Chapter1-1 ゲームの世界(5)
魔法訓練にカロンが加わって約二年。彼女が四歳を迎えた数日後に、とうとう来たるべき日が到来した。
中庭でいつも通り訓練をしていると、傍で光魔法の練習をしていたカロンが、嬉々とした声を上げたんだ。
「お兄さま、お兄さま。ごらんになってください!」
最近ではスッカリ滑舌が良くなってきたカロン。舌足らずな彼女のセリフを聞けなくなったのは残念に思うけど、兄としては成長を喜ぶべきなんだろう。
最愛の妹に呼ばれて応じない兄はいない。オレはカロンの方へ体を向ける。
そこには、掲げた両手の間に光の球を浮かばせる、彼女の姿があった。
どこからどう見ても、あの球は初級光魔法の【光球】である。ついに、カロンは光魔法の発現に成功したのだった。
オレは、この一年で開発した無属性の探知術――魔力を大量に拡散させ、反響で周囲のものを探る――を発動。この光景を目撃している者を調べる。
幸い、この周囲にいるのは、オレたち兄妹以外に一人しかいなかった。オレ付きのメイドである。彼女であれば、何とかなるだろう。もっとも都合の良い展開だった。
オレは安堵しつつ、やんわりとカロンの両手を握る。オレの手で【光球】は覆い隠され、彼女が集中力を切らした影響で、魔法はフッとかき消えた。
「おめでとう、カロン。四歳で光魔法の発動に成功するなんてすごいよ。さすがはオレの妹だ。天才だな」
まずは褒める。カロンはオレに称賛してほしくて声をかけたんだろうから、しっかり役目を果たす。まぁ、そんなの関係なく、彼女を褒め倒したい気持ちはあるんだけど。
「ありがとうございます、お兄さま!」
カロンは満面の笑みを浮かべた。尻尾があったら、はち切れんばかりに振り乱していそうな雰囲気がある。
「カロン。喜んでるところ悪いけど、この魔法を使えることは、オレとカロンの二人だけの秘密だ。絶対に、他の人に光魔法が使えるって教えちゃいけないよ」
オレは彼女の頭を撫でながら、静かな声で説いた。
それを聞き、先程の喜びようが嘘のようにシュンとしてしまうカロン。心が痛むけど、彼女の将来のためだ。
「
「カロンは悪くないよ。ただ、光魔法を使える人は、とっても少ないんだ。知られると、カロンは注目されてしまう」
「注目されるのは悪いことなのでしょうか?」
お兄さまも鼻が高いと思いますが、とカロンは首を傾ぐ。
四歳児に希少性ゆえの危険性を理解するのは、なかなか酷だろう。オレは詳細を語るのではなく、端的に事実を伝えることにした。
「悪いことではないけど、悪い人に目をつけられる可能性があるんだ。そうなると、オレと離れ離れになってしまうんだよ」
「光魔法のことは他言しません!」
早押しクイズなら優勝間違いなしの即答だった。
カロンなら、こう言えば頷いてくれると確信していた。
シスコンのオレも顔負けの立派なブラコンに、カロンは育っていた。それこそ、トイレ以外は四六時中同行している。お風呂だって一緒に入っている。
そんな彼女に、兄と離れ離れになる状況が耐えられるはずはない。オレも耐えられない。
この『離れ離れになる』という文言は、秘密を守らせる必殺のセリフだった。魔法の訓練をしていることや精神魔法のことも、この文句で黙らせている。絶対に口を割らないと断言できた。
「光魔法の訓練をする時は、必ずオレに声をかけるように。オレの許可がない限り、絶対に光魔法は使わないこと。守れるかい?」
「はい、絶対に守ります!」
小気味良いカロンの返事を聞き、オレは満足げに頷いた。
カロンへの対応はこれで十分だ。あとは、お付きのメイドの口を封じれば完璧である。彼女の対処は、後ほど行うとしよう。
その後、オレたちは日が暮れるまで訓練を続けた。メイドからの熱心な視線を感じながら。
訓練後、一緒にお風呂入ると言って聞かないカロンを説き伏せ、何とか一人の時間を確保する。
オレはお付きのメイドを従え、人気の少ない庭園の端っこへと足を運んだ。
すっかり日の暮れた庭は、人の気配を感じないことも相まって、かなり不気味さを覚える。
「さて」
探知術で周囲を探った後、オレは後ろに付き従うメイドの方へ向き直った。
メイドの名前はシオン・シュヒラ・クロミス。年齢は十九。身長百六十七センチメートル、体重五十キログラム、スリーサイズは上から80、56、83。淡い青紫の髪と翠の目をしており、水、闇、風の
伯爵令息のお付きともなれば、ベテランの使用人か歳の近い者を起用するのが普通だが、彼女の場合は特殊だった。王宮から推薦されているために、今の役職以外に割り振るのが難しいんだ。
クールな面持ち、ピシッとまとめたシニョンの髪型や服装から、生真面目な性格が窺える。――が、実のところ、彼女はかなりのオッチョコチョイだったりする。食器洗いをすれば皿を割る、掃除をすれば壺を割る、洗濯をすれば生地をダメにする、何もないところで転ぶなどなど。中身と外見のギャップが激しい女性だった。
そんなシオンにカロンのことを知られているわけで、それを秘密にするよう説得しなくてはならない。
ドジッ
というのも、シオンは王宮側のスパイなんだ。推測にはなるが、たぶん光属性の適性を持つカロンを監視したいゆえに、送り込んできたんだと思う。実際、オレに付き添う振りをして、よくカロンの動向を窺っていたし。
何故、オレがそのことを知っているかって?
もちろん、無属性魔法が関係している。【身体強化】の実験の一環で、五感それぞれを強化した時があった。その際、シオンがスパイ云々の愚痴を、独り言で呟いていたのを聞いてしまったんだ。
……うん、王宮のスパイとして自覚が足りないのではないかと苦言を呈したいが、彼女は今回が初任務だったらしく、それなら仕方ないのかなと思わなくもない。いや、それでも声に出してしまうのは致命的すぎるミスだけど。
まぁ、こういうポンコツが送られるのも、フォラナーダらしいっちゃらしい。現当主、オレの父は貴族に不適格な人材で、周りから侮られているからな。シオンの初任務地になったのも、ミスをしても大きな問題にならないと踏んだためなんだろう。
しかし、その判断が彼女を追い込むことになる。何せ、今のフォラナーダにはオレというイレギュラーがいるんだから。スパイだって明らかになってしまった以上、そこを利用しない選択肢はない。
「……」
「……」
真っ暗な庭の隅にて、無言で見つめ合うオレとシオン。
ただ、シオンはいつものクールな表情ながら、どこか困惑が感じられた。精神魔法の研究を進めた結果、体外へ漏れる魔力より感情を読み取れるようになったので、まず間違いない。
オレは、さらに彼女を動揺させるよう、無言で笑顔を作った。無言で笑顔の圧力というのはバカにならない。
案の定、シオンの感情は揺らぐ。演出された不気味さに
これがベテランのスパイだったら、ここまで上手く運ばなかっただろう。シオンがシオンであってくれて感謝だ。
「シオンって、王宮のスパイだよね」
動揺が最高潮になった辺りでトドメを刺す。有無を言わせぬ断定で迫り、否定の言葉を吐かせないよう誘導した。ついでに【困惑】の精神魔法をぶつけて、平静に戻らない布石を打っておく。
「あ、え……その……」
「否定しないってことは、正解ってことだよね」
追い込む、追い込む。可愛そうなくらい慌てているシオンだが、ここまで来てしまったら、もはや逃げる道は存在しない。
「スパイのこと黙っててあげるから、カロンがあの魔法を使えることも黙っててほしいんだ」
混乱の
「そ、それは無理です。わ、私は、王家へ忠誠を誓っていますので」
それでも、シオンにはスパイの矜持があるのか、交渉を蹴ってきた。
合理性ではなく、信念の問題というわけか。うーん、これは面倒な手合いだ。性格的に、てっきり合理主義かと思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。こうなると、手を組むメリットを提示しても、『主人は裏切れない』の一言で一蹴されてしまう。
仕方ないか。
「オレの要求を呑めないのであれば、キミに関する重要な秘密を公に暴露する」
オレは、対シオンの最強の切り札を、ここで使うと決めた。スパイであることを差し引いても彼女のことは気に入っていたため、可能なら取りたくない手段だった。だが、背に腹は代えられない。オレの最優先は、カロンの身の安全なんだ。
こちらの脅しを受け、シオンは目を泳がせる。
「ひ、秘密とは、な、何のことでしょう?」
あからさまな態度にも関わらず、彼女は白を切った。
……いや、よくその言葉を吐けたな。呆れを通り越して感心してしまうよ。ここまでバレバレの様子を見せておいて、普通は否定意見なんて口にできないと思う。
オレは溜息を吐き、一言呟いた。
「エルフ」
「ッ!?」
うん。シオンは絶対、スパイに向いていない。今すぐ転職をお勧めするレベルだ。この口封じが成功したら、検討するように口添えしよう。
ビクッと肩を揺らす彼女を見て、オレは脱力してしまう。しかし、ここで止まるわけにはいかないので、グッと溜息を堪えて話を続けた。
「シオン。キミの正体はエルフなんだろう? ……ああ、尋ねるような言い方をしたが、もう断定している。否定しても無駄だ。キミが先程の要求を呑まなければ、この事実を公表する」
この世界には、他のファンタジー作品のご多分に漏れず、人間以外の種族――人間、獣人、エルフの三種が繫栄している。
オレの所属する聖王国では、そのうち人間と獣人が共存しているんだが、エルフだけは異なった。
というのも、聖王国とエルフ主体の国である
ゆえに、オレがシオンをエルフだとリークすれば、彼女が死ぬ。比喩でも何でもなく、国民全員が敵に回る。
まぁ、彼女個人の犠牲で済めば良い方か。おそらく、問題はさらに広がる。何せ、彼女は王宮より推薦を受けた使用人だ。必然、王宮とエルフが密接であると疑われ、最悪の場合は国家が転覆するかもしれない。シオンという個人が、聖王国という国家を揺るがすんだ。
当然、オレの告発がどういう結果を生むのか、シオンも理解しているはず。実際、今の彼女の顔色は雪のように真っ白だった。血流を忘れてしまったのかと心配になる度合いである。
「どうして、分かったのですか?」
絞り出すような声で尋ねてくる。
当然の疑問だ。シオンは常に偽装魔法を展開しており、エルフの特徴である尖った耳を隠しているんだ。普通ならバレようがないし、今までは騙し通せたんだろう。
でも、今回は相手が悪かった。
「シオンの展開してる偽装魔法って、魔力を偽装部分にまとうタイプでしょ? そういう系統の偽装って、魔力を直接見られる人には通じないんだよ」
【身体強化】の実験の過程で、魔力を目視する能力を開拓していた。通称【魔力視】を持つオレにとって、シオンの使っている偽装は、ないも同然の代物だったわけだ。
「秘密をあばいたら、国が荒れます」
「だから?」
シオンの言葉に、あえて疑問で返す。
彼女の発言の意図は理解している。貴族の息子として、仕える国に混乱を呼ぶのは本意ではないのではないか? と言いたいのだろう。
――そんなことは、まったくない。
前述したように、オレの最優先事項はカロンの安全。その他は些事に等しい。そりゃ、犠牲が少ないにこしたことはないけど、必要ならば決断を下す覚悟はある。
だから、シオンの問いに対して、惚けた答えを返したんだ。
「……」
これ以上の問答は無駄だと実感したのか、シオンは黙り込んでしまう。
オレは、ダメ押しとばかりに問うた。
「どうかな。提案は吞んでくれるかい?」
もはや、シオンに逃げ道は存在しない。
「……はい、ご用命のままに」
こうして、カロンの光魔法に関する情報流出は、未然に防げたのだった。
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