Chapter1-3 養子(2)

拙作の略称を募集しております。

筆者はそういうのを考えるのが苦手なので……宜しければお願いします。


――――――――――――


 オルカ・ファルガタ・ユ・ナン・ビャクダイ。ビャクダイ男爵家の末の子で、ゲーム内では聖女主人公の攻略対象の一人だった。


 彼の家系は獣人族――いわゆるケモ耳ケモ尻尾を有する種族で、この獣人は聖王国で複雑な立場にある。


 聖王国は王家を頂点に置く立憲君主制でありつつも、宗教国家の特色が強い国である。つまり、宗教的な思考が根強く、その宗派によって派閥が分かれるんだ。


 細かい差はあるが、大枠の派閥は二つ。一神派いっしんは多神派たしんはだ。


 前者は、主神は一人、その他の神は従属神にすぎない。そういった考え方の宗派。後者はその逆で、神は全員同じ地位にあるという考え。


 この宗派の違いで何が生まれるかというと、人種差別である。一神派の示す主神とは人族の神で、『他の種族の神より我ら人族の神の地位が上なんだから、人族は他の種族よりも偉い』と主張しているわけだ。


 かなり強引な論法なんだけど、主張している当人たちは本気ガチなんだよなぁ。平気で他種族を痛めつけるし、何なら奴隷以下の扱いもする。


 ちなみに、聖王国では奴隷は合法だ。様々な法で守られているため、酷い扱いはできないはずなんだけど、獣人族やエルフはその限りではないんだよね。ゲームでも、それを悟らせるような描写が存在した。


 閑話休題。


 現王家が多神派なので大っぴらに迫害はされていないが、一神派の勢力もそれなりに大きいせいで、獣人族の立場は安定していない。特に、獣人族の貴族は立ち振る舞いに気をつけないと、すぐに失脚してしまう。


 ――で、その立ち振る舞いに失敗したのが、オルカの実家であるビャクダイ家なわけだ。


 ゲームでは人伝の話だけだったが、ゲーム開始の八年前――現在より一年後に、聖王国で内乱が起きる。一神派が獣人族の貴族の数家を糾弾し、武力行使に出るんだ。


 その結果、争いに巻き込まれた獣人族の貴族家は潰れ、そのほとんどが奴隷に流される。事実上の死刑と言っても良い。


 その難を、オルカはどうやって逃れたのか。


 フォラナーダ家へ養子に出されたからだ。ビャクダイ家は事前に内戦を察知し、子どもだけでも逃がそうと画策したのである。


 そう、現状はゲームと同じ展開を進んでいる。確かゲームでは、能天気なフォラナーダ伯爵が、ペット気分で引き取ったんだったか。


 もありなん。我が父は、派閥争いなんて思考にない楽天家だからな。裏も取らずに養子を受け入れてしまうだろう。父の決断がなくとも、優秀な部下たちは提案を受ける気だったらしいが、後継者の問題を考えると仕方ない判断か。


 まぁ、オルカが養子入りすること自体に異論はない。問題は、彼の将来にある。


 もしも、聖女主人公がオルカルートを選択した場合、我がフォラナーダ家は、彼に乗っ取られてしまうんだ。当然、本来の血統であるオレやカロンは断罪される。


 といっても、正当な理由がある。


 まず前提として、ゲームでのオレたち兄妹はクズだ。自分に甘く、他人に厳しい。きちんとした統治なんて行うはずがない。ゆえに、それだけでも当主の座を追われるには十分。


 加えて、ゲームでのフォラナーダ兄妹は、養子に入ったオルカを虐め抜いていた過去が存在した。親元を離れて寂しい気持ちを抱えていた彼を、サンドバッグの如く苛烈に虐めた。そのせいで、オルカは引っ込み思案な性格になってしまう。


 そんな彼を主人公が癒していき、恐怖の対象であるフォラナーダを克服して奪い取るというのが、オルカルートの全容となる。


 うん、典型的な“ざまぁ”風味の逆転劇だ。


 ともすれば、転生者のオレや今のカロンならイジメなんて起きようがなく、オルカがフォラナーダを乗っ取る未来もないと予想できる。


 でも、絶対とは言い切れないんだよな。


 虐められなかったオルカが、どのように成長するか分からないのが一点。もしかしたら野心家になり、虎視眈々とオレたちの命を狙う可能性がある。


 何気ない行動を、オルカがイジメと捉えてしまう確率が一点。これより先、オルカは親兄弟や家を失う。その影響でナイーブになった彼が、些細なことを重く受け止めてしまい、虐められたと感じてしまう可能性は拭えない。


 ゲームと同じ展開を強制する力がこの世界にあるのか、未だに解明できていない。ゆえに、細心の注意を払いたかった。


 万全を期すならオルカを遠ざけたいんだが――


「養子、受け入れるしかなさそうだな……」


 残り一年で次男を作るのは不可能。養子縁組も、オルカ以外に話がない。もはや、彼を受け入れる他なかった。これが、強制力の証明の一つになりそうで怖い。


 溜息を吐きつつ、オレはオルカを迎える決定を下した。


 この決断がどのような未来を招くのかは分からないが……オレの育てたカロンと、ゲームで見たオルカの善性を信じよう。きっと、悪い結果にはならないはずだ。








 オルカがフォラナーダに来るのは、予想以上に早かった。養子縁組を受けると手紙を出してから一週間で返事は来て、その一ヶ月後には彼本人が到着した。


 それだけ、ビャクダイ男爵は危機を感じ取っているんだろう。内乱の起こる場所はフォラナーダより遠いが、警戒はしておこう。何か余波があるかもしれない。


 そうして今、領城の応接間にて、オレたち兄妹とオルカの初の顔合わせが行われている。オレとカロンが並んで座り、対面にオルカが座っている。


 オルカの容姿は、攻略対象に選ばれるだけあって、たいそう整っていた。男を形容する言葉としては不適切かもしれないが、“愛らしい”と表現するのが適確か。黄緑の瞳がクリクリしており、肌は初雪のように白い。赤茶のショートヘアはサラサラと揺れていて、狐の耳と尻尾が生えているのも愛らしさを助長していた。


 ゲームで知っていたとはいえ、実物を目にすると衝撃を受けるな。


 オルカは、攻略者の中でもカワイイ担当だった。いわゆるショタ系で、選択肢次第では女装することもある。それくらい可愛らしい見た目をしている。


 今は六歳とあって、男でも違和感はない。


 だが、オレは知っている。この調子のまま成長していくことを。正直、見た目だけなら美少女だ。末恐ろしい限り。


「はじめまして。こ、このたび、フォラナーダ家の、ま、末席に加わることになりました、お、オルカ・ファルガタ・ユ・ナン・ビャクダイです。よ、よろしくおねがいしますっ」


 オルカが、おっかなびっくりといった様子で名乗りを上げる。プルプルと震え、涙目を浮かべている彼は、率直に言って保護欲をくすぐった。気を引き締めないと、いけない扉を開きそうになる。


 すでに手続きは完了しているので、彼は『オルカ・ファルガタ・ユ・サン・フォラナーダ』と名乗るべきなんだけど、緊張しすぎのせいか気づいていなかった。他の人もないし、今は目をつむろう。


 おっと、いつまでも黙り込んでいたら、オルカが不審がってしまうな。手早く挨拶を済ませよう。


「はじめまして。オレはフォラナーダ伯爵の長子、ゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダだ。今日から兄弟になるんだし、堅苦しい言葉遣いはしなくてもいいよ。オレも砕けた感じで話すから。これからよろしく、オルカ」


「よ、よろしくお願いします、ぜ、ゼクスさま」


 うーん、カチコチに固まっていらっしゃる。こっちは、できるだけ柔らかい雰囲気を心がけているんだけど、簡単にその牙城は崩せないか。まだ幼いとはいえ、貴族である以上は自分の状況を理解しているのかもしれない。実家の危機や養子の立場の弱さを。


 オルカルートのことを考えると仲良くしておきたいんだが、長期戦を覚悟する必要がありそうだ。


 オレが苦笑を溢していると、横のカロンも挨拶を始める。


わたくしはゼクスお兄さまの妹、カロライン・フラメール・ユ・サリ・フォラナーダです。よろしくお願いしますね、オルカ」


「は、はいぃ。よ、よろしくお願いします、カ、カロラインさま」


 太陽の如き黄金の髪をなびかせ、優雅に一礼するカロン。


 あまりに神々しい姿に、オルカも吞まれてしまったようだ。オレの時よりも緊張感をあらわにしている。


 気持ちは分かる。我が妹は、五歳とは思えないほどにキレイだからな。ロリコンでなくとも、目を奪われる空気をまとっている。


 ただ、今日の彼女は固い印象を受けた。いつもは、もっと陽だまりのような柔らかさがあるんだが、今はやや強い陽射しにも似た感じ。


 カロンも緊張している? 人見知りをする子ではなかったはずだけど……。


 どこか釈然としないまま、本日の顔合わせは終了する。オルカは長旅で疲れているだろうからと、早々に宛がわれた自室へ戻っていった。


 オルカを見送ったオレたちは、まだ部屋に残っている。カロンは、未だ固い態度を変えていなかった。


 この後は恒例の魔法訓練をするんだが、その前に言葉を交わしておいた方が良さそうだ。


 オレは意を決し、ソファから立ち上がるカロンへ声をかける。


「カロン、ちょっといいかい?」


「もちろんです。何でしょうか、お兄さま」


 満面の笑みを浮かべる彼女だが、やはり固い。


 不機嫌とは少し違うな。怒っているとも違う。……すねている?


 カロンの感情を読み解きながら、言葉を紡ぐ。


「何か嫌なことでもあったか?」


「いえ、別に。どうして、そのような質問をなさるのですか?」


「何となく、様子がおかしかったからな。オレはいつもカロンを見てるんだ、異変には気づくぞ」


「お兄さま……」


 あっ、ちょっと機嫌が直った。今のオレのセリフが、相当嬉しかったらしい。兄冥利に尽きるね。


 でも、今はすねている原因を知りたいんだ。


 オレは重ねて問う。


「話してくれ、カロン。オレはカロンの役に立ちたいんだ。兄としてな」


 真摯しんしな態度が伝わったのか、カロンは「そうですね」と小さく息を吐いた。


「自分でもよく分かっていないのですが……あのオルカと兄弟になると聞いて、心がモヤモヤするんです」


「オルカが嫌いなのか?」


「そういうものではない、と思います。彼個人を嫌っているわけではない気がします」


「うーん」


 オレは腕を組んで唸った。


 漠然と、オルカと兄弟になることに対して、カロンは不満を抱いているのは理解できた。でも、何を不満に思っているのか、具体的なモノが分からない。それは、当人も判然としていないようだった。


 カロンはかぶりを振って、力なく笑う。


「申しわけありません、心配をかけてしまって。貴族の義務は理解しているつもりなので、今回のことに文句はありません。お兄さまも、お気になさらないでください。わたくしは、お兄さまが気に病んでしまう方が心苦しいですから」


 先に訓練場へ行って参りますね、と言って、彼女は応接間から退室していった。


 一人残ったオレは溜息を吐く。


「前途多難だな、これは」


 オルカの養子縁組は、想像していたより難しい道になりそうだ。


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