Chapter1-5 内乱(8)

 ヴェッセルと刃を交える前に、オレは【鑑定】を発動した。


 精神魔法の練度が上がったお陰で、オレの【鑑定】の効果範囲も広がっていた。レベルだけではなく、相手の有する技術のおおよその力量も測れるようになったんだ。


 どれどれ、ヴェッセルのレベルは……50か。予想できていたことだが、オレより圧倒的に強い。


 魔法の練度はオレの方がやや上ではあるが、剣術は雲泥の差だった。天と地ほどの隔絶があり、小細工で誤魔化すことも難しいように見える。


 さすがは『剣聖』を代々輩出する家の人間。ほぼ独学で鍛えているオレでは、赤子の如くあしらわれるだろう。


 これは当初の予定通り、真正面からの斬り合いは避けて、魔法でチマチマ攻撃するしかなさそうだ。


 まずは、短剣で戦うと見せてから、不意打ちの【銃撃ショット】を――


「ッ!?!?!?!」


 ほんの少し。ヴェッセルより意識が逸れたのは、たった一瞬だった。


 それなのに、気がつけば敵は目前迫っていた。しかも、バスターソードを天高く上げ、今まさに力強い一撃を放とうとする瞬間だった。


 呆然としていたオレは、すぐさま我に返る。このまま棒立ちでは真っ二つにされてしまう。


 即座に【先読み】を展開。ヴェッセルの攻撃軌道を読み取り、それとは反対方向へ身を投げた。


 キレイに回避しようなんて考えない。この強敵相手に、そんな悠長なことはしていられなかった。


 回避した直後、彼の大剣は地面を叩き、劫火ごうかと共に爆ぜた。熱波が周囲に拡散し、その余波がオレの頬を撫でる。僅かな熱気だけで、軽い火傷を負ってしまう。


 想像以上の威力だった。魔法はオレの方が上と言ったが、ヴェッセルの場合は方向性が違う。技巧なんて一切捨てて、威力に全振りしているんだ。もう一つの適性である風魔法も、火魔法の補助としか使っていない節もある。


 とはいえ、パワー特化は魔法に焦点を当てた話。剣術に関しては真逆だ。



 先の初撃。力任せの振り下ろしに見えたが、実際は相当巧みな技だった。踏み込みから剣戟けんげきまでの一連を、【身体強化】中のオレがまったく悟れないなんて、並みの技術では行えない。


 確固たる剣技を火力特化の魔法で支えるというのが、ヴェッセルの戦闘スタイルのようだ。


 やはり、ゲームと現実はまるで異なる。画面越しではただの・・・狂戦士にしか見えなかった彼だが、こうして相対すると洗練された剣士であると理解できてしまった。ゲーム知識に頼りすぎると、絶対に痛い目を見るぞ。


 オレは地面を転がって敵から距離を取り、短剣を構え直す。


 すぐに追撃が来ると考えていたが、彼は剣を振り下ろした姿勢のままだった。ゆっくり、地面へ突き刺さった得物を引き抜いている。


 何事かと怪訝に様子を窺っていると、ヴェッセルはこちらに笑顔を向けた。


「いいッ。いいよ、キミ! 少し不格好だったとはいえ、フェイベルンの一撃必殺の太刀を避けられるなんて素晴らしい! これは予想以上の大物だッ。僕は今、最高の戦いを享受してる!」


 恍惚とした表情を浮かべ、何やら語りだすヴェッセル。


 どうやら、先の一撃は必殺技のようなものだったらしい。それを回避したオレを、好敵手として認識したといったところか。


 うへぇ、マジか。狂戦士の好敵手認定? そんなの、どちらかが死ぬまで追いかけ続けるという宣言にしか聞こえない。勘弁してほしかった。


 嘆いたところで現実は覆らないけど、愚痴にも似た感情が湧くのは止められない。


「はぁ」


 溜息を吐きつつも、オレは気持ちを改める。


 起きてしまったことは仕方がない。カロンたちが逃げ切るまでの時間稼ぎのつもりだったが、ここで決着をつけるしか選択肢はなかった。


 色々と不利な条件は揃っているけど、オレの負けが決定したわけではないんだ。こちらにだって、向こうにない強みがある。それを活かして戦おう。


 大剣を構え直したヴェッセルが、再び攻撃を仕掛けて来ようとする。おそらく、先程と同様の、瞬間的に距離を詰める技だ。


 だが、同じ手にしてやられるほど、オレも甘くはない。今回は【先読み】を発動済みのため、ヴェッセルの軌跡が手に取るように把握できた。


 彼は真っすぐオレへ突っ込んでくるみたいだ。まさか、さっきも同じルートだったのか?


 ただの突進なのに、目で追えなかった事実に驚愕しながらも、オレは動き出す。あちらの動作を待ってから動いては、何もかも間に合わないゆえに。


 オレの挙動と同時に、ヴェッセルの姿が消えた。そして、次の瞬間には目前に現れ、大剣を高く振りかざしていた。


 今度は取り乱さない。繰り出される真向斬りを、背後へスウェーして紙一重で回避。そこから前へ踏み出し、短剣の二連撃を放った。


 このままでは火魔法の爆発に巻き込まれてしまうが、その対策は済んでいる。爆ぜる際、魔力壁を身体中に張り巡らせれば、一撃くらいは防げるはずだ。


 さすがはフェイベルンか。オレの攻撃を察知した彼は、重心が完全に降りていたにも関わらず、体を後ろへ傾けた。リーチの関係で、このままでは刃が届かない。


 しかし、それも想定済みだ。


 オレは短剣に込めていた魔力を実体化し、刃を延長した。


 かつての盗賊狩りでも使用した、魔力刃の伸身。初見でこれを見破れるはずはなく、彼我の距離は瞬く間に埋まった。


 確かな手応えを感じた直後、火魔法の爆発が身を包む。


 火炎と土煙で視界不良になる中、オレは後方へ飛びのいた。その後、臨戦態勢のまま、ヴェッセルの様子を窺う。


 爆発は数秒で収まる。


 土煙の晴れたそこに立っていたのは、両肩より大量の血を流すヴェッセルだった。あの手応えに相違なく、彼へ致命傷を負わせられていた。


 何らかの手段で防がれたのでは、と疑っていたオレは、ようやく胸中に安堵を覚えた。


 これで戦況はこちらの流れに傾いた。


 あちらの得物は大剣である以上、深く傷ついた両肩で振り回すのは困難を極める。あの狂戦士のことだから戦い続けはするだろうが、必ず悪影響は生まれる。


 オレは、慌てずその隙を狙えば良い。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


 深手を負ったというのに、ヴェッセルは哄笑こうしょうを上げていた。不気味なほどに頬を釣り上げ、高らかにわらっていた。


「ほんっとうに最高だよ、キミは! まさか刃が伸びるとは思わなんだ。今の技は何だい? これでも数多の戦場を駆け抜けてきたんだけど、初めてみる技だった。良ければ教えてほしいな」


 まるで長年の友人へ語りかける風に、ヴェッセルは問うてくる。


 心の底より、この戦闘を楽しんでいるんだろう。今まで見たことのない技を目撃し、純粋に胸を躍らせているようだった。


 というか、両肩が切断寸前だというのに、よく笑っていられるな。普通の人間なら戦闘不能の重傷だ。光魔法の使い手でなければ治療も難しい。


 この世界の治療法は、光魔法以外は前世の世界と大差ない。ポーションはあるけど、あれは基本的に魔力回復剤が主である。


 閑話休題。


 楽しげなヴェセルに対して、オレは返事をした。【銃撃ショット】という返答を。


 早打ちの達人の如く、一瞬だけ持ち上げられた右手の人差し指より、魔力の弾丸が発射される。


 魔弾は亜音速でヴェッセルへ向かっていき、その頭蓋に穴を開ける――


「わーお、こんな魔法も使えるのか。何だい、今の魔法? キミは僕の知らない技をたくさん持ってるようだね!」


 ――はずだった。

 

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