第89話 魔人乱入

「貴様はダンドリオン! どうしてここにいる!?」


 玄武の驚いている様子にダンドリオンはケタケタと下顎を動かしながら笑う。

 俺とソレーヌに襲い掛かってきたものの退散したはずだと思っていたが再び俺たちの前に現れたのだ。


「お前、性懲りも無くまた現れたのか!」


「フール、こいつは一体誰なの?」


「セシリアには言ってなかったな、俺とソレーヌとパトラはこの魔人に襲われたんだ」


「魔人!? なんですって!?」


「おやおや、またお会いになりましたねフール。ほっほっほ、本来ならあそこで退散し仲間と合流するつもりではあったのですがまさかこんなところでおち合うとは偶然すぎてもはや運命と言わざるを得ないのではありませんかな?」


 余裕綽々と見えるその言動や態度だったがどこかふわふわとした素振りを見せるダンタリオンが気になった。

 顔の下顎の骨が小刻み揺れていたり、足を動かし何処か落ち着きのない様子だった。

 ダンタリオンの不審な動きにシュリンが気付き鼻で笑った。


「ふっ、まさか貴方も道に迷ったのかしら」


「ギクッ!!」


 どうやら図星だったようだ。


「か、勘違いしないでもらいたいものですね〜〜私には強力な仲間がもうすぐ……」


「お前の仲間なら私が送り返してやったが?」


「……」


 ウォルターの言葉にもはや声が出ないダンタリオンは大きなため息を漏らした。

 多勢に無勢なこの状況でもはや観念することを考えたのだろうか? 


「はぁあ……困りましたねぇ……仲間もここにはおらず、多勢に無勢……ですが、殺害対象者の発見に加えて裏切りの現場を目撃してしまったとなるとここでおいそれと観念できるはずがありませんよね。観念したらそれはすなわち……」


 ダンタリオンはボロボロの布切れのような白装束の服の胸元からゆっくりと何かを取り出した。それは手に持てるサイズの銀色の鐘だった。玄武がその鐘を見た時、血相を変えて叫び出した。


「あれは不味い! お前達早く逃げろ!!」


「バルバドス様に殺されてしまいます」


 玄武の言葉と同じくしてダンドリオンはその手に持った鐘を揺らし、鐘の音を響かせた。その鐘の音は不思議な音をしていた。

 心地よさはまるで無く、甲高い本来の鐘の音と不協和音とが混ざり合った不気味な音色を奏でていた。

 すると、ダンドリオンの背後から丸い紫色の円が出現した。それは無の空間から生み出された入口……そこからゆっくりと出てきたのは巨大な鎌だった。それは20mにも及ぶ巨大な鎌で鎌の刃はひどく錆び付いていた。その錆び付いた鎌からは腐臭と鉄の匂いが漂ってくる。そして鎌を握っていた細くドス黒い右腕が現れ、左腕も円から出てくる。左腕は紫色の炎が灯った大きなランタンを持っている。そして、等々本体が現れた。黒くボロボロな布切れを身に纏ったそれのフードの奥には顔が無く、ただ無限に回り続ける漆黒の渦が中央にある巨大な魔物だった。脚はなく、宙に浮いている。

 俺はこの魔物は書物で見た事があった。この世界で四神ではないSS級の魔物、幽霊アンデット族最強の魔物『死神ノ鎌デスレイス』だった。


「ぐぬぅ……遅かったか……」


「ほっほっほ!! これが私の最高の召喚術!! 見ろこの姿を!! 素晴らしい!! これこそ最強に相応しいアンデッ……」


 ダンドリオンが有頂天に死神ノ鎌の自慢をしている時だった。ダンドリオンの背後から突然、大きな釜が振り下ろされた。

 その鎌の刃がダンドリオンの首を掻き切るとダンドリオンの骨だけの頭が吹き飛んだ。真上に飛び上がったダンドリオンの頭蓋骨が地面に叩きつけられると共に、残った胴体がばったりと倒れた。


「ば……馬鹿な……どうして……召喚者であるこの私を……ころ……し……た」


 ダンドリオンのこと切れそうになっている間も死神ノ鎌は持っているランタンを大きく掲げるとランタンから眩い光をダンドリオンに発した。すると、ダンドリオンの体は乾いた砂の様にバラバラになっていくとそのランタンの中へと吸い込まれていったのである。そんな衝撃的な光景を目の当たりにしたセシリアやルミナ達は恐怖で目線を逸らす事ができなかった。


「嘘……死んじゃったの? こんな一瞬で?」


 ルミナが呆然としている。無理もなかった、たったの1撃で魔人が死んだのだ。ダンドリオン自体が打たれ弱かったのかは分からないが、死神ノ鎌は意図的に急所を狙っていた事だけはわかった。この死神ノ鎌には特殊能力“一撃必殺スレイヤー”を持っている。この能力を持つものは即死攻撃を行う事ができてしまう恐ろしい能力だ。この能力を持っているからこそ、この魔物がSS級認定される理由でもある。


「現れてしまったものは仕方ない……倒すしか方法はないか……白虎! 行けるか!?」


「はっ!」


 玄武は白虎に指示をすると俺の隣へと歩み寄ってきた。


「助太刀するぞフール」


「まさか、四神と一緒に戦う事になるなんて考えてなかったけど、今では心強い」


 俺はすぐに妖精ノ杖を構えた。


「こんな所で……恐れる訳には行かないじゃない!!」


 セシリアも恐怖心を押し切って、自らを奮い立たせると愛刀の雷光と烈風を抜いて構えた。


「……わ、私だってみんなの盾なんだからあぁ!! セシリーも頑張るのに私が頑張らなくてどうするのよ!!」


 さっきまで怖がっていたルミナはセシリアの勇敢な姿に惹かれ、背中に担いでいた結界大盾を前に出す。


「私たちも援護します!!」


「オイラたちの力見せてやるんだぞ!!」


 ソレーヌも魔道弓を構え、ソレーヌの頭の上に乗っているパトラは全員の指揮を高めるように煽る。


「……さて、私たちもやりましょう? ここで死ぬのはごめんだから」


「ああ、俺も同じ考えだ。ここでした決意を今ここで終わらせるわけにはいかない!」


 シュリンとウォルターも構えを向けた。これで全員が死神ノ鎌へ向けて戦闘態勢をとった。

 死神ノ鎌はその渦巻いた闇へと繋がっている様な顔の様な部位を俺たちに向けると俺たちの事を敵と認識したのだろう。この空間に響き渡る大きな奇声をあげて威嚇してくる。


「フール!! 私もここから援護する!! 死ぬんじゃないぞ!!」


「ああ!! 分かってる!! お前も頼むぞ玄武!!」


 こうして、真実を知った俺たちの行手を阻む者、死神ノ鎌との大規模な戦いが始まったのである。


 フール達が死神ノ鎌へ意識を向いている間、失っていた意識をゆっくりと取り戻してきている者がいた。どこか触り心地がよく硬い物の上に乗っかっているのだという身体の感覚もある。ゆっくりと瞼を開けるとそこには竜の様な顔を2つ持つの魔物の横顔が見えた。


「りゅ……龍? ……お父さん?」


 イルはその時、何故か無意識にそう口にしたのだった。

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