Chapter1-3 養子(4)

 夕暮れの山林。領城の裏手にある、フォラナーダ直轄の山の中。動植物の溢れるそこで、オレは狩りをしていた。


 落ちた影に紛れて疾駆し、両手に持った短剣を振るって獲物を次々とほふっていく。


 どれも小さな体格のモノばかりだが、紛れもない魔獣だった。


 魔獣とは、動物が大気中の魔素を蓄積させ、より凶暴に進化した存在を指す。体内に魔石というコアを有し、魔獣固有の魔法を扱う。そして、例外なく人間種――人族や獣人族、エルフなど――に敵対的だ。


 魔獣は動物を狩るよりも難度が高く、最低でもレベル15以上は必要だろう。一般人には無理で、騎士や冒険者が間引きするのが基本。


 だから、よほどの事態でもない限り、街中や大通りでは姿を見せない。狩りをするなら、こうして山や森に足を運ぶしかなかった。


 ――で、オレが何故狩りをしているのかというと、レベル上げと実戦経験を積むためである。


 後者は言わずもがな。野生の魔獣を相手にすることで、普段の訓練では得られない戦の勘を身につけている。山林というフィールドも、体幹を鍛えるのに最適だった。


 前者は言い方こそゲーム的だが、効果を実感している。


 レベルという概念は、オレのゲーム知識を基準に作った強さの指標ではあるが、魔獣を倒すと能力が向上するのは周知の事実なんだ。訓練よりも手軽に強くなれるので、学園のカリキュラムに魔獣狩りが組まれているくらい。


 公になっている学説では、魔獣の余剰魔力を取り込んで進化している云々と説かれていたか。ゲームでも明文化されていなかったし、その辺の詳細は知らない。


 だが、魔獣を倒せば強くなるレベルアップするのは事実。これを行わない選択肢はなかった。


 まぁ、手軽とはいっても、安全に魔獣を倒せるのはレベル20に満たない程度から。一般人にはあまり手軽ではない。


 初めて狩りをしたのは二年前。魔法の訓練に一定の成果が出た辺りから。お陰で、オレのレベルも今や35、ようやく戦闘職の平均に到達した。


 ほぼ毎日狩りをしてこの程度・・・・なのは、山に小型の魔獣しかいないため。小型は経験値が少ないんだ。


 ちなみに、魔力量は隣国でも最多――おおよそレベル90相当――に届いている。ゲーム知識と地位を活かした特殊な訓練を積んだからな、これくらいは当然である。無属性魔法を使うと、瞬く間に溶けていくけど。


 閑話休題。


 いつも一時間ほどで切り上げる狩りだが、今日ばかりは三時間も続けていた。


 理由は明確、ストレス発散だ。


 例のお茶会より一週間。カロンとオルカの仲を深めようと、あらゆる策を弄した。――が、結果は惨敗。オレの頭を痛くする以外、何の成果も得られなかった。むしろ、オレがオルカばかりを構っていると勘違いし、カロンが不機嫌になる一方である。


 オルカもオルカで、まったく心を開こうとしない。オレが頼めば部屋を出てくれるが、声をかけないと、食事や入浴の他は部屋にこもりっぱなし。まるで前進がない。


 見通しが甘かった。カロンは予想以上にブラコンだったし、オルカの拒絶具合も想定より強かった。正直、ここまで苦戦するとは考えていなかった。


 前世の経験があるとはいえ、所詮は保育士。こういう問題に強いのは、やはり育児経験のある親なんだろう。


 残念ながら、オレは子どもどころか結婚の経験はない。カノジョくらいはいたが――それは何の役にも立たない。


「はぁ、本当にどうしたものか」


 手慰みに短剣を回しながら、もう片方の短剣で目前の魔獣を斬り殺す。血飛沫は、こちらへ降りかかる瞬間に魔力を実体化させ、一滴も通さない。


 考え得る交流企画はやり尽くした。となると、もっと別のアプローチを試すべきだ。でも、その“別のアプローチ”が思いつかないんだよなぁ。


 探知術によると、もはや周囲に魔獣一匹いない。まだ遠くには存在するが、これ以上は全滅させてしまう。それはレベル上げに非効率だった。


「今日はここまでか」


 欲を言えば、あと五十体ほどは狩っておきたかったんだけど、潔く諦めよう。


 オレは溜息を吐き、短剣を虚空にしまう。


 嗚呼、これはオレの開発した【位相隠しカバーテクスチャ】という無属性魔法だ。


 対象を実体化させた魔力で包み、その魔力を非実体に戻す。すると、包んだ対象も非実体化してしまうんだ。再び魔力を実体化させると、対象も元に戻る。


 隠密なんかにも使えるけど、オレは主に荷物の収納に使っている。


 この魔法は、魔力の実験中に発見した偶然の産物なんだけど、これに気づいた時は驚いたもんだ。何せ、この世界には空間魔法なんて代物はなく、当然ながらアイテムバッグみたいな便利道具は存在しない。この魔法が明るみになったら、絶対に世間がひっくり返るだろう。


 どうして、誰もこの事実を把握していないのか。理由の見当はつく。


 まず、無属性でないと発現が難しい。これはカロンとシオンで実証済み。カロンの場合は対象が燃えてしまい、シオンは水浸しになってしまった。たぶん、対象を包む工程のせいで、適性魔力の影響を強く受けてしまうんだと思う。


 次に、対象を出し入れする度に、魔力を実体化させる必要があること。シオンは一回の出し入れで、カロンは三回で魔力が枯渇した。オレでも二桁はギリギリ無理。それほどの魔力を用意できる人間がいるはずない。


 概要を把握している研究者はいるかもしれないが、前述した二点のせいで実証できていない可能性が高かった。


 というわけで、この【位相隠し】もオレのマル秘技術の一つ。中には普段使わないものしか入れていない。武器の類とか、将来の資金用の魔石とかだな。


 オレが下山を始めると、何者かの接近する気配を感じた。その人物に心当たりがあったので、気に留めず放置する。


「ゼクスさま、少しよろしいでしょうか?」


 近づいてきた人物――シオンが声をかけてきた。


 予想通りだったので、特に反応を示すことなく視線だけ向ける。


 オレの直属である彼女は、狩りの際にいつも見張り役を担ってくれている。だから、終了と同時に傍へ寄ってくるのは変わりない。


 しかし、わざわざ尋ねてくるのは珍しかった。


 オレは首を傾ぐ。


「どうした?」


「……今日はずいぶんと荒れていらっしゃいましたので」


 かなり言葉を選んだ様子で発言するシオン。


 それを受け、オレは「嗚呼」と頷いた。


 彼女なりに心配してくれているんだろう。普段の三倍も狩りをしていたし、戦い方も荒かった自覚はある。


 とはいえ、心配されるほどのことはない。ただの憂さ晴らしにすぎなかった。純粋に気遣われると、罪悪感があるな。


 オレは苦笑を溢しつつ、シオンへ言葉を返した。


「ちょっと悩みごとがあっただけさ。心配かけてすまないな」


「悩みとは……カロンさまとオルカさまのことでしょうか?」


 ためらいを見せながらも、シオンは問うてきた。


 まぁ、オレの傍についている彼女なら分かって当然か。いや、あの二人の微妙な関係は、領城の皆が把握しているところ。シオンでなくても気づくかもしれないな。


「その通り。どうやって仲を取り持とうか懊悩してる。……何かいい案はないか?」


 オレは彼女の言葉を認めつつ、問い返した。


 部下に問う内容でないのは理解している。これは身内の問題であり、貴族がその弱みをさらすのは危うい選択だ。特に、シオンは部下と言っても脅迫している相手。相談相手としては致命的に間違っているだろう。


 それでも、シオンに尋ねるべきだと考えた。シオンはこの機会に裏切らないと、そう勘が囁いた気がしたから。


 我ながら大胆な決断をしたけど、ハズレではなかったらしい。目前の彼女は、真剣な様子で思考を巡らせている。オレの悩みを、真正面より受け止めてくれていた。


 思えば、一年前の盗賊狩りの時もそうだった。戦闘後の魔力がスッカラカンだった状態にも関わらず、シオンはオレを始末しようとしなかった。あのタイミングで手を下せば、エルフの情報源を潰した上で実行犯を盗賊に押しつけられたのに。


 脅迫されているとは思えないほど、彼女はオレの命令を真面目にこなしてくれている。オレを害そうなんて気配を感じらせない。


 シオンの真意は判然としないが、近いうちに、接し方を改めた方が良いのかもしれない。彼女の誠意に応えるためにも。


 しばらくして、シオンが口を開く。


「接触機会を増やしてもダメなら、まずは個別に面談をしてはどうでしょう?」


「個別に?」


「はい。オルカさまは当然ですが、彼がフォラナーダにいらっしゃって以来、カロンさまとも一対一で接していないのではありませんか?」


「そういえば……」


 シオンに指摘されてハッとする。


 彼女の言う通り、オルカが来てからカロンと二人だけで話した記憶がない。彼女が不機嫌なのも理由だが、オルカとの仲を取り持つことに意識が向きすぎていたのが原因だった。


 シオンは続ける。


「ですから、まずは二人きりの時間を作ることをお勧めします。そうすることで、本音をお聞きになれるかもしれません」


「そうだな。ありがとう、参考になった」


「滅相もございません」


 目から鱗とは、このことだった。やはり、シオンを頼ったのは正解だったか。


 思い立ったが吉日だ。早速、カロンと二人きりで話せる時間を作ろう。色々文句は言われるだろうけど、それも兄妹というものだと思う。


 一筋の光明を見出したオレは、軽い足取りで領城へと帰っていった。

 

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