第88話 真実②

「アルちゃん! イルちゃん!」


 セシリアが慌てて2人の元へ向うとした。しかし、俺がすぐにセシリアを静止する。


「待てセシリア! 落ち着け!」


「だって! あいつに捕まってるなら早く助けないと!」


 今のセシリアはいつもより様子がおかしいかった。さっきの死体を見た反応もそうだがどこか焦っているようなムキになっている様な気がする。セシリアはすぐに1人で突き進もうとする癖がある。しかし、こんな状況であるからこそ無鉄砲に突っ込ませるわけにはいかなかった。

 セシリアを止めた後、俺は玄武の方へと目をやると玄武がゆっくりと片方の首をアルとイル、2人の体へと近づけた。


「!! 何をするの!?」


 セシリアの心配する言葉とは裏腹に玄武の行ったことは予想外のことだった。何と玄武は2人の体を首で優しく巻きつけるとゆっくりと背中に乗せ、2人の頬に頬擦りをしたのだ。まるで子供を可愛がる親のようにだ。


「一体……どう言うことなのでしょう?」


「オイラには何が何だか……だぞ……」


 後ろでソレーヌとソレーヌとパトラも困惑している様子だった。


「ちょっと、これは一体どう言うことなのかしら? 騎士団長様?」


「……見た通りだよ」


「見た通りって……」


 シュリンも状況が飲み込めていない。それに対して、余裕の表情でもう全てを悟ったかのように佇むウォルターは明らかに俺達のように何も知らないわけではなく何か知っていたに違いない。


「安心せい、この子達はわしの魔法で少し休ませとるだけじゃ。危害を与えようなどとは思っておらん」


 玄武は1つ目の顔で2人に頬擦りしながら、もう片方の顔で話し始めた。


「まず何から話して良いのか分からんがまずお前さんらに伝えなくてはいけない事があるんじゃ」


 玄武の改まった口調から敵意がないどころか少しだけ憂いを感じさせる面持ちから、俺達は自然と話を聞く体制になっていた。


「お前さん達が歩いたここはダンジョンではない。わしが作ったわけでもない。人間がある目的のために作った所なんじゃよ」


「え!? 貴方が地形を変えて作ったものじゃなかったんですか!? 人間が作ったって……」


「まぁまぁ黄色いぺっぴんさん、最後まで話を聞きなさいな。おっと、わしはまた変なことを、失敬失敬。では、話の続きじゃ。ある目的、それは『人間を魔物に変える』実験じゃ。いや、正確には『人間を依代に四神を現世に甦らせる』と言った方が正確じゃな」


「人間を……魔物に?」


 玄武から話された衝撃的な言葉はウォルター以外が全員が驚く様子を見せた。


「そ……それが本当なら、私たちが倒した朱雀は……」


「元……人間だったってことですか?」


 セシリアとルミナは一気に青ざめた顔になる。まさか、あの時倒した朱雀が元人間? 朱雀は玄武と違い知性はなく野生の魔物同然だった。人間であった痕跡など1つも見られなかった。驚きの器が底を突き抜け、俺は呆然とするしかなかった。


「左様、わし……いや、もうこの話し方は疲れた……年寄りを演じようと思ったが慣れることをするものではないな。それにお前達には演技はもういらないようだしな」


 ずっと老人のような口調だった玄武が流暢に普通の話し方をするようになった。色々な事が起こり過ぎていて頭がついて行かない。だからこそ、聞きたいことが多過ぎて質問の言葉が俺の口から出てこなかった。もちろん、その様子を玄武は気づいているだろう。


「色々話したいことはあるが重要なところだけ話す。前に井戸の中でお前達に話したことをもっと詳しく話す。私たちのこの姿は人間が恐れた強力な魔物『四神』を実体化させたものだ。お前達がまだ生まれてくる前の話をすると、昔四神はこの姿で地上に現れ数多の生物や自然を滅ぼした。人間と魔物の双方に危険が生じ、どちらも滅亡してしまう絶望的状況だった時に奇跡が起こったのだ。それは唯一四神達の力を抑制できる特別な存在『“特異点シンギュラリティ“麒麟』が現れた。麒麟は四神とは違う逸脱した力を持っており、溢れ出る魔力を使って四神たちの力を抑圧したのだ。そして、麒麟は四神達の身体から魂を抜き取り、この世界の深淵に自分の魂と共に封印したのだ。その封印された地を後に人間は奈落ノ深淵アビスフォールと名付けると共に神聖なる伝説の場所としてそこに人間が立ち入る事を固く禁止したのだ。しかし、この現代に四神を甦らせようとする者が現れた。そいつの名前はバルバドス。バルバドスはバルバドス国の国王であり、ギルド総取締役会長グランドマスター聖騎士協会総取締役会長グランドクロスでもある。この男がこの世界の闇の全てを牛耳っているのだ。バルバドスは四神のことを知るために……」


 そう言いながら玄武が目をやったのはウォルターだった。ウォルターは目を伏せて、表情を悟られないようにしている。


「お前から話した方が良いと思うが?」


 玄武に話を促されるがウォルターは黙ったままだった。その間、静かな間が生まれる。そこにセシリアが口を開く。


「カタリナさんを知ってますか? カタリナさんは私達と一緒に朱雀を倒したギルド仲間の1人です。カタリナさんって聖騎士でしたよね? もしかして、元々聖騎士協会の人なんじゃないかなって……」


「……カタリナに会ったのか」


「ええ、あの人はとても勇敢で自分の命をかけても自分のパーティの仲間を救いました。あの人は素敵な人です」


「……カタリナ、お前もあの人同じ事しているのか」


 ウォルターは顔を上げ、胸に手をやった。この様子は騎士団が殉職した棋士に向けて敬意を向ける祈りだった。

 少しの間ウォルターは祈りを行った後、俺たちに顔を向けた。


「前に奈落ノ深淵を調査したって話したと思うが、その調査の目的は確かに奈落ノ深淵の周辺調査も兼ねてだったが、正しくは四神復活のための精神体スピリットマナを確保するためだった。精神体は封印された四神に残された最後の魂の残滓が魔力の塊になったもの。それを取り出す任務が極秘で行われたのだ。メンバーは騎士団屈指の実力を誇る者たちが集まった。勿論、俺もその中にいたが、近衛隊止まりだった。カタリナはその大隊の副団長を勤めていた。そして、その大隊を引っ張る男が1人いたんだ。その男の名はオルベリクス、この奈落ノ深淵調査大隊の団長を任された男だ。あの男は正義の為に、身を犠牲にしてでも戦い、人に優しく、情がある男だった。よく、上層部に喧嘩をふっかける程ヒヤヒヤした男だったが、仲間からは熱い信頼を受けていた。無論、俺もカタリナもその男を慕ったからこそこの任務に着いたのだ。しかし、奈落ノ深淵調査は地獄そのものだった。深淵に進ませんとする強力な魔物達が行手を阻み、気がつくと100いた人員は10も居なくなっていた。そして、俺達はやっとの思いで最新部へと向かった。

 そこにあったのはまるで生きてるかのような4つの像の中央に虹色に輝く光の玉が浮かんでいるのを見た。

 それこそが、精神体だった。この精神体を見つけた時、俺たちは咄嗟にこれは表に出したら不味い危険な物だと悟った。そして、オルベリクスは激怒し直ぐにここの調査を切り上げる事を決断したその時、バルバドスが現れたんだ。

 俺達の後ろをついてきていたんだよ……魔人を連れて」


 黙々と真実を話すウォルターの話を全員が聞き入っていた。更にウォルター話す声は大きくなっていく。


「それからは負け戦だった、カタリナも俺も倒され、残ったオルベリクスは1人で7人の魔人と戦った。だが、結果は目に見えていた。俺たちの目のまでオルベリクスは殺された。最後の最後まで俺たちの事を思って、最後にこう告げたんだ『ウォルター、そしてカタリナ……希望を持つんだ』と。それから俺達は選択を強いられた。ここで死ぬか、此処で起こった事を忘れるか」


「もしかして……」


「ああ……俺はあそこで起こった事を固く話さない事を誓った。そして、生きて地上へと出てきた。それからはカタリナは聖騎士協会を辞め、ギルドに入り、俺はオルベリクスの殉職の後継として昇格となった。俺達がそうなった後で、バルバドスは巨万の富を持つフェルメルと手を組み、人間を四神にさせる実験を裏で行っていたと言う訳だ」


 話が全て終わり、一同が黙り込んでしまった。無理もない、短い時間で沢山の情報を共有されたのだから混乱して当然の事だ。現に俺も嘘だと思いたいくらいだった。


「でも、ここで話をしてしまったら貴方に危険が及ぶんじゃ!?」


 ルミナがウォルターに向けて不安な眼差しを向ける。


「俺はこの時を待っていたんだ。俺はいつか奴らを倒す為に敢えて生きる事を選んだ。奴らが行っている事を分かっていながらその行動を見逃していたことは最低な行為だ。だが、私も馬鹿ではない。奴らを倒すための好機を伺っていた。そして、今まさにその好機がきたのだ! その好機の為なら俺はこの想いを話し、俺も戦うつもりだ。その好機こそ、君達なのだ。そうなのだろう玄武よ! 朱雀を撃ち倒したフール達ならば?」


 玄武は静かに頷いた。


「今やバルバドスは朱雀、玄武、白虎を完成させた。残るは生きる災い"水神"青龍……青龍は四神の中で最も力持つ存在だ。朱雀は倒されたが、人間に精神体を投与し、適合すれば何体でも生まれる事ができるようになってしまった。そして、4体全てが揃った時、自我のある私でさえも暴走し、世界を破滅へと向かわせてしまう。そうなる前に一刻も早くバルバドスを止めて欲しい。フール、朱雀を撃ち倒した君達なら必ず倒せる。それ私にはわかるんだ。君には何か特別な役目がある事を」


「特別な役目?」


「そうだ、君のその力には理由がある。だからこそ頼む。どうか、世界を救う為にバルバドスを倒してくれ……そうすればきっと、この子達の未来も」


 そう言いながらアルとイルの頭を顎で撫でた。


「もしかして……貴方まさか――!?」


 セシリアが何か言いかけた時だった。


「ほっほっほ!! 等々お話してしまいましたねぇウォルター」


 後ろの暗闇から突然聞いたことのある声が聞こえた。

 それはつい最近聞いた声だった。

 闇の中からゆらりと現れたのは俺とソレーヌを襲った魔人ダンドリオンだった。

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