Chapter1-2 盗賊(1)
「お兄さまとお出かけっ。二人っきりでお出かけ!」
手を繋ぐカロンが、今にもステップを踏み出しそうなテンションで隣を歩いている。
頬笑ましい妹の姿にオレはニッコリ。道中をすれ違った人々も、あまりの可愛らしさにニッコリ。ふふふっ、さすがは我が愛しの妹。その愛らしさは万人の目を釘付けにするらしい。
カロンの発言の通り、オレたちは二人だけで出かけていた。それも城下町に。
当然、お忍びであり、シオン以外は誰も知らない。知られたとしたら、間違いなく大騒ぎに発展するだろう。
とはいえ、バレる可能性は万に一つもない。今のオレたちは偽装魔法で街の子供に扮しているし、領城にはオレらを模した分身もいる。加えて、分身の傍にはフォロー役のシオンが控えているんだから、何の心配もいらない。……いや、シオンが何かドジを仕出かしそうで怖いから、余計な心労を抱えている気がする。致命的なミスは犯さないことを願おう。
ちなみに、分身はオレとシオンの合作である。魔力を固めたものに偽装魔法で色を付けて体を作り、精神魔法でオレたちの心を模倣して疑似的な魂を植え付けた。
肉体の方は触られるとバレてしまうが、接触されなければ問題はない。
自分たちで作成しておいて何だが、とんでもない代物を生み出したと思う。これが完成した時、オレもシオンも呆けてしまったくらいだ。絶対に、外部へは漏らさないと誓い合った。
シオンが裏切る心配はまったくしていない。その辺りは、精神魔法の【誓約】で解決している。
【誓約】とは、文字通り約束を守らせる術だ。対象の精神に魔力の楔を打ち込み、条件に沿ってダメージを負わせる。今回の場合は、『フォラナーダ兄妹の情報を、オレ――ゼクスの許可なく漏洩しないこと』となっている。オレの方には『シオンが【誓約】を破らない限り、彼女の秘密を口外しない』と【誓約】している。
シオンだけでも良かったんだが、そこは誠意を見せた形だ。脅しておいて誠意も何もない気はするけど、オレの自己満足ということで。
――話を戻そう。
オレとシオンの魔法もあって、オレは自由を得られた。今までは周りの目があったせいで、城の中で活動するしかなかった。出られたとしても、近場の森林が限界だった。その制約が取り払われたのは大きい。
オレはもっと強くならなくてはいけない。外に出られるということは、それに多大な好影響を与えてくれるはずだ。
そういうわけで、今回のカロンとのお出かけは、お忍びで外出するための足がかり。言わば、訓練みたいなものだった。何せ、前世の記憶を持っているとはいえ、城の外に出た経験は少ない。他人のいるところなら、なおさら。ある程度、慣れていく必要があった。
では、どうしてカロンも一緒かというと、秒で分身がバレたから。
自信満々に『バレることはない』と断言したので恥ずかしいが、彼女には通用しなかったんだ。曰く、気配が全然違うらしい。オレには理解できないが、ブラコンのカロンが言うのなら間違いないんだろう。
もしかしたら、熟練の戦士や隠密にも通用しない可能性もあるし、もっと完成度を高める必要があるかもしれない。今後もシオンと改良を続けよう。
閑話休題。
そういう経緯もあり、カロンも今回の外出に同行している。不測の事態を考慮すると心配だが、最愛の妹とのデートに不満は一切ない。せっかくの機会を楽しむ方が賢明か。
まぁ、オレたちは四歳児の子ども。外出といっても、せいぜい城下町を練り歩くくらいにはなると思う。それでも、初めての外だから、それなりに楽しめるはずだ。特に、カロンはすべてが新鮮だろうし。
予想した通り、城下町に来てから、カロンは大はしゃぎだった。あれは何ですか? これ、すごいです! あちらも興味深いです! などなど。目につくもの全部に興奮した様子を見せていた。無論、その愛くるしい姿は、オレの脳内に永久保存してある。
そうやって大通りの商店街をしばらく歩いていると、開けた場所に出た。街の中心から少しだけ離れたところにある広場のようだった。
広場は子どもたちの遊び場になっているみたいで、オレたちと同年代――四、五歳くらい――の子らがいた。数は十人程度だが、聖王国の人口を考えると多い方だと思う。
それに、領城にこもりっぱなしだったオレたちにとって、同年代と交流する機会は貴重だった。とりわけ、妹は初めての
事実、子どもたちを目にしたカロンは、まるで珍獣でも発見したかのように驚き、期待に満ちた瞳をしていた。
彼女は、オレの服の裾をチョイチョイ引っ張って、喜色を含んだ声を上げる。
「お兄さま!」
「うん。一緒に遊んでもらえるよう、お願いしてみようか」
カロンの言わんとしていることを察し、オレは首肯する。
領主の娘が領民に“お願い”をするなんて、城の者たちが耳にしたら止めに入るに違いない。
だが、オレはそれを良しとする。
オレたちが身分を隠して訪れているのも理由の一つだけど、一番の狙いは別にあった。
たとえ身分差があっても、頭ごなしに命令を下せば良いものではない。誠意を持ち、相手の気持ちを慮った上で、その場に応じた頼み方をするべきだ。そういう道徳的な価値観を、カロンには学んでほしかった。
無論、貴族という立場を忘れてはいけないが、その辺りの心構えは、家が用意する家庭教師に一任すれば良い。さすがのオレでも、そういった部分は教えられない。
「あ、あの、少々お時間をいただけないでしょうか?」
追いかけっこをしていた子どもたちに、勇気を振り絞って声をかけるカロン。緊張で頬を染める彼女は、大変愛らしいと思います!
何ごとかと、子どもたちは一斉にこちらを向く。
十人近い視線が一度に集まったせいか、カロンはビクッと肩を震わせ、隣にいたオレの手を握ってきた。
いつもより気弱な彼女はとても可愛いんだが、いつまでも見守っているのは大人げないか。
オレは『大丈夫だよ』と彼女に囁き、繋がった手を握り返した。
すると、この行動で安心できたようで、カロンの表情は幾ばくか和らいだ。それから、小さな深呼吸の後に言葉を紡ぐ。
「わ、
カロンの澄んだ声が、広場に響き渡る。
「「「「「…………」」」」」
対する子供たちは、ポッカーンと呆けた様子だった。
彼らの反応は一向になく、次第にオロオロ取り乱し始めるカロン。
この展開はオレにとっても予想外で、少し困惑してしまった。
あの子らはどうしたんだ? カロンに落ち度はなかったように思えるけど。
しばし首を傾ぐオレだったが、子どもたちの表情を見ていると、一つの回答に辿り着いた。
「ああ、そういうこと」
「な、何が原因か、お分かりになったのですか、お兄さま!」
思わず呟くと、食いつかんばかりにカロンが反応した。よほど、現状に耐えかねていたらしい。
オレは苦笑を溢しつつ、彼女をなだめる。
「落ち着きなさい。話はそう難しくない。あの子たちに、カロンの言葉が伝わってなかっただけさ」
「伝わっていない? 彼らは、外国の方なのですか?」
「違うよ。あの子たちは敬語を知らないんだ。だから、カロンが何を言ってるのか、理解できないんだよ」
貴族として早い段階から教育を受けているオレたちとは異なり、目の前の彼らは就学前の子どもだ。
一応、ゲームの舞台となる学園とは別に、基礎勉学を習う学校は存在する。でも、それだって九歳で入学するものなので、彼らには早かった。
ゆえに、彼らは敬語を知らないんだ。知らない言葉遣いは、他国の言語と大差はない。
そこまで説明すると、カロンはキョトンと小首を傾いだ。
「ケイゴとは何でしょうか?」
「え?」
想定していなかった返しに、一瞬呆けてしまうオレ。
だが、今回はすぐに得心した。
幼い彼女は、敬語という概念を知らないようだった。教育係に言葉遣いの指導は受けているものの、それが敬語という
オレは、どう伝えるか吟味してから口を開く。
「カロンの話し方――教育係に教わってる丁寧な喋り方を、敬語って言うんだよ。敬語はもう少し大人が使う言葉だから、あの子たちは知らないんだ」
厳密には違うが、今はこの説明で問題ないはずだ。聡明な妹なら、ある程度は知識をすり合わせられると思う。
オレの認識は正しく、カロンは理解を示してくれた。
彼女は慌てた風に言う。
「お兄さま、どうしましょう。
育ちの良い弊害と言って良いものか。タメ口なんて喋る機会のないカロンは、子どもらに通じる言葉の持ち合わせがなかった。
ただ、彼女には抜け道がある。
「そんなことないぞ。オレは、カロンに対して敬語で話してない。オレの口調を参考にすれば、何とかなるはずだよ」
実際は、急に話し方を変えるのは難しいだろう。だが、オレが傍でフォローすれば大丈夫だと思う。
「ほら、何ごともチャレンジだよ」
「が、がんばります!」
オレが激励すると、カロンは両こぶしを握り締めた。そして、子どもたちへ再び声をかける。
「えっと……
やや片言っぽくなってしまったけど、無事に言い切るカロン。
今度こそ、彼女の言葉はしっかり伝わったようで、子どもたちは顔を見合わせてから笑顔で頷いた。
「「「「「いいよ!」」」」」
その後、オレたち兄妹は、日が暮れるまで広場を駆け回った。
「申しわけございません、お兄さま」
カロンの謝罪が、背中越しに聞こえてくる。
夕焼けに染まる街の中を、オレは妹を背負いながら歩いていた。というのも、初めて同年代の子どもたちと遊んだカロンは張り切りすぎてしまったらしく、遊び終わる頃には一歩も動けないほど疲労してしまったんだ。
だから、こうしてオレが
可愛い妹を背負えるのはご褒美も同然なんだが、それを伝えてもカロンは納得しないだろう。
オレは言葉を選び、カロンへ伝える。
「謝る必要なんてないぞ。オレは、この状況を迷惑だとは感じてない」
「でも……」
「カロンが申しわけなく思ってしまう気持ちは分かる。でも、逆の立場になって考えてみてくれ。もし、オレがカロンの手をわずらわせたとして、キミはそれを迷惑に感じるか?」
「そんなわけありません!」
オレの問いかけに、強い反論が返ってくる。
疲れているはずなのに大声が出るのは、それだけ強く想われている証拠だった。
その事実を嬉しく感じながら続ける。
「オレも同じさ、カロンの手助けができて嬉しいんだ。仲の良い兄妹同士、お互いを支え合おう」
「お互いを支え合う……」
今のセリフに感じ入る部分があったのか、カロンは小さく呟いた。
「そうさ。オレが困った時は、カロンが助けてくれ」
「はい。
「ああ、その調子で頼むよ」
軽快な返事をするカロンに、オレは自然と笑顔を浮かべる。
カロンは、順調に成長している。ゲームで悪役になるなんて信じられないほど、心優しい子になっていた。
最愛の妹が真っすぐ育っていることに、純粋な喜びを覚える。
オレたちは家路をゆっくり歩いた。他愛ない雑談を、妹と交わしながら。
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