Chapter1-1 ゲームの世界(4)

 魔法の訓練を開始して一ヶ月。【身体強化】に注力した甲斐あってか、だいぶ安定して扱えるようになった。魔力切れにならない限りは継続して発動できるし、庭中を駆け回っても自傷しない。さすがに、強化度合いは二倍が限界ではあるけど、今後の伸びしろは感じられる。慢心せず精進しよう。



 散歩に加えて日課となった、中庭での魔法訓練。【身体強化】の制御も安定してきたので、そろそろ新たな術を練習しようと思う。


 近接戦闘は【身体強化】で問題ないため、次は遠距離攻撃や防御の習得である。


 とはいえ、これらを習得するには、まずは研究を行わなくてはいけないだろう。無属性は実体を持たない魔力しか扱えないので、何か工夫をしなければ、攻撃にも防御にも使えないんだ。


 一応、今日までに対策は考案してきている。一つ一つ確かめていこう。


「とりあえず、基本から」


 オレは右手を胸元に掲げ、魔力を行使する。こぶし大の球体を【設計】し、手のひらの上に浮くようにする。


 無事に【放出】までの工程は終了し、青白い魔力球が現れた。ふわふわと風船のように浮かんでいる。


 一見、実体あるように感じる魔力球だが、ただのエネルギーにすぎない。指を突き刺せば、何の抵抗もなく貫通してしまう。


 他の属性なら、これに属性を付与して実体を持たせられる。火なら【火球】、水なら【水球】といった風に。


 基本は問題なくこなせたため、魔力球を一旦消し、本格的な実験に移ることにした。


 オレがやろうとしている実験とは、魔力の実体化である。純エネルギーの魔力も、密度を高くしていけば、実体を持てるのではないかと考えたんだ。


 何せ、光や熱だって現実に干渉する力を持つ。であれば、魔力でも可能性はある。他と比べると干渉力が極端に低いだけで、収束させたら何とかできるのではないかと考えた。


 まぁ、これは多分に願望が含まれているため、【身体強化】の時のように上手くいく確率は高くない。成功したら良いなぁ程度の実験だった。


「まずは二倍くらいでいいか」


 先程と同じ球体を作り出す。先とは異なり、注入する魔力量を二倍にして。


 何事もなく球体は完成し、近くの地面へそれを投げた。落下した球体は、地面に触れた瞬間に霧散してしまう。


「失敗だな」


 二倍程度では、実体化には至らなかったらしい。


 当然と言っちゃ当然。これくらいで成功していたら、他の誰かが成果を上げていたはずだ。となると、必然的に、その辺の人間では用意できない魔力量が必要という結論になる。


 ……実験を始めてから気づくとか、オレはバカか。バカだな、ハァァァ。


 致命的な欠点を認めたため、オレは実験を中止することに決めた。魔力の実体化実験は、もっと魔力量を増やしてから再開しよう。


 幸い、三歳時点で一般的な魔法師と同等の魔力量を有している。今も継続して魔力量増加の訓練は行っているので、順調にいけば、一年後には国内ナンバー1――レベルMaxの主人公やラスボス、隠しボスには敵わない――になれるだろう。


 気を取り直して、二つ目の実験へ移行する。


 今度のものは、魔力実体化より自信があった。伝家の宝刀、ゲーム知識を活かした実験だからだ。


 行うのは、精神魔法の実験である。


 本来、この世界に精神魔法という分類は存在しない。しかし、ゲーム内で、それを示唆する発言があった。


 そも、この世界の魔法は術者の想像力、つまり精神に依存している。なれば、逆説的に、魔法で精神へ干渉することも可能ではないか。そういう仮説が、国家運営の研究施設で上がっていたんだ。


 まぁ、ゲームの終盤で囁かれ始めた内容なので、それが正しいのかは定かではない。しかし、実験する価値はあると思う。


 国家の研究を横取りしたと知られたら不味いが、“未来に行われるかもしれない”代物だから問題ない……はず。大丈夫だろう、きっと。


 さすがに、いきなり人間へ精神魔法を使うわけにはいかないため、まずは動物実験から入った。【身体強化】のお陰で、野山の動物を捕獲するのは容易い。ついでに、こっそり屋敷を抜け出すための隠密系技術が身についたのは僥倖ぎょうこうだった。


 確保したのは三匹の野兎だ。凶暴性はなく、今も中庭の芝をモシャモシャと呑気に食んでいる。


 精神魔法を使うとは言ったが、どんな効果のものにしようか? あまり複雑なのは難しいし、原始的な感情を誘発させるのが良さそうか。となると、怒りの発露が良いかもしれない。


 方針を固め、オレは精神魔法の【設計】に取りかかる。


 今まで誰も成功していないことを考慮するに、精神魔法にも科学的知識が必要と思って良いだろう。それなれば、感情を司る脳の部位を刺激するのがベターだな。


「えーっと、確か扁桃体へんとうたいだったか?」


 おぼろげな知識を振り絞り、脳の中心部を刺激するのをイメージする。あと、激怒の感情を想起して、【設計】に組み込んだ。


 そして、ついに精神魔法――正確には精神魔力――を発動する。


「【激怒】」


 そのまんまの発動句と共に、オレから放出された魔力が兎一匹の頭に取りついた。


 最初こそ、まとわりついた魔力に感づきキョロキョロしていた兎だったが、次第に様子が変わっていった。耳をせわしなく動かし、ブッブッという音を鳴らす。さらには、後ろ足で力強く地団太を始めた。


 明確に、兎は怒っていた。これ以上ないほどの激怒である。


 魔法をかけていない他の二匹は今まで通りのため、他の要因で怒っているわけではない。精神魔法は成功したんだ。


「【平静カーム】」


 気を落ち着かせるのをイメージし、激怒している兎に魔法をかけ直す。すると、先程までの挙動が嘘のように、静かになった。疑いようもなく、魔法は機能していた。


 感無量である。これは世紀の大発見ではないだろうか。


 ただ、魔法成功の嬉しさと共に、恐怖も心に湧いていた。


 何せ、動物とはいえ、他者の心を操ったんだ。今は感情のコントロールのみだが、将来的に何でも操作できそうな気配があった。まさに、人心をもてあそぶ魔法だろう。


 これは己が内に秘めた方が良い魔法かもしれない。


 オレは、自然とそう考えた。精神魔法が世の中に出るのは、色々と混乱を生むに違いない。


 ゲームで可能性が示唆されたように、そのうち世間へ知れ渡る。だが、オレが喧伝して良い理由にはならなかった。せめて、余計な混乱を呼ばないよう、発見者のオレが対抗策を考えておくべきか。


 新たな魔法の開拓した喜びなどなく、冷静に今後の魔法開発を考える。


 まぁ、精神魔法の話が出るのはゲーム終盤。今から十年以上先のことだ。そこから研究を進めるとなれば、実用されるのは相当未来の話。対抗術式の用意は、気長にやれば良いだろう。


 ――と、思わぬ恐怖に駆られてしまったが、オレは精神魔法をバリバリ使う気でいる。使い方を誤れば危険だけど、正しく運用したら武器になるからだ。


 もちろん、やたらめったらに使うつもりはないが、せっかくの武器をお蔵入りにする理由もない。


 ともすれば、精神魔法への造詣を深めなくてはいけない。オレ独自になるだろうこの・・魔法は、切り札の一つになる。


「じゃあ、次の実験だ」


 精神魔法の可能性を感じたオレは、意気揚々と動物実験を続けるのだった。









○●○●○●○●








 精神魔法を開拓してから半年。特訓を毎日継続した成果は、しっかり出ていた。


 魔力量は以前の五倍に膨れ上がり、【身体強化】は三倍強化まで到達している。スペックだけを見れば、一般兵相手には圧勝できると思う。実戦経験は皆無なので、絶対安心なわけではないが。


 精神魔法の研究の方の進捗しんちょくも良い。感情以外の操作を確立し、今は自分を対象としたコントロールに手を出している。【高揚】や【平静】、【鎮痛】などなど。ゲームで強化バフと呼ばれる系統に分類されるか。


 研究すればするほど、精神魔法の規格外さが明るみになる。


 まず、魔力効率が圧倒的に良い。魔法と精神の相性が良いらしく、僅かな魔力で絶大な効果を発揮するんだ。今のオレの魔力量であれば、何百発でも発動可能だろう。


 次に、以前に予感していた通り、精神というくくりなら、この魔法に際限はない。感情も思考も認識も、すべてを操れることが理解できた。他言するのは厳禁だし、扱いも慎重を期するべきだと実感した。


 とはいえ、何も制限がないわけではなかった。最近、オレから魔法を教わり始めた妹のカロンに、他言厳禁を厳命した上で自己強化系の精神魔法を伝授したんだが、いくつかの魔法が発動できなかった。具体的には、【高揚】は使えたが、【平静】は使えなかった。その他にも、使用可能なものと不可能なものが存在した。


 おそらく、精神魔法にも個々人の適性があるのだと推察できる。カロンは火と光だから、気分を盛り上げるタイプの魔法には適性があり、逆に気分を落ち着かせる類は適性がないと思われる。


 これは予想外だった。何せ、オレはそういった経験がなかったんだ。仮説だが、無属性は精神魔法を満遍なく扱えるのかもしれない。精神魔法全般に適性がある、と言い換えられるか。


 精神魔法の発見が遅れている原因は、この要素にあるんだろう。絶対数が少ない、かつ虐げられている無属性だ。国営の研究施設に勤めているはずがない。オレがリークしない限り、精神魔法の発展は、相当遅れること間違いなかった。対抗策の目途が立っていない身としては、嬉しい誤算ではある。


 こんな風に、この半年の魔法の成果は上々だった。


 ところが、すべてが順風満帆というわけにはいかなかった。先もチョロッと話題に出したが、カロンまで魔法の訓練を始めたんだ。


 というのも、オレが訓練や研究に集中しすぎたせいで、カロンがすねてしまった。「カロンより魔法のほうが大事なんでしょ!」なんて言われてしまったら、もうオレに為す術はない。ご機嫌取りのために、彼女にも魔法を教える形となってしまった。


 オレとしては、もう少し体が成長してからの方が良いと考えていたんだが、こうなっては仕方ない。元より、自分の身を守れる程度の力はつけさせるつもりではあった。オレの持つ知識を最大限活かし、彼女を強くしようと思う。


 そんなわけで、オレの指導でカロンも魔法を覚えている。オレと違って魔力量は年相応のため、今は初級の火魔法と【高揚】の精神魔法のみ教えている。


 光魔法は教えないのかって?


 実は、カロンは現時点で光魔法を扱えない。何故なら、かの魔法は他とは異なる発動条件を有しているためだった。


 光属性の魔法師は、無属性と同様に絶対数が少ない。適性持ちが希少というのもあるが、適性があっても発動できない者が多いせいだった。それこそ、聖女の魔法と呼ばれるくらい、希少価値を持つ。


 肝心の発動条件は、『他者を思いやる心を有すること』と言われている。何とも曖昧な表現だが、伝承以外で確認できていないんだ。思いやりの心なんて、実証のしようがない。


 ちなみに、ゲームでは主人公を含む二人しか光の魔法師はいなかった。無論、悪役令嬢であったカロンは含まれない。


 ゲームでは適性を持ちながらも発動できなかったカロンだが、この現実では扱えるようになるのではないかと、オレは考えている。


 何故なら、ゲームと現実では、彼女の性格が異なるためだ。今の彼女は動植物を愛し、使用人たちを労わる心優しい子。十二分に光魔法の使用条件を満たしていると思われる。名前倒れだった『陽光の聖女』の異名が光る時が楽しみである。


 ただ、喜んでばかりもいられない。前述したように、光属性の魔法師は非常に希少なんだ。光魔法を扱えると知られれば、いろんな勢力からその身を狙われる可能性が高い。ゲームの主人公も、バッドエンドでは誘拐されて奴隷に落ちていた。


 愛しいカロンを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。断固として阻止しなくてはいけない。近い将来に向けて、防衛網を構築する必要があった。


 まぁ、その辺りの心当たりはあるので、近々準備を始めよう。戦力も整ってきたし、そろそろ本格的に動く時かもしれない。

 

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