Chapter1-1 ゲームの世界(3)
日課の散歩を終えたオレは、魔法訓練のために中庭へ移動した。周りに何もないので、もしもの時の被害は少なくて済む。
カロンに同行を乞われたけど、今回は断った。鍛錬の開始を決心してから、無属性の研究に力を注ぎ、ようやく理論上は上手くいきそうな見込みを導き出せた。でも、実行して成功するとは限らない。そんな危険な実験に、妹を付き合わせるわけにはいかなかった。
正直、上目遣い&涙目をされた時は翻意しかけたけど、何とか耐え切れた。あれは一種の兵器だと思う。
さて、周囲に障害物はないし、始めても大丈夫かな。一人、最近お目付け役になったメイドが控えているが、彼女に関しては問題ない。最悪の場合に切れる手札は有している。
いよいよ、初めての魔法を使う。【現出】できないため、正確には魔法の定義より外れるが、そこら辺は気分の問題だ。前世の知識からすれば、魔力行使も十分にマジックである。かなりワクワクしていた。
オレが今から実行しようとしているのは、【身体強化】の術式だった。【身体強化】とは名前の通り、肉体能力を向上させる効果の術だ。魔力を指定部位に流して強化するという術理で、すべての属性で扱える数少ない技である。
実のところ、【身体強化】は一般的に使われるものではない。いざという時の保険にはなるが、常時発動できるほど使い勝手は良くないのだ。
というのも、出力を見誤ると、逆に自傷してしまうデメリットがあった。一般に知られている原因としては、魔力の負荷に肉体が追いつかないかららしい。
しかし、オレはこの定説に否を突きつけたい。【身体強化】のオーバーフローによる自傷は、別の要因で発生していると推測した。
その要因とは、【身体強化】の強化指定が大雑把すぎるということ。『腕力を強化したい』とか『視力を強化したい』など、あやふやな想像で【設計】してしまうから、ちょっと出力を増やすだけでダメージを負ってしまうんだ。
この仮説を提唱する根拠はある。無論、ゲーム知識である。
ゲームの主人公も【身体強化】を扱っていたんだが、何故か他のキャラよりも効果量が高かった。これに関して主人公も考察しており、『知識量の差ではないか』と言及している。
実は――というほど隠してもいないが、勇聖記の主人公は転生者という設定が存在する。前世の知識があれば肉体構造をより詳しく把握できているだろうし、実際にそれを光魔法の【
そういう観点より、【身体強化】も前世の知識に効果が左右されていると、主人公は考えたようだった。
その意見にオレも同意している。魔法は――無属性も含む――術者の想像力に依存した力である。想像が甘ければ、どれだけ他の能力が高かろうと魔法は失敗するんだ。それこそ、魔法訓練は見稽古が主流になっているくらい、イメージの大切さが説かれている。
知識はイメージの補完になる。たとえば、火をおこす魔法一つ取っても、発火する原理を知っているか否かで、イメージの正確さは変わるだろう。
話を戻すと、【身体強化】で自傷してしまう原因は、イメージ不足による可能性が高いと推察できるわけだ。
【身体強化】を十全に扱えた場合の恩恵は計り知れない。試算ではあるが、限界まで強化を行った時、元の能力の十倍以上の強化が見込めるんだ。近接戦闘では間違いなく無双できるし、オレの予想が正しければ、魔法戦でも相当優位に立てるはず。
だから、この【身体強化】の実験は、是が非でも成功させたかった。この成否
「ふぅ」
一つ深呼吸をする。
魔法に大切なのはイメージ。つまり、精神状態が魔法の効果に直結する。深呼吸は魔法を安定させる手段だと、広く認知されていた。
体内の魔力は十分ある。むしろ、生後すぐから始めていた瞑想などのトレーニングによって、今や同年代の十倍――一般的な魔法師レベルの魔力量を有している。足りないわけがない。
であれば、失敗する要素なんてケアレスミスのみ。落ち着いて、魔力を流し込めば良い。
すでに【吸収】と【変換】は終了済み。【放出】以降をする必要はないため、あとは【設計】するだけだった。
頭に思い浮かべるのは、前世で目にしたことのある人体のイラスト。全身の骨格、筋肉繊維の一本一本、内臓の一つ一つ。できる限り、細かく肉体をイメージしていく。
たっぷり三十分かけて【設計】し、ついにオレは【身体強化】を発動した。
はたして、その結果は――
「……成功だ」
額に汗を流しながら、オレは感嘆の息を吐く。
オレの全身は今、とてつもない力に満ち溢れていた。万能感というんだろうか、何でもできるって気概が湧いてくる。
「イメージ通りに発動できてる……よな?」
今回強化したのは、純粋に身体能力だけだ。初の試みで五感などを強化する度胸はない。失敗した時のリスクが大きすぎる。
たぶん、大丈夫だと思う。もし、意図と違って五感も強化されていたら、今の自分の呟きのせいで平衡感覚を狂わせている。
一応は制御できている結果に安堵しつつ、オレは次の段階に移ることにした。強化された体を動かすんだ。
「まずは屈んでみよう」
動作確認を声に出しつつ、膝を曲げる。
せっかく【身体強化】をしているのに、チンタラしすぎではないか。そう考えるかもしれないが、自分の命が関わるんだから慎重にもなる。
今の強化度合いは二倍。一般的な強度は一.一から一.三のため、これでも相当無理をした発動だった。正直、現在進行形で魔力の制御に苦心している。少しでも制御を怠れば死にかねない。
だから、まずは屈むだけで良いんだ。ちょっとずつ体を動かせるようにすれば良い。
ゆっくり、ゆっくり膝を曲げ、右手を地面に押し当てる。
そっと手を置いただけのつもりだったが、地面が僅かに沈んだ。子どもの身体能力でも、二倍にすれば、結構破壊力を生むらしい。
「【身体強化】の制御もそうだけど、発動中の力加減も覚えないとダメか」
溜息交じりに呟く。
今のところ実験は成功しているし、オレの成長計画は順調な滑り出しと評して良い。だが、前途多難ではあった。感覚的に、かなり制御するまで時間がかかりそうである。
それでも、放り出すわけにはいかない。オレの手には、妹の命が懸かっているんだから。
弱音を溢したくなるのをグッと堪え、オレはさらなる訓練に臨むのだった。
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