Chapter1-3 養子(1)

 聖王国の貴族には、法で定められた義務が存在する。自領を円滑に治めることや国家の危急に兵を出すこと、自領の人口調査など、その務めは多岐に渡る。


 これらの義務を貴族たちがまっとうしているからこそ、聖王国は大陸で一、二を争う大国として君臨できている。まさしく、ノブレスオブリージュというやつだった。


 そんな務めの中に、こういったモノが存在する。


 “貴族は、家督を相続してより十年以内に、男児を二子まで必ず儲けなくてはならない”


 出産にまで国が口を出すのか? と驚くかもしれないが、これも貴族社会の維持に必要な法律なんだ。


 勘の良い者なら気づいていると思うが、これは貴族の後継者に関する法律だ。『跡継ぎである長男と、万が一に備えた次男は生んでおけよ』、と国が喚起しているのである。


 言っておくと、一つや二つの家が潰れようと、聖王国にして問題はない。だが、この法を定めておかないと、潰れる家が一つや二つで済まなくなるんだ。


 というのも、この世界の出産は危険性が高い。前世でも出産は危険を伴うものだったが、その比ではなかった。二十年前の統計では、貴族女性の死亡原因トップ3にランクインするほどだったとか。


 何故、そこまで危険かというと、魔力に原因がある。胎児の魔力は不安定で、常に母体へ負担をかける。そのせいで体力が低下していき、弱った状態で出産という打撃を受けるため、致死率が跳ね上がるらしい。


 国も最優先で研究を進めたので、今では出産による死亡率も激減しているが、それでも母体にかかる負担の大きさは変わりない。出産直後は酷く衰弱するし、病気の類にも罹患しやすくなる。


 ちなみに、平民は貴族ほど負担がないと聞く。無論、前世よりも負担はあるようだが。


 この要因も、やはり魔力。平民は貴族よりも初期魔力量が少ないため、母体に与える負荷が少ないようだった。


 そういうわけで、出産の義務化が必要になる。この法律がないと、第二子どころか跡継ぎを生まない家が続出しかねない。それほどまでに、貴族の妊娠は危険を伴った。


 ただ、何も一人で長男と次男を用意しろとは言わない。何せ、女児が生まれる確率もあるんだから、下手すると何人も生む事態になってしまう。


 ゆえに、聖王国――いや、この大陸の大多数の国では、一夫多妻制が採用されている。前世では“女性を蔑ろにしている!”なんて声の上がりそうな制度だが、この世界では逆に女性を守るものだ。


 まぁ、跡継ぎ云々を考えなければ済む話だけど、それも難しい。


 跡継ぎが男に限定されている理由でもあるが、魔力は基本的に遺伝する。火や水といった属性もそうだが、質というのか――いわゆる魔力の遺伝子のようなものも継承される。魔力自体が血統の証明になるんだ。


 その魔力の質――魔質は、女性の後継者が続くと、そのうち消失してしまう。そういう事例が過去に何件もあったとか。そのため、貴族の跡継ぎは男が担う風習になった。


 嗚呼、フォラナーダ家は代々火の家系で、オレは属性こそ無属性だけど、魔質はきちんと継承しているぞ。


 いろいろ話したが、『この世界の出産は前世よりも危険で、それゆえに貴族は長男と次男の用意を義務づけられている』、この辺りを理解してくれていれば良い。




 さて、ここでお気づきだろうか。フォラナーダ家には一男一女しかいないことに。


 我が父が家督を継いだのは、オレが生まれる三年前。そう、貴族の義務を果たすには、もはや猶予が一年しか存在しなかった。


 だのに、母が妊娠したという話はまったく聞かない。


 端的に言って、オレたちの危機だった。義務違反をすれば、お家の取り潰しはもちろん、最悪の場合は連座で流刑もあり得る。まったくもって、冗談ではない。


 オレがこの事実を把握したのは、六歳の誕生日である三日前のこと。


 盗賊狩りをしてから一年。自分の権威のなさを痛感したオレは、いよいよ伯爵家の掌握に乗り出した。結果、フォラナーダ伯爵の人徳のなさもあり、中枢部の抱き込みに成功していた。表向きは伯爵の運営のままだが、実質はオレが継いだのと同じ状態になる。


 実行しておいて何だが、我が父の無能さがやばい。家令を務める執事は二つ返事で乗ってくれたし、重役たちも、オレの実力を見せたらアッサリ鞍替えした。相当、日頃の仕事に不満を感じていたんだろう。だって、無能と揶揄される無属性の提案を簡単に受け入れるとか、よっぽどのことだと思う。これから、自領の経営状況なんかに目を通すんだが、ちょっと怖くなってきた。


 ――話を戻そう。


 中枢を掌握したことで、オレは後継者に関する問題に気づいたわけだ。


 何で、ギリギリまで事態を放っておいたのか。側近たち曰く、我が母が子を産むのを強く拒否したから、らしい。


 より詳細を聞いてみると、オレの出産時は全然負担がなく、調子に乗って妹もすぐ妊娠したんだとか。だが、その妹の時がメチャクチャつらかったらしい。それこそ、身ごもって以来、ずっと悶え苦しんでいたようだ。その経験がトラウマになり、もう二度と子どもは生まないと拒絶している模様。


 なら、第二夫人やら愛妾やらに生ませれば良いと思うんだが――何と、父は母しか迎え入れていないという。


 生まれて六年、初めて聞く衝撃の事実だった。あのダメ人間たる父であれば、何人も女性を囲っていると考えていたんだが、現実は逆だったらしい。


 何でも、意外と我が両親はラブラブで、他の付け入る隙がないとのこと。


 嗚呼、うん。貴族らしくないという点では、我が両親らしいと思う。全然笑えないけど。


 しかし、困った。このままでは、ゲーム開始以前に、オレたち兄妹は路頭に迷ってしまう。


 いや、オレとカロンは日々精進しているから、それなりに豊かな生活をできる自信はある。


 問題は権力を失うことだ。光属性を有するカロンは必ず襲われる。それを権力なく守り通すのは難しい。


 カロンの身を守るためにも、今の地位を失うわけにはいかない。ともすれば、何か打開案を出さなくてはいけなかった。


 どうしたものかと頭を悩ませるオレだったが、その懊悩に対する回答は、思いのほか早く提案された。


「養子を迎えるしかありませんね」


 老齢の男、執事服をビシッと着こなした家令がそう告げた。


 それに対し、その場に集っていた重役たちは揃って頷く。


 オレは首を傾げた。


「養子を迎えても、義務は果たせるのか?」


 法律関連は勉強中のため、どこまで許容されるのか知らなかった。血の繋がらない養子という選択は許されるんだろうか?


「さすがに、長男を養子でまかなうことは許されませんが、予備である次男以降ならば可能です」


「もしも長男が継げなかった場合、血統を示す魔道具はどうする?」


 家督を継ぐ際、国の管理する魔道具で血統の確認を行う。それを使い、詐欺や謀略の類を防ぐんだ。


「特例で、登録された血統の上書きができます」


「なるほど……」


 お家乗っ取りの危険を孕むが、そういう抜け道を用意しなくては、貴族社会の維持も難しいか。


 ――うん? お家乗っ取り?


 一連の会話に、何か引っかかりを覚えた。既視感デジャヴとでも言うべきか、どこか聞き覚えがあったんだ。


 どこでだ? 生まれてこの方、家督関係の話をした記憶はない。特例に関しても、この場で初めて知ったくらいだ。となると、前世の記憶? ゲームでお家乗っ取りイベントでもあったか?


 転生してより六年も経つと、かなり記憶が薄れる。ゲームのイベント一つを思い出すのも時間を要してしまう。


 今までは周囲の目を気にしていたが、中枢を掌握したことだし、そろそろゲーム知識をメモに残した方が良さそうだ。でないと、絶対に全部忘れる。まだ、かろうじて覚えている今がチャンスだろう。


「実はつい最近、他家より養子の提案をされまして、それを受け入れる方向で動いておりました」


 オレが記憶の掘り起こしに四苦八苦していると、外務担当の重役が口を開いた。


 一旦思い出すのを止め、オレは続きを促す。


「詳細は、こちらの資料になります」


 そう言って、彼は分厚い紙束を渡してくる。


 その資料には相手方の家の情報、養子に出される本人の情報が羅列されていた。


 ただ、オレはそれら全てに目を通すことはなく、最初の一ページ目の――養子当人の名前を知って、ピタリと固まる。


如何いかがなさいましたか?」


 オレの異変に気がついた家令が、心配そうに尋ねてきた。


 オレは一つ深呼吸をしてから、手を軽く振る。


「いや、何でもない。養子の件は予定通り進めてくれ」


 追及したい雰囲気を出す重役らだったが、自分の立場を弁えて、それ以上に突っ込むことはしない。


 そのまま、いくつかの議題を処理し、重役会議は幕を閉じる。


 家令や重役たちは全員退室し、オレ一人だけが室内に残った。


 オレは再び養子の資料を眺める。そして、そこにある名前を口ずさんだ。


「オルカ・ファルガタ・ユ・ナン・ビャクダイ、か」


 それはゲームの攻略対象の一人にして、専用ルートではフォラナーダを簒奪する、ある意味では宿敵の名前だった。

 

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