Chapter1-3 養子(5)

前回の投稿分にて、ブックマーク300とレビュー100点を突破いたしました。

また、異世界ファンタジーの週間ランキングで85位を達成いたしました。


大作と比べますと、まだまだ未熟な拙作ですが、これも読者の皆様方の応援の結果です。ありがとうございますッ!

これからも、応援のほどよろしくお願いいたします。


――――――――――――――――――――


 夕餉ゆうげ後のオレの自室。寝起きにしか使わない部屋なので、ベッドや机、本棚くらいしか物は置かれていないんだが、今ばかりはお茶用のテーブルと椅子が用意されていた。


 些か派手すぎるテーブルなので、シンプルな部屋とミスマッチ。かなり浮いていた。


 そんな違和感のすごいテーブルにつくのはオレとカロン。メイドも一人くらい控えているのが通常だが、今回ばかりは部屋の外に出て行ってもらっていた。


 一、二回ほどお茶に口をつけたところで、オレは魔力で自室を覆う。魔力消費は激しいが、こうすることで情報が外部へ漏れるのを遮断できる。妹と完全な二人きりを作り出せた。


 カロンには魔力の視認方法を教えているので、オレが結界を張ったのは把握しただろう。彼女は目を見開いた。その後、キョロキョロと周囲を見渡している。おそらくは【熱源探知サーモグラフィ】辺りの魔法を使って、室内に誰かが潜んでいないか探しているんだと思う。


 しばらくして、カロンはおずおずと尋ねてきた。


「本日は……オルカは、一緒ではないのですか?」


「違うよ。今日は、オレとカロンだけだ」


 想定していた質問だったため、即答で返す。


 やはりカロンは、オルカが現れるのを警戒していたらしい。そんな固着観念に捕らわれるほど、彼女との時間を作れていなかったようだ。妹を守ると誓っておいて、この体たらく。自分が情けなくなる。


「まず謝る。ここ最近、カロンと一緒にすごす時間を作れなくて申しわけなかった」


 オレは頭を下げた。これだけで済ませるつもりはないが、誠意を見せるのは大事だ。


 すると、どこか意気消沈していたカロンは、途端に慌てた様子へ変わった。


「あ、頭を上げてください、お兄さま。お兄さまが謝罪する必要はございません。全部、わたくしが悪いんです。わたくしが変に意地を張ってしまったのが悪いんです」


 まぁ、カロンなら否定するだろうな。この展開は予測できていた。


 だからといって、「はいそうですか」と認めるわけではない。オレは首を横に振る。


「いいや、悪いのはオレの方だよ。一つの目的に捕らわれすぎて、カロンの気持ちを蔑ろにしてた。最愛の妹が寂しい思いをしてたのに、それを気に留めてなかった。これじゃ、兄失格と言われても仕方ない」


「お兄さまは失格ではありません。れっきとしたわたくしのお兄さまです!」


 強い否定の言葉がカロンから発せられる。それだけ彼女に想われていることを嬉しく感じる反面、その想いを裏切るような行動を取ってしまったことが、とても不甲斐なかった。


「そう言ってくれるのは嬉しい。でも、やっぱり謝らせてくれ。すまなかった」


「わ、分かりました。謝罪は受け取りますので、もう頭を上げてください! わたくしは、いつものお兄さまの方が好きです」


「ありがとう、カロン」


 再び謝るオレに、カロンは右往左往しながら告げた。


 一応、これで形だけは丸く収まった感じかな。事態の解決には、まだ一歩踏み込まなくてはいけないけど。


 一拍置いてから、オレは話を進める。


「謝って早々で悪いんだけど、カロンの気持ちを教えてくれないか? キミが何を不満に思ってたのか、どうしたいのかを色々知りたいんだ。虫のいい話かもしれないけど、どうか頼む」


 カロンの目を真っすぐ見つめた。


 彼女もこちらをジッと見ており、揺れる紅の――炎のような瞳にオレの顔が映っている。


 幾許いくばくかして。見つめ合うことに照れたのか、頬を朱色に染めて若干目を逸らしたカロンは、そっと息を吐いた。


「虫のいいなんてことはありません。何度も申し上げていますが、これはわたくしが意地を張ってしまったのが原因です。ただ……それでも、わたくしのワガママを口にしても宜しいのでしたら、今からお話いたします」


「ぜひ頼む」


「……分かりました」


 やや躊躇ためらいを見せながらも、カロンは語りだした。


「正直言えば、自分でも、この気持ちを言葉で表すのは難しいです。ゴチャゴチャしていて、モヤモヤして……。とにかく、不快なのは確かでした」


 胸元に手を当て、考え込むように眉をひそめるカロン。


「無理やり言い表すなら、嫉妬なのかもしれません」


「それは、オルカがフォラナーダ家に入ることへ、か?」


 オレが相槌あいづちの代わりに問いかけると、彼女は首を傾いだ。


「どうなんでしょうか? 微妙に違うような気もします。彼が我が家の一員になることは、特段文句はありません。お兄さまやお父さまの部下の方々がお決めになったことですから」


 そうだったのか。てっきり、部外者だったオルカが身内になるのを嫌がっていると考えていた。


 表情に焦りはないし、声も平坦、言葉遣いもハッキリしている。今の内容に、嘘はないんだろう。


 となると、カロンはオルカのどこに嫉妬を感じているのか。


 その疑問は、次の彼女のセリフで解消される。


「ただ……」


 カロンは躊躇ためらいがちに一旦口を止め、オレの様子をチラリと窺ってから、話を再開した。


「お兄さまのお気持ちが彼に向くのだけは嫌でした。彼のことばかり心配するのが、とてもとても不快でした。そのうち、わたくしのお兄さまが彼のモノになってしまうのではないかと、不安で不安で仕方ありませんでした。そういった気持ちが混ざって、オルカに理不尽な怒りを覚えてしまったのだと思います」


 あくまで冷静に語るカロンだったが、言葉の節々に不安定な感情が見え隠れしていた。


 なるほど。結局は、オレの立ち回りが悪かったということか。もっと、しっかりカロンを確認していれば、今回の事態は回避できたはず。


 オルカを爪弾きにしないよう根回ししすぎて、本末転倒に陥っていた。目的と手段が逆転してしまっていたんだ。


 何やってんだか。自分の失態に、呆れてものが言えない。オレの最優先はカロンであって、その他は些事にすぎないというのに。


 オレは心のうちで溜息を吐きながら、席から立ち上がった。


 カロンは不思議そうにこちらを見ているが、構わず動き出す。カロンの目の前に移動して、それから彼女を優しく抱き締めた。


「えっ、お兄さま!?」


 吃驚きっきょうの声が聞こえてくるけど、抱擁を拒絶する仕草はない。むしろ、向こうも背中に腕を回してきている。オレよりも力強く。


「そんな心配をさせてすまなかった」


 オレは彼女の耳元で囁く。


 対し、カロンもオレの耳元で囁き返す。


「もう謝らないでください」


「そういうわけにはいかない。オレのせいで、カロンに無用な心配をさせてしまったんだ」


「それでも、です。お兄さまに頭を下げられると、わたくしが落ち着かなくなってしまいます」


「むぅ。それなら、これ以上はしておこう」


「はい、よろしくお願いします」


 オレが唇を尖らせ、カロンがたしなめる。いつもとは逆転した立場に、オレたちは揃って笑声を溢した。コロコロと軽やかな妹の声が耳に伝わり、穏やかな気持ちになる。


「オレの中の一番はカロンだ。これから先、貴族として、人として、色々なしがらみが増えるだろうけど、それだけは絶対に揺るがない。覚えておいてくれ」


 今回の件もそうだったが、いつまでもカロンばかり見てはいられない。人間として、周囲の者たちと関わらなくてはいけないし、貴族の関係も大事にしなくてはならない。


 必ず、カロンは再び嫉妬する時が来る。それでも覚えていてほしいんだ、オレが一番大事にしているのは、唯一の妹であるカロンだと。


「分かりました、お兄さま」


 オレの真剣な声を聞き、カロンは粛々と頷いてくれる。


 それから、いたずらっぽく笑って言った。


「もし、わたくしがまたヤキモチを妬いた際は、こうして抱き締めてくださいね」


 やはり、我が妹の笑顔が世界最強ではないだろうか。

 

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