Chapter1-3 養子(6)

 カロンと話し合った翌日。朝と昼の中間くらいの時間帯に、オレはもう一方の問題を片づけることにした。


 昨晩使ったままにしてあるテーブルに、今日はオレとオルカの二人が座っている。


 対面のオルカは、相も変わらずガチガチだった。体は硬直しているし、耳と尻尾もピンと伸び切っている。完全に警戒態勢だ。


 こちらから歩み寄ろうにも、ここまで頑なな態度だと難しいんだよなぁ。まずは、どうにかして彼の緊張を解さないといけない。


「オルカ、このお茶はリラックス効果のあるものなんだ。嫌じゃなければ、飲んでみてくれ」


「わ、分かりました」


 今にも消え入りそうな声で、オルカは首肯する。


 それから、ゆっくりとお茶を嚥下えんかしていった。


 想像よりも口に合ったのか、彼は僅かに驚いた様子を見せると、コクコクとお茶を啜っていく。瞬く間にカップの中身は空になり、ふぅと息を吐いてソーサーの上に置いた。


 所見ではあるが、オルカの緊張は解けているように思える。お茶の力は偉大だった。


「気に入ってもらえたかな?」



「ッ! は、はい!」


 うーん、まだダメか。オレが声をかけた途端に硬直してしまった。もっと時間をかけていかないと無理そうだ。


 オレは苦笑いをしつつ、テーブルにあるポットを使ってオルカのお茶を注ぎ足す。


 それを見たオルカは、慌てた風に腰を浮かせた。



「ほら。気に入ったなら、もっと飲んでいいぞ。まだまだあるからな」


「ぜ、ゼクスさまがお茶汲みなんてする必要ないですよ!? ぼ、ボクが自分で淹れますから!」


「いいの、いいの。これくらい、いつもやってるし」


 シオンに任せることも多いけど、カロンとのお茶会では毎回お互いのお茶を注いでいる。何なら、不定期で開く使用人たちとの親睦会でもやっている。無論、外部へ漏らさない前提の催しだけど。


 そもそも前提として、


「このお茶をブレンドして用意したのだって、オレだぞ?」


 前世での趣味の一つだったんだ。それこそ、お茶関連の資格を複数持っていた。この世界でも似たような品種はあるので、色々ブレンドを試している。今回のお茶は、そのうちの一つだった。


 オレの発言にかなり驚愕したみたいで、オルカは目玉がこぼれ落ちそうなくらい瞠目どうもくする。


 まぁ、似合っていない自覚はあるけど、些か驚きすぎではないだろうか。


「そんなに驚くことか?」


 オレがそう問うと、オルカは「あっ」と声を漏らし、勢い良く頭を下げた。


「も、申しわけございません。け、決して、ゼクスさまのご趣味をけなしたわけじゃ――」


「せ、責めてるわけじゃないから、頭を上げてくれ。謝る必要はないよ。純粋に疑問だっただけだ」


 あまりにも過剰な反応に、さしものオレも慌てた。ペコペコ頭を上下させる彼に近づき、落ち着くようになだめる・・・・


 明らかにオレのことを恐れているんだよな。フォラナーダへ来る前に、いったい何を吹き込まれたんだか。


 若干の呆れを滲ませながらも、頃合いを見計らって、再度質問を投じた。


「もう一度訊くけど、お茶のブレンドが趣味って変か?」


「そ、そういうわけじゃありませんが……」


 少し涙目で縮こまる姿は、男とは思えないほど愛らしい。怖がられている結果なので、まったく嬉しくないけど。


 オレは肩を竦める。


「最初から言ってるけど、あんまり堅苦しくしないでくれ。時と場合TPOは選んでほしいが、普段はもっと遠慮しないでほしいんだ」


 優しく諭すように話しかけると、ようやくオレの本音だとオルカは理解してくれたみたいだ。一呼吸置いてから、口を動かし始める。


「ぼ、ボクのイメージしてた上位貴族の子息とは違ったので、驚いたんです」


 上位貴族とは、伯爵以上の爵位を指す。オルカの前の家は男爵だったため、下位貴族だ。


「イメージって?」


「えっと……」


「何を言っても怒らないよ。何なら、神に誓ってもいい」


「えぇぇ」


 宗教国家である聖王国において、神への誓いは不可侵。おいそれと破れるものではなく、貴族が反故にした場合は極刑になる。


 そんなオレの重い発言にオルカは怯えつつも、言葉を続けた。


「えと、その……じ、上位貴族はいつも偉ぶってて、た、他人をオモチャにして遊んだり、み、身分下の者をイジメて喜ぶ、そ、そんなイメージがあります……」


「あー」


 オレは遠い目をした。


 そういう所業をする上位貴族の子息に、心当たりがあったんだ。


 もちろん、ゲーム内でのフォラナーダ兄妹である。平民を道具のように扱い、自分より爵位が下の貴族連中も平気でいたぶる。他人の不幸が蜜の味で、誰かの幸せを見た日には、それを潰さんと裏で画策する。彼らは、そういった外道の輩だった。


 それに、オルカの上位貴族像は、あながち間違いではない。全員が全員ではないけど、身分に胡座あぐらをかいて堕落している連中は存在する。たとえば、オルカの実家――ビャクダイ男爵をおとしめる貴族たちとか、な。


 しかし、色々と得心できた。


 おそらく、オルカはビャクダイ男爵領にいた頃より、敵対派閥の子息連中から嫌がらせを受けていたんだろう。加えて、親にも裏事情を聞かされている気がする。


 人間の上位貴族の醜い部分を知り尽くしていれば、同じ上位貴族の子息であるオレたちに心を閉ざして当然だった。


 とはいえ、オルカの今までの態度を容認するわけにはいかない。


 無論、諸悪の根源は、他者をわらう貴族どもだ。


 だが、悪い前例に遭遇したからといって、他も同様だと決めつけるのは宜しくない。貴族としても、嫌いな相手とも笑顔で握手できるくらいではないと話にならない。


 六歳児に求めるのは酷かもしれないが、貴族は年齢を言いわけにできないところがある。この辺はビャクダイ男爵の教育不行き届きだろう。


 さてはて、どうしたものか。一度染みついた固着観念は、拭い落とすのに時間がかかる。まだ子どもなので幾分か早く済むとは思うが、なかなか難しい作業だった。


 少しずつ慣らしていくしかないか。年単位の計画を考慮しておこう。


 数回程度のお茶会では無理だと判断する。早くても、一年くらいは必要だろう。


 とりあえず、今はオレたちが味方であることを、真摯しんしに伝えるしかない。


「オルカ」


 オレはオルカに目を合わせ、真面目な声音で言葉を発した。


 彼はすぐに目を逸らそうとするが、もう一度名前を呼んで阻止する。


「今すぐには信じられないとは思うけど、オレたちフォラナーダはオルカの味方だ。書類上では、もう家族になってる。家族を傷つける奴がいるか?」


「いません、けど」


 おどおどと答えるオルカ。


 けど、の先には「上位貴族は違う」とかが続くのかな。これは根が深い。


 溜息がこぼれそうになるのを堪え、オレは続ける。


「オレたちは裏切らないよ。少なくとも、オレとカロンは、絶対にオルカの味方だ。だって、三人だけの兄弟なんだから」


「きょうだい……」


 確か、上に兄が二人いたはず。いろんなしがらみのせいで、彼らはビャクダイに残っているため、思い出を想起してしまったんだろう。オルカは、やや感慨のこもった声を漏らした。


「そうだな……。信じられなくても、関わり合いは持ってくれ。何も知らなきゃ、裏切るかどうかだって分からないだろう? 仲良くするためじゃなく、監視するためでもいいから、オレたちと交流してほしい」


 人は、接する時間が長いほど好感度の上がる生き物だ。今は無理でも、交流を続けていけば、彼も心を許してくれるはず。


「……」


 オレの言葉を受けて、オルカは無言ながらも頷いてくれた。


 今日はこの辺が限界かな。この先の展開は、今後の努力次第ということで。




 この日よりオルカは引きこもらなくなり、交わす言葉が増えていった。彼がフォラナーダに馴染む日も、そう遠くないと思う。

 

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