした鈍色にびいろが立ち込めていた。どう頑張っても、気持ち悪さを晴らせるような空模様ではない。


 何か、心の清涼剤になるモノはないだろうか。


 そう考えた時、脳裏に過ったのは、妹カロンの顔だった。


 そうだ。カロンであれば、今の荒んだ心も浄化できるはず。


「はやくカロンと合流したい」


 欲望の呟きは、静かな戦場に木霊した。


 ちなみに、精神魔法を使えば良かったと考え至るのは、カロンとの合流後のことである。

 

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