Chapter1-2 盗賊(8)

※2022/05/20

【銃撃】の速度に関して、不確かな情報を表現にしようしていたため、修正しました。


――――――――――――――



 オレは体に鞭を打ち、転がって凶刃を回避する。


 格上に勝利を収めた喜びからか、気を抜きすぎていた。敵はもう一人いたのに、完全に意識の外だった。


 多数を相手取る戦いに慣れていない、なんて言いわけは許されない。言いわけをした結果死ぬのはオレ自身であり、妹のカロンだ。今の不意打ちだってパンチだから良かったものの、斧による攻撃だったら大ケガを負っていた。現状は幸運に恵まれたにすぎない。


 とはいえ、意識を逸らすと【先読み】が通用しないことが分かったのは収穫だな。あまり頼りすぎないよう、気に留めておこう。


 転がりながら息を整え、高い身体能力に任せて跳躍する。そのまま斧使いより距離を取りながら、短剣を構え直した。


「てめぇ。よくもウィンダルを殺しやがったな!」


 斧使いが、血走った目で怒声を上げる。


 どうやら、殺した剣士はウィンダルという名前だったらしい。……うん、どうでも良い情報だな。盗賊は盗賊だ。


 奴の口上なんて無視して斬りかかりたいけど、それは難しい。剣士を殺したせいで、オレを子どもガキだと侮らなくなってしまった。ピリピリと警戒しており、本気のスイッチが入っている。


 どうしたもんかね。【鑑定】ではレベル30くらいある。レベル差10は、無暗に突っ込んで勝てる力量差ではない。


 同じレベル帯の剣士に勝てたのは、油断していた上に作戦が上手くハマったから。あとは、洞窟内で魔法を使うのを、敵が躊躇ちゅうちょしてくれたのも大きい。斧使いに侮られていない現状は、新たな罠を仕掛ける他なかった。


 といっても、もはや作戦も何もないんだよなぁ。隠密は無理だし、間合いを詰めたくても許してくれないだろうし、遠距離攻撃の手段は限られているし・・・・・・・


「はぁ、仕方ないか」


 諦観の息を漏らす。


 許容していた手札で、状況を打開するのは不可能だ。そうなってしまったのは自分の落ち度だけど、だからといって無茶をするわけにはいかない。オレには、カロンを守るという重大な責務が残っているんだから。


 オレは、斧使いに向けて右手を掲げる。人差し指と親指を伸ばし、前世でいうピストルの形を作る。


 それを見た敵は、いっそう警戒した態度を取るが、そんなことをしても無駄だった。


 人差し指の先に魔力を集約させる。残りの魔力のほとんどを、指の第一関節程度の大きさに圧縮させていく。


 訓練で何度も繰り返した動作ゆえに、集約はあっという間だった。敵に真意を悟らせる前――もののゼロコンマ一秒で魔力の圧縮は完了する。


 危険な輝きを放つ指先を斧使いに定めたまま、オレは詠唱コマンドを口にした。


「【銃撃ショット】」


 次の瞬間、指から一筋の光が走る。


 光は一瞬で消え去り、そして斧使いは倒れた。頭には小さな穴が開いており、完全に息絶えている。


 前世の知識を持つ者なら、この光景を見てピンと来ただろう。オレが斧使いを銃撃したと。


 今のはオレが開発した無属性魔法、【銃撃】だ。魔力を弾丸の形に圧縮し、指先から放つという単純な術。未熟な現段階でも音速に近い速度で撃てるため、光速の光魔法を除けば最速の魔法だ。


 本当は、今回【銃撃】を使うつもりはなかった。この術は開発途中で、燃費が悪すぎるんだ。というのも、魔力操作性に欠点があり、どれだけ魔力が残っていようと、一発撃つ度にほとんどを消費してしまう。現に、オレには【身体強化】を維持する程度の魔力しか残っていない。とうてい実戦に通用するものではなかった。


「オレもまだまだだな」


 溜息を吐きながら、オレは【身体強化】に回していた残りの魔力をすべて使い、短剣の刃を伸ばした。瞬く間に切っ先は正面の壁に到達する。


 すると、


「ガッ」


 壁際に男が現れた。魔力刃に心臓を貫かれており、もう死んでいる。魔力刃は即座に消滅し、盗賊の男は床に転がった。


 死んでいる男は最後の盗賊。オレと剣士、斧使いの戦いを、隠密系の魔法を駆使して見張っていたんだ。隙を見て、オレを殺す気だったんだろう。探知術や【鑑定】、【先読み】の前には無力だったけど。


「見事、盗賊を全滅させましたよ?」


 先の発言を受けてか、背後で見守っていたシオンが口を開いた。


 それに対し、オレは肩を竦める。


「魔力がもうスッカラカンなのに? しかも、開発途上の【銃撃】を使うしかなかった。落第点だよ」


「ゼクスさまの理想が高すぎるのでは?」


 シオンは呆れた風に言う。


 彼女の言いたいことも理解できる。今のオレは五歳児。レベル30台が三人もいる盗賊を、単独で全滅させただけでも大金星だろう。


 でも、オレが目指す領域には遥かに遠い。これからカロンに降りかかる脅威を排除するには、まだまだ力不足だった。


 脳内で反省会を開きながら、シオンに指示を出す。


「オレはしばらく魔力回復に専念する。シオンは洞窟内の探索と賊の死体の処理を頼む。終わり次第、オレの警護に戻ってくれ」


「承りました」


 シオンはオレの傍から消え去る。きっと、そう時間を置かずに帰ってくるはずだ。




 その予想は正しく、約二十分で彼女は姿を現した。片手には、それなりに大きな荷袋をぶら下げている。盗賊の隠していた金目の類に違いない。


「どうだった?」


 オレが探索の結果を尋ねると、シオンは淡々と説明を始める。


「事前に探知で把握していた通り、伏兵の類はおりませんでした。もちろん、さらわれた村娘等も。一方、彼らが貯め込んでいた盗難品は、食料や酒が大半でした。武器の在庫は少なく、あったとしても鋼鉄製がせいぜい。私は鑑定眼を持ち合わせておりませんので、おおざっぱな試算にはなりますが、一定の価格以上で売買できそうなものを押収しました」


「分かった。十分な成果だ、ご苦労さま。押収品は、今は保管しておこう。時期を見計らって売ろうと思う」


「承りました。押収品の管理はお任せください」


 一礼するシオンを認め、オレは思案する。


 押収品の取り扱いに関しては問題ない。賊に盗まれた物品は、討伐者に所有権が移譲されるのが一般的。我がフォラナーダ領でも同様だ。


 即座に売り払わないのは、足がつくのを嫌ったため。現在のオレには、商売方面のコネがない。もう少し人脈を広げてから処理したかった。


 しかし、誘拐された者が一人もいないのは幸いだった。オレたちが到着する以前に売られた者らに同情はするが、今回の襲撃を第三者に見られたくはなかったんだ。オレの実力が露見するのは、どうしても回避したいゆえに。


 実力を隠すのには、明確な理由がある。というより、バレた場合のデメリットが大きすぎるんだ。


 今のオレは『フォラナーダ伯爵の長子』という立場でしかない。次期伯爵にもっとも近い存在ではあるけど、オレたち兄妹の魔法適正を鑑みると、その立ち位置は確固たるものとは言い難い。


 そんな不安定な状況で実力が露見してみろ。絶対に、権力者どもが群がってくる。ある者はていの良い傀儡かいらいにしようとして、ある者は邪魔者と断定し排除しようとして。都合は各々異なるだろうが、オレにとって害意となることは間違いなかった。


 ずっと実力を隠すつもりはない。オレに権力に抗えるだけの力が手に入るまで――最低でも学園入学までには、その辺りの準備を整えるつもりだ。


 というわけで、現時点でシオン以外に実力を知られるわけにはいかない。誘拐の被害者がこの場にいなかったのは、運の良いことだった。


 まぁ、いた場合の想定も一応していたが、実行しなかったんだし、良しとしよう。


「じゃあ、しばらく待機だ。オレはまだ魔力を回復し切ってない。そうだな……あと十分くらいは待ってくれ」


 魔力は、眠っている時が一番回復する。体を動かさず、精神がリラックスしている状態が、魔力回復に適しているためだった。


 本来、国内でも随一の量を誇るオレの魔力が、三十分そこらで回復し切るのは不可能だ。こんな賊の潜伏していた洞窟なら余計に。


 だのに、それを実行可能としているのは、精神魔法の効果だった。魔力回復を高速化する精神状態になるよう、精神魔法で調整しているんだ。


 ご存じの通り、実体化させる無属性魔法はどうしても魔力消費が激しいので、魔力回復に関連したモノは気合を入れて研究した。敵襲を度外視して完全無防備になっても良いのなら、ものの一分で全回復できるくらいの自信はある。現状、そこまで気を抜くことはできないけど。


 その後、魔力を回復したオレたちは、再び盗賊の根城にされないよう洞窟を崩落させてから、領城へ帰還する。到着は明け方近くになってしまい、五歳児の体にはつらいものはあったが、これでようやく安心してすごせる。


 まだまだ未来の不安は残っているが、カロンとの和やかな生活をしたい限りだ。

 

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